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ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第22章「医療黄牛の巻」
NL09120104
医療情報、中国


北京の街角から~中国医療現場からの報告~第22章「医療黄牛の巻」

北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医
田中健一

良い治療を受けたいのは古今東西同じことです。現在の中国では良い治療を受けたい場合は「専家外来」という専門家の外来を受診することになります。そこに多くの患者が押し掛けたらどういうことが生じるでしょう、今日は外来の待合い室をめぐるお話です。

日本では3時間待って3分の診療、という言葉があります。これを言い換えると、3時間待てば3分診てもらえる(受診を拒否されることはない)ともよめます。

これに対して中国では医療の質の維持を担保するために、専門家が一日に診察する人数に上限をもうけ、整理券を配付しています(午前の診察が午後にずれ込み昼飯を食べることができない、などという日本のようなことは起こらない)。

多くの患者は、良い診察を受けるため専家外来を受診しようとします。そして、この整理券をもらうために朝早くから並ぶことになります。有名病院の著明な医師の場合、整理券を求めて前の日から並ぶこともあるのです。診察する専門家の診察料は決して安くありません。初診料(掛号費)に上乗せされる指名料は300元が相場ですが、このお金を払っても専門医に受診したいという人数は、実際に診察してもらえる人数をはるかに超えています(受診希望者>診察人数)。
つまり、日本のように待てば診察してもらえるという医療サイドに負担のかかる制度設計ではなく、診察人数に上限があるのです。ある人数に達すると有無を言わさず診察が打ち切られるのです(整理券を持っていない人には診察を行わない)。

このような背景下ではどういうことが発生するのでしょうか?受診してもらえることを保証する整理券が売買の対象となってしまうのです。ある賢い人間は、受診をしないけど患者が殺到する専家外来のある三級病院に前の日から並び整理券をもらっておく、受診当日その整理券を1000元で売るというボードをもって病院前にいる。すると、差額の1000元を払っても受診したい患者はいるから、必ず売れる。
もっと賢い人間は失業したり地方から出てきた人間を雇って前の日から列に並ばせて整理券を入手する、それを安値で買い取り1000元で患者に売る、その差額がそのまま利益になるという仕組みになるのです。そして、このような人間のことを「医療黄牛」というのです(黄牛とは転売を意味する故事)。北京で刊行されている新聞である京華時報はこの医療黄牛のことを第一面ですっぱ抜いたのです。

私が診療所にアルバイトに来ている常先生に、医療黄牛は医療に対する冒涜だよ、とその記事について憤慨して話すと、常先生は「ぼくはそう思わないね」と批判の鉾先を医療黄牛ではなく、このような人間につけいる隙を与えてしまっている制度に向けたのです。

専門医を養成しなければならないのにしていない、病院を作らなければならないのに作らない国家が悪いと常先生は言うのです。と同時に他のスタッフにも、医療黄牛の件でどう思うかについて聞いてみると、私達日本人とは全く論点が異なっていることがわかりました。中国人スタッフが問題だと見ているのは、医療黄牛そのものではなく、医療黄牛を発生させている需要と供給のアンバランスによるシステムなのです。それに対して私は医療黄牛そのもの、つまり人のふんどしで相撲を取る人間、を問題視していたのです。

中国スタッフに刺激を受けさらに問題点を探ってみると、いきつくところはそもそも指名料に相当する掛号費の300元は適正な価格なのだろうかと考えが及びました。初診料と言えば聞こえが良いが、要は金をもっている人間だけが良い診察を受けることができる資本主義の権化そのものの制度じゃないか。限られた席(整理券)を得るために金の力を使う、はたしてこの考えは妥当なのかどうか、正直答えの出ない難問です。

いみじくも毛澤東は「為人民服務」という言葉を使い、当初医療に対して平等を貫いた(人民公社)。その時代は病に対して専門医は存在しておらず、人より多くのお金を稼ぐことも困難だった。だから、格差がなかったから病をありのままに受け入れることができた。しかし、今は、患者も医療人もより良い生活を求め邁進する、このひずみの1つとして医療黄牛があると考えると妙に合点がいくのです。

最後に、喧々諤々の議論の中、私のした質問「私の外来にも医療黄牛がいるの?」は周りを大いに笑わせました。「いるわけねーだろ、田中さんは星1つだから中国の患者からは見向きもされてないよ」と言ったのは王看護師です。黄牛がいるのは3級医院の4星(専家という)の医師だけだ。なぜか納得。こうした実態が見えてくると、ますます中国の闇に吸い込まれていく自分を発見せざるをえないのです。

