ニュースレター(機関紙)
海外メンタルヘルスの現場から(77)海外赴任者のストレス~コミュニケーション
NL09100103
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス
海外赴任者のストレス~コミュニケーション シンガポール日本人会診療所 小川原 純子 「お前、ちょっと驚きすぎだよ!馬鹿じゃ~ん。」小学生の男の子A君が同級生の友達に、こんな言葉をかけています。顔はニコニコ。親愛の情を込めて、その友達と肩を組もうとしています。そう。この二人は幼稚園からの幼なじみで、ズケズケとお互いに口を利ける友達なのです。 「お前、ちょっと驚きすぎだよ!馬鹿じゃん。」B君は、こうつぶやいて、友達と視線を合わせずにその場を離れていこうとしています。周りの雰囲気は、少し冷めていて、このことには、これ以上触れても無駄だろう・・・と考えているようです。 「○君が『馬鹿』って言っていました。」と、報告されたとしても、こんなにもニュアンスがちがうのですから、大人が注意を与えるもの案外難しいものです。 このように、コミュニケーションには、「言葉どおりの意味」と「それ以外言外に含まれる意味」があることは、皆さんも生活の中で沢山経験していらっしゃることでしょう。 当地生活の大きなストレスとして言語の壁をあげる人は多くいらっしゃいます。外国人の部下や同僚・お客さんに、自分の言っている意味が伝わらないこと。逆に、相手が自分に伝えたいことの真意が汲み取れないこと。これらは、私たちに大きな苦痛を与えます。こういったミスコミュニケーションの原因として、自らの「語学力不足」「勉強不足」を挙げ、忙しい時間を割いて語学スクールに通う方もいます。もちろん、基礎的な語学力は重要ですが、文法を正しく言葉を話しても、実際には、伝わらないことがあるものです。言語の問題よりも、「言外の感覚の違い」が、ミスコミュニケーションの原因になる事が多いのかもしれません。こうやって考えると、「正確に伝えること」と「正確に伝わること」は、随分と意味合いがちがうということです。 先日、私自身が、「伝わらなかったかもしれない不安」に見舞われ、数日間悩んでしまいました。当地日本人中学校で生徒さん向けに講演をさせて頂く機会を得ました。中学生は、予想以上に熱心に聴いてはくれましたが、果たして、こちらの意図するところが、伝わったのかどうか?「伝えたいことが伝わらなかったかもしれない・・」ということは、大変もどかしく、もやもやとした不安を残すものだと実感しました。 心療内科の外来で、診療に最もエネルギーを必要とするのは、年齢を問わず「頑固で、自己の考えを主張し続け、自分の考えを相手の話の意図と刷り合わせてしてきてくれない」人たちです。呼吸が合わないというのでしょうか。お互いの間に、目には見えないけどガラスのような壁を感じる時、自分が費やしたエネルギーが、すべて跳ね返されたような疲労感を感じます。 この「ガラスの壁」が、言語の問題なのか、文化の問題なのか、人柄の問題なのか、人種差別の問題なのかを判別することは、非常に難しいようですが、コミュニケーションには、色々な要素があるということを知っておくことは、役立つかもしれません。 海外で生活していると、これとは全く逆の経験をすることもあります。「自分の気持ちがきちんと伝わっていれば、言葉で伝えられなくても壊れない人間関係」があるということです。 ある日本人ガイドさんから聞いた話を紹介します。日本人20名の団体を率いてのタイツアーでの出来事。休息中に、サッと近づいてくる物売りに、ツアー客は「No,thank you.」とお断りするので精一杯。みんなは、この物売り攻撃に苦戦していました。 ところが、一人の50代男性は、楽しそうに物売りの若い子達とコミュニケーションをしているのです。この方は、一切英語は使いません。 「え~、これが10ドル。1000円じゃない。もう少し勉強してくれなきゃ、買えないよ。」すると、売り子さんがディスカウントしてくれるじゃありませんか。 「こんな暑いのに良く働くね。体大事にしなよ。」と、おじさんの差し出す飴に、売り子さんもにっこり。このツアーガイドさんの感想です。 「おじさんは日本語。相手はタイ語と片言の英語。それなのに、結構通じ合っているから不思議ですよね。そして、二人とも楽しそうだからもっと不思議です。この方のお陰で、みんなの場も和み、コミュニケーションが図り易くなったんですよ。」 英語をきれいに正確に話せることは、本当に羨ましいし、素敵なことです。ですが、「言語」という枠に、自分が囚われ過ぎると、本当のコミュニケーションを見失ってしまうかもしれません。言葉に囚われないコミュニケーション能力の高い人は、自信を持ってください。きっと、その能力は、世界中で通用するのかもしれません。 |