• ホーム
  • 基金について
  • 海外医療情報
  • お勧めリンク集
  • よくある質問

ホーム > 海外医療情報 > ニュースレター(機関紙)

ニュースレター(機関紙)

海外勤務者のための渡航医学 その2 海外派遣者に対する健診
NL10020105
医療情報、海外渡航

海外勤務者のための渡航医学 その2 海外派遣者に対する健診

渡航医学センター 西新橋クリニック 院長
株式会社 渡航医学センター 代表取締役
日本渡航医学会 副理事長
大越裕文

今回は、海外派遣者に対する派遣前と派遣後の健康診断の役割と有効活用についてご紹介します。

海外派遣者に対する健康診断
1989年に労働安全衛生法が改正されたことにより、派遣前後の健康診断が事業者に義務付けられることになりました。この法律で規定された健康診断の対象者は、海外に6か月以上派遣される労働者で、派遣形態が駐在であるか出張であるかにかかわらず、事業者は健康診断を実施しなければなりません。実施時期は海外派遣前と派遣後に1回ずつで、一時帰国した時の健康診断は除くとしています。また、この健康診断を実施すべき日から6か月以内に雇入時健診や定期健診を行っている場合は、同一の検査項目を省略することができます。

派遣前後の健康診断の目的
健康診断の目的は大きく2つあります。一つは定期健康診断の代替措置としての目的です。労働安全衛生法では事業者が毎年1回、定期健康診断を行うことを義務付けていますが、この定期健康診断は国内で働く労働者を対象としており、海外で働く労働者は含まれていません。この救済策として、海外に派遣する前後に定期健康診断と同様の項目を検査しておくことが、「海外派遣労働者の健康診断」の目的となっています。もう一つの目的は海外という特殊な職場環境に勤務する者への配慮です。海外派遣労働者の場合、職場および生活環境に健康を障害する因子が数多く存在します。こうした健康障害因子に暴露されておこる健康問題を未然に防ぎ、また早期発見・早期治療することがこの健康診断の大切な目的です。

派遣前と派遣後に分けてみると、派遣前健康診断の第一の目的は、事前に異常値を発見し、派遣中の疾病の発生ならびに悪化を防ぐことにあります。対象となる疾病は生活習慣病や悪性腫瘍となります。第二の目的は、派遣中に現地医療施設で円滑な受診をする際の参考資料にすることです。この目的に従えば、結果は英訳して現地に持参することが必要になります。

なお、派遣前健康診断を派遣者の選定に用いる企業もありますが、これは本来の目的を逸脱しています。派遣者の選定にあたっては定期健康診断を参考にすべきで、派遣前健康診断は派遣が内定した段階で実施するものです。
帰国後の健康診断は、派遣中に罹患した疾病を早期発見する目的で行われます。対象となる疾病には生活習慣病や悪性腫瘍だけでなく感染症も含まれます。

健診内容
健診の内容は、安衛則における定期健診項目(表1)に加え、医師が必要と判断した場合、検査項目の追加が可能です。一般に感染症に関する抗体検査、便虫卵検査、血液型、上部消化管検査、腹部超音波検査、便潜血検査などが追加検査として行われています。海外では、日本のような医療を受けられない可能性があるため、できるだけ人間ドックレベルの健康診断を受けておくことが望まれます。
安衛則では、海外へ勤務する本人のみとしていますが、帯同される成人の家族も同様の健康診断を受けておくべきでしょう。小児の場合は、かかりつけの先生に相談しましょう。海外で帯同家族に健康上の問題が生じた際、赴任継続が不可能になることもありえるからです。

表1 赴任前健康診断
事業者は、労働者を海外に6カ月以上派遣させる場合、派遣前及び派遣後に安衛則第44条第1項に示す以下の項目に加え医師が必要と判断したものについて、健診を行わなければならない。

既往歴及び業務歴の調査肝機能検査
自覚症状及び他覚症状の有無の検査血中脂質検査
身長、体重、視力及び聴力の検査血糖検査
胸部エックス線検査及び喀痰検査尿検査
血圧の測定心電図検査
貧血検査


