ニュースレター(機関紙)
JOMF派遣医師便り
NL11010101
シンガポール、フィリピン、インドネシア、医療事情
◆シンガポール シンガポール日本人会クリニック 日暮 浩実 ◇入院部屋は自分で選ぶ 日本の病院(特に公立病院)では、患者さんが自分で入院する部屋を選ぶことは普通はできない仕組みとなっています。富める方もそうでない方も同じ入院環境を享受できるという日本の公的保険制度の原則があるからだと思います。 ところが、シンガポール(恐らく他の国も)では、自分で選ぶことが可能です。というより、自分で選ばなくてはなりません。そして、選ぶ基準は結局のところ自分の経済力によります。 日本なら<収入によって区別してよいのか>という批判が来るところですが、ここでは、それが、当然のこととして受け入れられています。 入院の部屋を決めるのは、ホテルの部屋を選ぶのと同じ感覚です。ですので、経済力によって決めることに違和感はなくなるのでしょう。 入院が決まりますと、まず、部屋の種類、アコモデーション、値段が書かれた一覧表を渡され、どこに入るかを選ぶことになります。まさに、ホテルと同じです。 一般的には部屋のランクはA,B1,B2,Cの4つのClassに分かれます。病院によってはそれぞれにサブクラスがあり、もっと細かく分けているところもあります。 クラス分けの基準は、まずは一部屋の中のベッドの数です。C lass Aはシングルベッド、 Class B1は4人以下で、 Class B2, Class Cは6人以上となっています。 Cass B2よりもCass Cの方が一部屋あたりのベッド数が多くなっています。 そして、アコモデーションも当然、異なります。B1以上ではエアコンがありますが、B2以下ではエアコンはなく、ファンだけです。この、暑いシンガポールでエアコンなしというのもかなりきつい感じがしますが、通風をよくし、湿気や熱気がこもらないような工夫はされています。 Class A,B1を選ぶ方は、経済的にある程度の余裕のある方だと見做されますので、部屋代に関しては政府からの補助は一切ありません。しかしながら、Class B2 , Class Cを選ばれた方には、政府からの補助があります。政府からの補助の割合ははその人の所得によって異なります。Class Cでは最大80%の政府からの補助があります。 政府からの補助と申し上げましたが、基本は自分が自分の給料から法律にのっとって強制的に積み立ててきたMedisave, MediShield, Medifund, ElderShieldからお金が出るので、結局は自分が負担していることになります。こうした自分が積み立てたお金がなくなったときに、初めて本当の意味で政府から補助が出ることになります。(註:こうした自分が積み立てたお金は入院にのみ使え、外来治療では限られた用途にしか使えません) 公的病院でさえも病院により料金は異なります。シンガポールで最大の病院であるSingapore General Hospitalの例を見てみますと、Class AはA1+とA1の2つのサブクラスに分かれ、A1+が最も高級な部屋で、料金は一泊348ドルからとなります、最も安価なClass Cでは30ドルからとなっています。実に11.6倍の開きです。(私立病院には一泊5000ドルの部屋を提供しているところさえもあります。) 具体的な例ですと、例えばClass A1は一泊312.44ドルからのシングルベッドルームで、アコモデーションは、エアコン、バストイレ、洗面用品、テレビ、電話、完全自動電動ベッド、オプションで寝具(付き添いの方のため)、自分で食事を選べるなどとなっています。 最も安価なClass Cは9人部屋で、個人のアコモデーションは特になく(ベッドサイドテーブルはあり)、エアコンもありません。(Naturally ventilatedと表現されています。) そして、このほかにもちろん、薬代や手術費用などもかかりますが、Classに応じて補助が異なります。