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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(84)海外赴任者のストレス~うつと休養
NL10050102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~うつと休養

シンガポール日本人会クリニック
小川原 純子

私自身、海外赴任者のうつ病の治療に、大きな悩みがあります。海外に来て、初めて、精神的不調で倒れる企業戦士たちは、体調不良にもかかわらず、なおも勤務を続行し、所定の海外赴任期間を全うしたいという願望が強くあります。
今まで、ずっと走り続けてきたので、レースを降りるのは、もちろん怖いのでしょう。そして、何よりも、皆さんには責任を全うする習慣が付いています。企業のエースほど「いや、途中で出来なくなっちゃいました」という投げ出し方をしたことがありません。引き受けた責任を放棄したり、多少の体調不調では仕事を他人にお願いしたり、などしたことがないのです。微熱くらいなら、解熱剤を飲んででも出張に出かける。朝までは吐いていたとしても、朝食を飛ばしてでも、会議に出る。こんな経験は、皆さんがお持ちのようです。

抗うつ剤の投与で意欲や活力をサポートし、安定剤で気分を落ち着かせ、胃薬で食欲を保ち、出張先では睡眠薬を内服して、体調を崩さないようにする。こんな、サポートをギリギリまで続けるのが、本当に治療なのでしょうか?
発症と同時に、「もう、海外勤務は諦めて、日本に戻られては如何ですか?」と決めるべきでしょうか?
自分で決めることが出来ずに、「上司に相談してみます。」と言われ、相談した途端、ご本人の意思とは無関係にあっという間に帰国が決まってしまうケースを、何件も経験してきました。「こんな対応になってしまうのなら、会社に相談をするのは、ギリギリにした方がよいのではないか?」と患者さんと一緒に悔しい気持ちを抱くこともありました。

猛烈に仕事をしてきたAさんは、ある日、うつ病を発症しました。気分が重くとも、欠勤はゼロ。発病からの9カ月間は、本当につらい時間でした。
もちろん、投薬・カウンセリング・ご家族の協力も十分に対応したつもりです。でも、気分の重さが晴れず、笑顔が拝見できない日々でした。そして、とうとう病気休暇の申請を決定。仕事を完全に離れ、日本にて療養することになりました。2カ月の療養後に、シンガポールに戻られたAさんは、なんと、活気が戻り、素敵な表情を取り戻しつつありました。そして、内服しているお薬の量は、半減。
私は、嬉しい気持ちと、同時に、「9カ月間、自分の行った治療は、一体、なんであったのか?」自分が全くの役立たず医者であったような気がして、本当に申し訳ない気分を感じました。
「こんなに改善されるのなら、もっと、ずっと早くに病気休暇をお勧めするべきでした。すみません。」と、お伝えしました。
Aさんは「先生、私はそんな風には思っていません。自分は、お薬を飲んででも、限界まで仕事に取り組みました。だけど、体が本当にギブアップと言ったので、素直に病気休暇に入る自分を認めることが出来たんです。だから、ここで治療をして、仕事を頑張った9カ月間は必要だったんです。」
Aさんの言葉は、ずっと、私の診療の基本に残るでしょう。
そして、『休息の重要性』も。本当に再認識させられました。特に、過労が原因のうつ病の方には、ストレス源から離れ、自己のペースで息をする時間が必要なのです。そして、これが、一番の治療法なのかもしれません。

私の仕事は、海外赴任者が自分らしい能力を発揮し易い体調を保てるようにすること。「治す」という言葉よりも、『患者さんと共に生き方を考える』という方があっているかもしれません。人生のずっと先から顧みた時に、Aさんのように「あの時の自分は苦しかったけど、自分が進むためには必要な時間であった」と受け入れられるような、そんな診療でありたいと考えています。