就労ビザ取得に必要な健康診断
国によっては就労ビザを取得する際に、特殊な健康診断を要求することがあります。たとえば中国がこの種の検査を要求していますが、その項目には一般的な健診項目とともに、HIV抗体検査、梅毒血清反応、肝炎ウイルス検査など感染症関係の検査が含まれています。こうした検査項目のうちでもHIV抗体検査に関しては、派遣者本人が自由意志で受けられるように配慮をすることが必要です。
なお、就労ビサ取得のために必要な健康診断は、公立病院など特定の医療施設でしか実施できないことが多いので、詳細については各国の大使館にお問い合わせください。

健康診断結果は迅速に
海外派遣前の健康診断では検査から出国までの期間が短いため、要精査や要治療となった者への事後措置に特別な対応が必要になります。検査や治療はできるだけ国内で行い、重篤な場合には出国を遅らせることや、派遣の中止も検討してください。こうした事態を避けるため、健康診断は出国の1ヶ月以上前に行い、結果は1週間くらいで受け取ることが望まれます。

派遣前の健康診断の事後処理
要精査となった者への対応
再検査や精密検査が必要な者については、できるだけ国内で検査を受けるように対応します。国内での検査が時間的に難しい場合は、現地の医療施設を紹介し、そこで検査を受けさせることになります。ただし、滞在する国で適切な検査を受けるのが難しい場合は、検査を終了するまで出国を延期させるべきでしょう。
一般的に先進国の医療施設であれば、日本と同レベルの検査を受けることが可能です。この場合、まずは現地の一般医(General Practitioner、Family Doctor)に紹介し、必要に応じて専門医を紹介してもらう方法が推奨されています。一方、途上国の場合は、日本と同レベルの検査を受けるのが難しいことも予想されます。途上国では日本人の受診する医療施設が限局する傾向にあるため、事前に医療施設の情報を確認した上で、現地での検査が可能か否かを判断してください。
紹介状は英語圏の国はもちろんのこと、それ以外の国でも、英文で作成すればほとんどのケースで対応可能です。

要経過観察となった者への対応
中高年者の場合は派遣前健康診断で生活習慣病が発見され、経過観察を要するケースが大変に多くなります。この場合、派遣中の生活指導が必要になりますが、国内の方法では対応しきれない点がでてきます。

たとえば栄養指導は、滞在する国の食事内容を知った上で指導しなければなりません。しかし、各国の食事内容を栄養学的に解析した資料を入手するのはなかなか難しいため、海外派遣中は出来るだけ和食を食べるように指導してください。和食を中心とした食事内容ならば、国内の指導をそのまま応用することができる。最近はアジアや欧米諸国で和食の素材を入手することが容易になっており7)、奥さまを帯同する派遣者であれば、自宅で和食を食べるのがそれ程困難ではなく、単身赴任者についても自炊を励行させ、和食を食べるよう指導してください。

運動指導にあたっては、滞在する国の環境に応じた指導が必要になります。たとえば、日本では運動指導としてウオーキングを推奨することが多いが、海外では気候や治安の問題から、手軽にウオーキングができる環境にはない場合があります。スポーツクラブやスイミングプールなどの施設がある地域では、積極的にそうした施設を利用するよう指導してください。こうした運動が困難なケースでは、家の中で行うストレッチや筋トレなどを指導いただきたい。

経過観察の方法は、原疾患により様々であるが、体重の測定は定期的に行うよう指導してください。
検査による経過観察が必要なケースでは、現地の医療施設を受診させるようにしてください。さらに、社内の産業保健担当者が電子メールなどで定期的に経過を聞くようにすると効果的です。

要治療となった者への対応
派遣前健康診断の結果によっては、生活習慣病のために薬物治療をただちに要するケースもみられる。こうしたケースの中には派遣不可となる程の重篤な者もあり、本来ならば派遣者選定の段階で、定期健康診断の結果をもとに判断をすべきである。