つまり自己負担額が異なります。 ただ、受けられる医療レベルは原則としてClassによらず同じです。他に違いといえば、Class A,B1は個人個人に担当医がつきますが、Class B2 , Class Cは病棟担当医が診るということで、特に個人の担当医とはなりません。 ちなみに外国からの赴任者は通常、エンプロイメントパスで労働していますが、制度上Class B1以上しか選ぶことができません。 こうしたシンガポールの状況は日本の医療現場から見ますと、違和感を感じなくはないですが、慢性的な財政赤字を抱える日本の現況を鑑みますと、考えさせられるところでもあります。 ◆マニラ マニラ日本人会診療所 菊地 宏久 ◇マニラ赴任後、10か月間の重症例 2011年4月にマニラ日本人会クリニックに赴任してから10カ月が過ぎました。この間に多くの患者さんが当クリニックへ受診してくださいましたが、中には以下に示すように重症の患者さんもおられました。現在も病気と闘っている患者さんには今後のさらなる改善をお祈りいたします。一方、現在元気な皆さんも更なる健康維持に努めていただきたいと思います。 以下を読んでいただくことで当地医療事情の一端を感じていただけると思い書かせていただきます。 以下はこの10カ月間に当院を受診した患者さんの中で重症だった疾患のいくつかの例です。 ・ 心筋梗塞 ・ 脳梗塞 ・ 転移性肺がん ・ 大腸がん ・ 子宮頚部がん ・ 前立腺がん ・ 重症肺炎 ・ 重症肺結核 ・ デング出血熱 ・ A型肝炎とアメーバ赤痢の合併 ・ 敗血症(全身性感染性反応性症候群) ほとんどがご自分で歩行し受診されましたが、日本であれば救急車で救急病院へ搬送されるべき疾患もありました。健康な時は“他人事”と考える病気も自分の身の上に起こると事態は一変します。誰にでも起こり得ることです。健康維持のため普段から御自分で改善できることは行っていきましょう。 上記について簡単に病態経過を書きます。 心筋梗塞 高脂血症や高血圧症、糖尿病を指摘されていたが長年放置していました。 「突然の息切れと全身倦怠感」を主訴に来院。心電図より「急性心筋梗塞」の診断。当地病院へ直ちに入院し加療しました。 (心筋梗塞は心臓の筋肉を養っている血管(冠動脈)が詰まってしまう病気です。動脈硬化を起こすリスク因子で、ご自分で改善できるものもたくさんあります。食事・運動療法、禁煙なども大切です。) 脳梗塞 日本の主治医から高血圧症と高脂血症の薬を調達していました。ある日運動中に右下肢が動きづらくなり引きずるようになりました。1日様子見ましたが改善しないため次日に当クリニックを受診。脳血管障害を疑い直ちに頭部MRI検査を施行したところ脳梗塞と判明。患者さんは“帰国”を希望しましたが、飛行機に搭乗できる病態ではないため当クリニックで外来フォローしました(入院希望せず)。病態安定後に帰国しました。 (日本から薬を調達している方は日本の主治医と密な連携を取っておくことが大切です。) 悪性腫瘍(各種の癌) :以下のようなケースがありました。
インフルエンザに合併した重症肺炎 風邪と考えて自宅で様子を見ていましたが症状が改善しないため受診。血液検査、レントゲン検査などでインフルエンザに合併した重症肺炎であることが判明。当地の病院へ入院し加療、改善し退院しました。 (当地ではインフルエンザは日本の夏と冬の時期の2回流行しています。) 重症肺結核 「1か月以上続く咳」のため来院しました。 胸部レントゲン検査と痰検査で重症肺結核の診断、直ちに入院して治療開始しました。 (当地では“風邪”の後に咳が長期間にわたり続く患者さんが多くおられます。しかし1か月続くようであれば念のため痰、レントゲンなどの検査をお勧めします。) デング出血熱 3日間続く高熱のため来院。血液検査で「デング熱」と判明。患者さんは食事や水も全く飲めない状態であったため当地の病院へ入院となりました。入院後に消化管出血、鼻出血、歯肉出血、皮下出血などがおこりました。