<補足>
人数制限というとホントに少人数の限られた人というイメージになりますが、小児科などは1日に200人の患者を診ないといけない状況にあります。このような状況下においては、金を出しても診てもらえない患者が出てくることは当然ありうるのです。経済成長に病院建設が伴っていないことが根本の問題で、専門病院や専門医が少なすぎるのです。これが人口15億人の国で起こっている医療なのです。

ちなみにそんな高い評価を得ている4星の先生が、私のいる診療所に診察に来ていただけるということは、有難いことなのですが、その価値を未だに理解していない日本人利用者が多いのもまた事実なのです。



随想○北京の裏道から~ 教育制度(2)

先月のレポートで良い学校(公立校)に越境するにはお金が必要であること、戸籍の異なる子供は住民票のない都市の学校には通学できないことをレポートしました。そのことを踏まえ、今回は、今日本で問題となっている給食費にまつわるお話です。

給食費の未払いについて、私は日本と同じような問題が中国でも起っているかもしれないと考え、小学生の子供を持つ婦人科の柳先生に現状を聞いてみました。

「日本では給食費が払えるのに払わなかったり、払わないまま卒業してしまって、教育現場では大きな問題になっているんだけど、中国ではどう?」と私。

柳先生の答えは
「誰だって食べてしまえばお金は払いたくなくなるよ、なぜ前払いにしないの?」と明解そのもの。
日本では電車を乗るにも前払い、ラーメン屋や安いレストランも先に食券を買うから前払いじゃない、給食もそれと同じだよ、と言うのです。

だけど、ちょっと高いレストランや居酒屋は後払いだよ、とは私。

柳先生は「日本の給食は、高いレストランの食事というよりは、最低限の栄養補給のものでしょ」と言います。
さらに、学校の先生が給食費をもらいに家庭を回るなんて本末転倒、そんな時間があるなら、明日の授業を少しでも良いものにすべく新しい資料を作ってよ、と通常に給食費を払っている保護者は言わないの?とも言いました。

こういう事態は後払いにすることに起因しているわけだから、制度欠陥じゃないのかな。私が、もし前払いで払わなかったらどうなるの?と聞くと、その月は給食がないだけと至極当然として応えたのです。

給食費を払わないのだから給食がない、これは親が望んだことなのだから、致し方ないし、そこに学校の先生が関与する余地はない。ホントに給食費が払えないのなら行政として補助を考えるべきだし、親の怠慢により払わないのなら、子供の扶養の放棄につながることだから、事は給食費を離れ児童相談所が関係してくる内容になるね、というのです。

こういう話を聞いてしまうと、私も給食費は前払いが好ましいと考えるようになりました。そして、学校を休んだら食べられないし、返金もしない、というルール1つでゴリ押しを防止するための筋は通るはずです。

柳先生はさらに、学校は勉強を教える場所なんだから、給食費が問題になることのほうが問題だと思うね、田中さんは給食は大切だというけど、なら朝の給食はあるの?(日本の公立学校ではないはず)。我が家の子供はアレルギー体質だから有機野菜を使った料理にしてほしい、昼はライ麦を使ったパン食にさせたい、なんて希望が出てこないの?などなど・・・。私はこんな無茶な要求、流行りのモンスターペアレントでも言わないよ、と言いましたが、柳先生は中国の給食にはそんなサービスあるよ、と言います。安いもので良いと考える保護者は学校の給食を、それで満足できない保護者は給食ではなく、配達弁当を注文するというのです。有機野菜のみを使った献立の弁当やマックの子もいるし、とのこと。忙しい親のためには朝の給食もあるのです。

柳先生の説明は、給食とは皆同じものを食べるもの、と平等主義に凝り固まっている私に大きく響き、給食とは教育の上乗せ、横出しの部分だから差があっても良いんじゃないかな、と考えを変えるきっかけになりました。食べるという点においては給食として保証する、ただし、より良いものをと考える保護者にとってはそのサービスも提供するのが中国の制度です。

日本でいえば高給料亭の仕出し弁当を食べる子と給食費を節約するために自宅で取れたサツマ芋を食べる子が混在する状況で、貧しい子は虐められてしまうんじゃないでしょうか?という私の質問に対して、柳先生は、田中さんはいつも皆と同じにというけど、鉛筆や消しゴム、下敷きは皆同じではないでしょう、機会は均等でなければならないけど、結果は決して平等ではない。受けられるサービスにはデコボコがあってもよいと思います。さらに、違うということを小学生のうちに教えこまないと、悪い平等主義が蔓延してしまいますよ。そもそも食べるものが違うだけで虐められっぱなしの子は中国では生きていけないですよ、と言ったのです。

私はこれこそが、人口15億人の国で押し合いへし合いしながら起っていることなのだとわかりました。突き詰めて言えば、日本と中国の違いは、享受できる人の視点で考えるか(中国)、享受できない人の視点で考えるか(日本)に行きつくのです。



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