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ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第17章「農民合作医療の実際」
NL09060104
医療情報、中国


北京の街角から~中国医療現場からの報告~第17章「農民合作医療の実際」

北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医
田中健一

私が生まれる以前のお話です。東京の下町である蒲田の鉄工場に農民が溶接工として働いていました。中学をでたばかりのその溶接工は夜学に通いながら鉄工場に勤務していましたが、ある時、急性盲腸炎に罹りました。社員数人の小さな工場であることもあり、近所の病院に社長が付添い診察をうけ、緊急入院になりました。その後、無事手術を終え、所定の医療費を払い職場に復帰しました。

翻って、中国です。ある農村から北京に出稼ぎにきていた労働者(農民工という)が呼吸器疾患を患い首都医科大学病院を受診しました。問診を担当した医師は入院に際し、必要な検査、薬のオーダーをだし、その患者に処方箋を渡しました。しかし、この患者は二度とこの医師の前にあらわれることはありませんでした。処方された薬を買うお金がこの農民工にはなかったからです。

日本の例は50年も前の話に対して、中国の例はまだ最近の話です(今でも同様の例は無数に存在する)。今回紹介した2つの例は、企業で働いているとはいえ農民に対して健康保険を提供するか否かの根源的な違いに行きつきます。日本の例は無事回復した(だから私がいるのです、そう今回紹介した例は私の父親なのです)、一方、中国の例は入院することができず、自分の出身地に帰っていた(農村では手術を受けることはできないだろうから、生命は1年もたないはずだ、と診察した医師は話してくれた)。

中国は共産党による一党独裁体制であり、共産党は「労働者と農民の党」であると綱領にあるので、私は当初、医療制度も弱者サイドにたった制度設計になっていると考えていました。しかし、実際には農民出身者が都市で働いたとしても(常勤であっても)、医療保険をはじめとした社会保険には加入できず、病気をして病院にかかれば全額自費です。ここに今の中国がかかえる最大の問題が横たわっているのです。

現在、胡錦涛体制は和偕社会(調和のある社会)の建設をかかげ、多くの対策に取り組んでいますが、その実現のためには人口の半数以上をしめる農民対策は避けて通れない課題です。とはいえ、まだまだ効果は十分でていないというのが私が受けている印象です。所得の低い農民に対し、どう資金援助するか、問題の根っこを考えていくと必ず財政の問題に行きつくのです。同じ中国人なんだから、自分達の払った税金や保険料を医療費も払えない多くの農民に振り分けられないか、と思います。しかし、理念では理解できてもそこはエゴとエゴがぶつかりあう人間の本性丸出しの社会が今の中国です。綺麗な言葉でいえば、負担と給付がはっきりしている制度、わかりやすい言葉でいえば、なんで見もしらない農民のために自分達の払った金を回さないといけないんだ、です。そして後者は富裕な都市住民の本音です。

注意深く日本において農民を対象とした医療保険(国保)ができた経緯を振返ってみると、制度設計において所得の低い農民をどう医療保険に組み入れるかについて多くの議論がなされました。旧沢内村(岩手県)の滝沢村長の英断(医療費の無料化)、佐久総合病院の若月院長による検診制度、などなど医療保険の揺籃期には多くの伝説が作られ、後世に伝えられています。結局、国が補填すること、企業保険(組合健保)から財政支援をすることが骨子となり国民健康保険制度になったのです。その後、赤字に陥る健保が続出し3K(国鉄、米、国保)と称されたこともありましたが、なんとか多くの問題点を先送りしながらも今にいたっています。

とはいえ、時代は変わり、制度の再構成が求められる時期にきていると私はみています。農民の所得保障などと小沢一郎(民主党前党首)は言います。医療費の負担を緩和する処置を講ずるともいいます。しかし、これが必要なのは日本ではなく、中国じゃないの、と私は思います。中国では病院にもかかれない絶対貧困層に対しても自立、自己責任が強調され、日本ではさらに地方および低所得層を対象に再分配機能を持たせようとする、どちらが良いのか、中国にくるようになってからというもの、この課題に対する答えが見出せないまま今になっています(ある面、日本をでる前は日本の国民健康保険は世界に冠たる素晴らしい制度だと思っていた時代が懐かしい)。

所得保障とは一歩間違うと地方へのばらまきに他ならなくなってしまいます。都市部で働き、満員列車にゆられ長時間をかけて通勤してやっと得たお金は、なんだかんだで吸い上げられ地方交付金の名目で地方に環流される、さらに不足する資金は国債という名の将来の国民に転嫁する仕組みがまかり通っている、こんなこと中国でやったら地方の氾濫ならぬ都市の氾濫が起こってしまうよ、中国では到底できないことと私は思うのです。結局、日本は甘過ぎるというところまでは考えが及んでいるのですが、じゃあどうすれば良いか??この疑問に対する回答を求めて「社会政策学会」なる医療人は滅多にお目にかからない、骨の髄まで社会科学系の学会にも参加するようになりました。徳田虎雄(徳州会理事長)は「命はみな平等だ」といいました。スローガンとしては理解できますが、実際には分相応、身の丈にあった医療にならざるをえない、だと思います。皆が最高級の医療をいつでもどこでも享受できるユートピアなんてどこにも存在しない、そろそろ日本の医療人も夢から覚める時にきているかもしれないのです。

今回はだいぶ突っ込んだ見解を披露しました。皆さんの厳しいご意見をいただければありがたいです。




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