このように要治療と判定された者が、日本の医師から遠隔的に治療を受けるケースも少なくないようです。要治療者でも病状が安定している場合は、国内から遠隔的に治療を行うことも可能ですが、原則的には滞在先の医療施設で治療を受けることを推奨してください。どの医療施設を受診するかは、要精査の者が現地で検査を受ける場合と同様です。すなわち先進国では、まず一般医に紹介し、必要に応じて専門医に振り分けてもらうのがいいでしょう。途上国では滞在先の医療施設情報を事前に調べ、適切な医療施設を紹介してください。もし滞在先に適切な施設がなければ、派遣中止も検討すべきです。なお、日本で投与されている薬剤が滞在国でも入手可能か否かについては、日本の販売元に問い合わせてください。

病状が安定している者に日本から遠隔的な治療を行う際は、数ヶ月毎に帰国させ診察を受けることが前提になります。さらに、主治医が電子メールなどで定期的に経過観察し、現地で病状が悪化する事態に備え、英文の診断書を必ず携帯させてください。この診断書には病名と服用中の薬剤名(一般名)を明記しておいてください。なお、派遣者本人が一時帰国できないなどの理由で、医師が本人以外の者に処方することは、医師法20条の無診察治療に抵触する恐れがあります。

健康診断結果は英文に
赴任前健康診断結果は、貴重な医療情報となります。結果を英文に翻訳しておくと、派遣先で医療機関を受診した際に役立ちます。特に、生活習慣病など持病を抱えている派遣者には、医療機関への紹介状の役割も果たします。日本で受けていた治療を中断する派遣者への対策として、英文の健診結果を持参させることをお勧めします。その際には、受診可能な医療施設情報も提供してください。

派遣中の健康診断
労働安全衛生法では、国内の事業所で働く労働者について、事業者が毎年1回、定期健康診断を実施することを義務付けているが、海外の事業所に働く労働者にはこの法律が適応されません。しかし、海外派遣労働者への安全配慮義務という観点から、派遣元となる事業者が年に1回は定期健康診断と同様の検査を実施すべきです。日本に一時帰国させて検査するのが理想であるが、近年は海外でも、日本式の健康診断を提供する医療施設が増えてきていますので、うまく活用すべきでしょう。ただし、海外で受けた健康診断結果については、社内の産業保健担当者が評価や指導を行える体制を構築することが必要です。
一時帰国の際に健康診断を受ける場合は、再検査や精密検査が受けることができるよう帰国早々に検査を受けるべきです。

海外出張者にも注意を
近年、交通機関の発達と人件費の問題から海外派遣を短期の海外出張に切り替えて対応する企業が増えています。こうした海外出張の頻繁な社員は、食生活が不規則になったり、酒量が増えたりして、生活習慣病の罹患や悪化をおこす事例が少なくありません。また、出張前の準備や帰国後の事後処理などで多忙になり、過重労働を招くことにもなります。このため海外出張が頻繁な社員については、社内の産業保健スタッフが定期的に健康指導を行なうべきです。加えて、深夜勤務などと同様に、定期健康診断を年に2回受けさせるなどの対応も検討すべきでしょう。
なお海外出張のケースでも、1回の出張期間が6か月を超える者は「海外派遣労働者の健康診断」を受ける対象になります。

労働安全衛生法に定められた「海外派遣者の健康診断」は、最低限の対策を規定したものです。これ以外にも派遣前の健康教育や予防接種、滞在中の医療相談など数多くの対策が必要です。海外派遣企業では健康診断の実施だけに満足せず、派遣期間全体を網羅する総合的な健康管理対策の構築を心がけていただきたいと思います。


◇編集部より◇ 昨年までの連載「渡航医学のABC」は、1月より新シリーズ「海外勤務者のための渡航医学」として引き続き大越先生にご執筆いただいております。読後の感想、意見、質問および今後取り上げて欲しい話題のリクエストなどを受け付けます。
ニュースレター連絡コーナーhttp://www.jomf.or.jp/ninq/index.htmlからご連絡お願い申し上げます。

著者のサイト:渡航医学センター 西新橋クリニック
http://www.tramedic.com
「渡航医学のABC」索引コーナー
http://www.jomf.or.jp/jyouhou/jigyou_iryou2/jigyou_iryou2_4.html#abc
「海外勤務者のための渡航医学」索引コーナー
http://www.jomf.or.jp/jyouhou/jigyou_iryou2/jigyou_iryou2_4.html#yomo