病態から「デング出血熱」の診断に至りましたが改善し退院となりました。 (入院中、担当医に何度も輸血を勧められましたが“不要”と考え施行しませんでした。デング熱は雨季に流行しています。多くは非重症化のデング熱ですが、「デング出血熱」に至った例もありました。当地の医師はかなり早い時期に輸血を勧める傾向があります。) A型肝炎とアメーバ赤痢合併 数日続く水様性下痢と発熱のため来院。検査で急性A型肝炎に合併したアメーバ赤痢の診断。全く経口摂取ができない状態のため当地病院へ入院。患者さんは帰国希望しましたが航空機搭乗不可能な病態のため病態改善を待って退院、帰国となりました。 敗血症 敗血症とは細菌が全身に散らばり重篤な感染症を引き起こす病態です。 症例は、足の小さな傷から細菌が入り、体全体に細菌が播種し、体全身に悪さを起こした状態でした。入院加療により改善しました。 (敗血症は病態によっては命にかかわることもあります。特に破傷風菌の場合はさらに注意が必要です。当地ではぜひとも破傷風の予防接種をお勧めします。) 以上、いくつかの重症例を示しました。 慢性疾患を抱えておられる方は病態が今以上悪化しないように心掛けましょう。 日本から薬を調達している方は日本の主治医と密に連絡をとりましょう。 健康診断は病気の予防、早期発見のためです。“やりっぱなし”にはならないようにしましょう。 皆様お体を大切にしてください。 ◆ジャカルタ ジャカルタ・ジャパンクラブ医療相談室 原 稔 ◇新型インフルエンザ対策 あけましておめでとうございます。 年末に簡単なアンケート調査を行いました。新型インフルエンザ発生時の対応策に関するものです。お答え頂いたのは日系企業27社の代表の方です。結果を紹介します。 質問内容: ①新型インフルエンザ発生時の対応マニュアルの有無を教えてください。 ②水・食糧備蓄の有無を教えてください。 ③タミフル備蓄の有無を教えてください。 結果: 27社中、各々の質問に「有」と答えた企業数は以下のとおりでした。 ①マニュアル:15社 ②水・食糧:10社(個人での備蓄も含む) ③タミフル:25社 質問①②で、マニュアルおよび水・食糧の備蓄が、両方「有」の企業は8社、両方「無」は7社です。①「有」②「無」(マニュアルは有るが、水・食糧の備蓄は無い)の企業が7社、逆に、①「無」②「有」(マニュアルは無いが、水・食糧の備蓄は有る)は5社です。 マニュアルは半数強の、水・食糧の備蓄は3分の1強の企業が準備しているが、その両者に明らかな関連性はなさそうです。(マニュアルを用意している企業は水・食糧も備蓄しているというような状況ではない。) 一方、タミフルは殆どの企業が備蓄しています。 新型インフルエンザが発生した時、情報の重要性は言うまでもありません。その内容で対応策は変わるでしょうが、最悪の事態を想定しておいて損は無いと思います。 強毒性の新型インフルエンザが発生・流行した場合、籠城作戦を余儀なくされるかもしれません。長ければ2カ月、或いは更に長い期間、自宅などに籠って外部と接触せずに、流行の第一波が過ぎ、ワクチンが出来るのを待つ戦法です。 一昨年の新型インフルエンザは幸いにも毒性が強くありませんでした。しかし、今後どんな強いものが出てくるかは分かりません。インドネシアは鳥インフルエンザの発生が危ぶまれている地域です。また、発生直後にワクチンはありません。タミフルもリレンザも有効性は未知です。 敵(ウィルス)が非常に強力な場合、我々が打ち勝つには籠城するしか策が無いかもしれません。 水・食糧などの備蓄の主体は個人や家庭でしょう。企業としての対策と複合して、タミフルの備蓄に留まらず、籠城作戦の必要性も検討してみては如何でしょうか。 電気・水道などのインフラが麻痺する可能性も考慮して、冷静に想像してみてください。いざという時、パニックに陥らない為に。地震・洪水などの自然災害やテロ・暴動(?)にも応用できると思います。 アンケートにご協力いただいた企業の皆様、誠にありがとうございました。 (以上) |