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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(88)海外赴任者のストレス~両親の不仲と思春期
NL10100102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~両親の不仲と思春期

シンガポール日本人会クリニック
小川原 純子

中学生の女の子が、腹痛と過呼吸で心療内科を受診した。これは、学校のカウンセラーさんの強い勧めがあってのことであった。このSさんは、「本当は、もう、病院にかかりたくなかった。相談なんかしたくなかった。」そうである。この子は、学力は優秀で、友人にも恵まれ、学校は居心地がいいようだが、どことなく不安そうで、心細そうな様子をしている。そして、笑顔に元気がない。
兄弟は、高校1年生のお兄ちゃんが一人。今年、高校生になってから、お兄ちゃんは、部活に、塾に、友達関係に忙しく、家には、ほとんど寝に帰るだけである。

「お母さんとお父さんは心配しているでしょ?」と水を向けると、Sさん「別に、うちは、みんな別々だし。親に心配してもらっても、うざい。」家族のことは聞かれたくもない様子が、刺々しい態度から見てとれる。

何回かの面接の後に判明したのは、お兄ちゃんの高校合格が決まった今年の春頃から、父母の不和が顕在化し、いまや離婚・家族崩壊の危機に直面しているということ。お母さんは「私だって、経済的に自立する」といって、シンガポールで仕事をするようになった。
お母さんは「子供の面倒は私一人でみるものじゃない。夫にも半分は責任があるのだから、責任を果たして貰う。」と主張し、家事や子ども達のことも、若干放棄気味である。時には、接待と称して、夜遅くまで帰宅せず、「お夕飯は、お父さんにお願いしてあるから。」ということだが、お父さんもお母さんへの意地があるのか、夕飯作りになどには戻ってこない。結局、中学生のSさんが、一人で、みんなの帰りを待っていたようである。
中学生だから、簡単な料理はできるので、飢えることはないが、家族の帰りを待ちながら、一人で食べる夕飯の味とは、どんなものであったのだろう。
Sさんのお兄ちゃんが、一向に家に帰ってこないのも理解できた。壊れていく家族は無視して、「自分は自分なりに充実している」と、無理にでも納得したいのである。Sさんと同じくらい、お兄ちゃんも傷ついている。

思春期の子ども達は、父母の不和を話したがらない。「恥ずかしいから・・」「言ってもしょうがないから・・」など色々な理由があろう。その中で最も大きな気持ちは、「自分には親をつなぎとめる価値や魅力がない」という『自己の存在の無価値』を人に曝け出すことになる自分の惨めさである。
夫婦になったのも偶然であるから、婚姻関係が絶対に壊れないなどという保証は、どこの夫婦にもない。ただ、子ども達は、自分がここに生まれた必然や存在価値を感じておきたいのであろう。両親が離婚を考えるということは、子供の心の色を変えてしまう。心の底から安心して笑えない感覚。自分の生まれた必然や価値の根底が揺らぐような不安と哀しみと悔しさが、心の芯に、ドカッと居座る感じである。

海外生活では、家族の不和は、家族だけの秘密として内在化しやすい。時には、「どうしてお父さんって、ああなのかしら・・・」「お母さんの、あんな態度は、本当に頭にくる。一緒に生活しているのは、ストレスだ。」などと、父母の愚痴が、話が通じるようになった小・中学・高校生の子ども達に向けられていることもある。
読者の中には、「そんな~、お父さんが子供に相談するなんて・・・」と思われる方も、あるかもしれないが、海外生活の中では、実際に、かなりのケースでお父さんは子供に夫婦の愚痴を言っているようであるし、思春期の子供も、そんな相談を頭ごなしに突っぱねることはしていない。

親になったら、自分の人生を全て我慢するべきだとは思わない。だけれども、「自分の人生だけ」を考えていいこともないようだ。両親の不仲が解消し、家族が戻るべき鞘に収まると、意外と短期間で、子供達の笑顔が戻って来る。これも、親子・家族ならではのことである。子ども達にとって、「家族」というものは、空気のように当然なもので、空気のようになくてはならないもののようである。