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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(82)海外赴任者のストレス~心の強さ:逃避
NL10030102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~心の強さ:逃避

シンガポール日本人会クリニック
小川原 純子

夫婦問題からパニック障害を発症した女性(30代後半)、Eさんは、最近、精神的にすごく強くなってきました。パニックを発症して3年ですが、最近の私生活の混乱が影響して、症状が悪化してきていました。1カ月の病気休暇を頂き、職場復帰して1カ月後のことです。会社のシンガポール人後輩から、「あなたが職場でぐったりした様子で仕事をしていると、こちらまで、気分が落ち込む。うんざりよ。」といわれたことがキッカケでした。Eさん曰く「パニック症状は良くなっても、夫婦のすれ違いは続いているわけですから、気分が沈みがちです。でも、先生、経済的自立をしようと思うなら、『今の職場を大切にしなくちゃ。』と気付いたんです。言われた直後は『どうして私の苦しさを分かってくれないんだろう・・』と傷ついたけど、やっぱり私がちゃんとしなくちゃ。電車が混雑しているからって、パニック発作が怖くて乗車を遅らせて遅刻するのはやめます。無理はしないけど、不安だからといって、逃げたり甘えたりすることはやめます。」

数年来のうつで苦しんできた40代前半の女性 Bさん。Bさんも最近、精神的な芯がぶれなくなってきました。今までは、朝起きてみないと、その日に何が出来るかわかりません。だから、朝ごはんを家族に出せるかどうかも、起きた時の体調次第。約束した時には、結構楽しみにしていたはずの友人との外出も、その日の体調によっては土壇場でキャンセルになってしまいます。Bさんは「仕方ないですよね。うつの調子が良くないのだから・・・」とずっと言い続けてきていました。ところが最近、嬉しい変化です。「先生、少し調子が悪くても、自分が入れた約束は、やっぱり行きます。今の目標は、『ドタキャンしないこと』結局、ドタキャンすればすごい自己嫌悪になるんです。ちょっとつらくても約束は守ろうと思います。」

50代女性のYさんも、最近は、どんな体調不良でも絶対に1品でよいので夕食を作るように決めました。本当につらい日には、「特製チラシ寿司の素」や「ホテル特製カレー」などが強い味方です。「先生、つらいからって何もしないと、自分が本当に役立たずみたいに思ってしまいます。これを1年やり通せたら、自信がつくような気もします。」

うつ病の患者さんには、「頑張って」という言葉をかけてはいけないと言われています。本当に心身ともに疲労しているときに、この言葉は禁忌です。ですが、最初のケースのように、十分に回復してきた患者さんには、周囲の激励が回復の起爆剤になることもあります。医者として、私自身が患者さんに「普通に生活をする努力をしよう」と促すこともあるのですが、時として、この促しが、医師患者関係を悪化させることがあります。

風邪をひいて咳がひどい患者さんに「咳を治しましょう」といえば、それは、ほぼ100%の人が同意できる目標かもしれません。腰痛がひどい患者さんに、「痛みをとって一人でトイレに行けるようしましょう」といったら、これも、多くの方が望むでしょう。
心療内科において、治療目標の設定は、実は、大変に難しいのです。「母親だったら、授業参観に行ってやりたいだろう。」「母親だったら、毎朝、子ども達を送り出してあげたいだろう。」とか「父親だったら、充実した仕事をしたいだろう。」とか、年齢にあった社会が期待する役割像を押し付けた治療目標は、間違いを生むことがあります。

入院中はすっかり元気になるけれども、退院して、家族との生活に戻るとたちまち不調に陥り、たった1~2日で入院生活に逆戻りする患者さんに出会いました。私は、この患者さんの数年来の主治医でした。若かった私は、「小学生のお子さん達が家で待っているのだから、早く退院したいはず。」と一生懸命治療に当たりましたが、体調が落ち着き、退院間近になると、患者さんは不調になります。この患者さんは、本当に退院したかったのでしょうか? 家庭で自分なりの役割を果たしたかったのでしょうか?

不登校の高校生を治療していた時のことです。ある女の子に言われました。「先生のところで治療してもいいけど、学校に行きたいとは全然思わない。」「ダメな自分を、家族も友達もブログ仲間も受け入れてくれているし、今の自分で十分幸せです。好きなときに起きて、好きなことをやって、好きに過ごすのが楽かな。」「今の自分から変わる必要はないし、変わりたくない。」高校生だったら、学校に行きたいだろう、部活を楽しみたいだろう、将来は大学生になって、アルバイトもしたいだろう・・・と、治療者が自分の中の『普通にあるべき姿』を押し付けてはいけないのです。

「病気への心理的逃避」は本当に難しい問題です。患者さんの心の準備が出来ていないうちに、そのことを指摘すれば、医師-患者の信頼関係は、あっという間に崩れます。一方で、この心理機制をご本人も周囲も認識し乗り越えなければ、病気やお薬から解放されない患者さんも少なくありません。何故なら、日常の生活というものは、多くの辛抱と我慢の連続だからです。
「逃げない力」「快くないことに辛抱する力」は、先天的および後天的因子で獲得されます。今日も、多くの不満を抱えながらも、きちんと仕事をこなしている皆さんは「心の芯が強い人」です。すごく簡単なことのようですが、「逃げずにやり通す」ということはすごいことなのですね。