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ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第14章「医療保険と保険料 その4」
NL09030104
医療情報、中国


北京の街角から~中国医療現場からの報告~第14章「医療保険と保険料 その4(1元=13円)」

北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医
田中健一

昨年、日本である職場の忘年会に参加した時、一部の人が子供を連れて来ていました。子供には子供にあった料理が出され、宴は終わりました。会計では支払う額が全員同じだったことから、「子供の分に対しても店は料金を課しているわけだから、3人も子供を連れてきている人と1人の会費が同額なのはおかしいんじゃないの?」と違和感を持ったのです。こんな私をせこいとみるか、合理的とみるかの判断は皆さんに委ねるとして、今回は上記の出来事にも関係する小児に関する話題です。

ある企業が「正社員の医療保険料は支払うが、正社員が扶養する子供までは医療保険料を支払わない」と言い出したら、その企業はどんな評価を受けるでしょうか?評価は地に落ちるでしょう。一方、正社員の側が支払う医療保険料は扶養する子供がいてもいなくても、そして何人いても同額です。それに対して、子供を有しない正社員には医療保険料を安くする(子供を有する場合には増額する)となると、同じ会社の仲間だからなどという薄っぺらな理念は吹っ飛び、自分にとってどちらが有利か考え行動する人が出てくるのではないでしょうか。医療保険料は労使折半が原則ですから、はじめに書いたことと次のことは実は同じことを意味しています。

子供であれ老人であれ扶養者が何人いても、いなくとも同じ医療保険料が給与から差っ引かれる、よーく考えてみると何かひっかかりませんか?子供がいれば、それだけ医療費がかかるのだから従業員の間で同額の医療保険料はありえない、これが私がたどりついた結論です。私は少子化対策是正に抵抗する部類の人間だと読者の皆さんから罵倒されそうですが、現に自営業者が加入する国民健康保険では子供の数が多くなると支払う医療保険料も増額されることからすると理にかなっています。
この論理で制度設計をしているのが中国の医療保険です。子供は家庭が責任を持ち、企業は従業員の子供にまで責任を有しないといった概念が中国には日本より強く存在します。これが共産主義のすることかと思いますが、幾多の経験の中から中国が会得した結論だと私は理解しています。

北京の書店で医療保険および生育保険を解説している本を買い求め、中国の医療制度を調べたのですが、どの本にも正社員が扶養する小児が病気になった時のことは記載されていませんでした。理由は明らかで小児を対象とする医療保険そのものが存在しないため、子供が病気になった時には家庭で全額負担するのです。
それに対し、日本はかかった医療費の7割は医療保険が負担し、自己負担の3割の医療費に対しても乳幼児医療費助成制度(通称、マル乳)、つまり義務教育就学前までの乳幼児(6歳以下)には地方自治体による公費が投入されるため、外来、入院とも無料で医療機関を受診できます。さらに、義務教育年限(小学校および中学校)には義務教育就学児医療費助成制度(通称、マル子)があり、公費の投入により家庭の負担は1割もしくは2割ですみます。中国と日本の医療保険の差は子供において顕著に現れています。

近年の医療費の高額化に伴い、数万元から10万元を超える治療も珍しくなくなりました。日本に比較してはるかに手薄な小児の医療について、支払えない家庭が増え、この事態に対処するため、2007年6月に北京市政府より「学生および児童医療保険制度」が発表されました。この医療保険は16歳以下の児童および高校、大学で学ぶ学生が対象で、毎年、保護者の保険料は50元、北京政府より50元の補助が出、合計100元を原資として医療保険が運営されます。入院および悪性腫瘍、腎透析、腎移植、血友病、再生不良性貧血の場合に治療費から650元を引いた70%の医療費が保険の適応です。

日本の医療保険に慣れた人からすると、この制度では以下の4点において厳しく感じられるはずです。

1.外来は適応にならない(全額自費)
2.17万元以上は適応にならない
3.北京の戸籍を持たない児童は適応にならない
4.小児病院など指定された病院以外は適応にならない

今、日本では小児領域において医療崩壊が起こっているとの報道があります。この原因を中国的に考えると、小児科医が少ないのではなく、マル乳やマル子によって医療費の自己負担部分を公費が負担する結果、病院の受診に対する保護者の負担感が減少し、病院を安易に受診し、その結果、負担の増加が起こっているのは否めないと思います。

保険を支える原資を家庭で拠出できるほど豊かになった結果、潤沢な資金が税金に流れ、その一部が自己負担に環流する。その結果として軽医療など家庭内で対応できていたものに対する家庭での吸収力がなくなり、そのひずみが小児領域に顕在化しているのではと考えます。
「小児医療費の公的補助をなくせ」などと言えば、日本の各界から私に対し批判が殺到することでしょう、しかし、中国(少なくとも北京)を見ていると、医療費の公的負担と少子化対策とは別の次元で議論が必要なのではと考えてしまいます。
その資金を別の分野、たとえば労働環境の改善(いつでも働きたい時に働け、休みたいときに休める。技術習得のための訓練が受けられる)に振り分けなどしたらと思うのですが・・・

今回は以前にもまして突っ込んだ内容でした。この場を私は双方向にしたいと思います。皆さんの意見がどんな些細なものであってもいただければ筆者の1人としてうれしいです。


○北京の裏道から~新しい人を採用することの巻

私のいる病院の歯科のスタッフとして3年にわたり勤務した趙さん(25)が診療所を去ります。私のような外国人にとって中国人なるものを理解するために、彼女は非常にわかりやすい種類の人間という点で典型的な北京人です。「わかりやすい」というのは、中国を理解するためのキーワードです。まず面子の固まりで序列を重視、そして自分第一(周りと妥協をしながら仕事を進めることができない)で、努力家です。

2年前、歯科の現地スタッフ数が2から3に増員になり、この増枠に対し、福健省出身の楊さんという方が応募してきました。彼女は北京に来る前に上海の日本人診療所で働いていたという経歴がありました。採用にあたった板垣先生は、楊さんの年令とその経験から彼女を勤務して1年が経過していた趙さんの上におきました。もちろん楊さんの給与は上海でもらっていた額が基準になったこともあり(給与は上海の方が北京より格段に高い)趙さんより上です(北京の職場では誰がいくらの給与をもらっているか皆わかっている=これはまたおいおい)。

私も妥当な判断だと思いました。趙さんは1年を経過していたといえ、言葉はできないわ(注:日本語のこと。もちろんこのクリニックで働く以上ある程度はできますが、他の中国人スタッフと比較してということです。)、仕事の流れを十分わかってないわ、と思っていたからです。当時、趙さんに対する私達の評価は病院業務のお手伝いさん、だったのです。それでもクビにならず雇用がなされていたのは、その必死さからです(板垣先生の言葉を借りれば、趙さんの取り柄は必死さ)。1時間半かけて満員バスで通ってくる、熱が40℃あっても出勤する、そんな彼女でした。

板垣先生の判断(新しく入ってくる楊さんが自分の上に位置する)に対して、こんな趙さんの怒りが爆発しました。「なんで私が新入りより下に位置付けられるんだ!」と激怒しながら板垣先生に食ってかかりました。おまけにこの怒りが、スタッフルームですればよいものを、板垣先生の治療中に面と向かって爆発したものですから、病院スタッフどころか、今、診察をしている患者さんに直に聞こえるため、その剣幕に患者さんもびっくりしたのです。板垣先生も患者さんに「お見苦しいところをお見せいたしました」と釈明せざるをえなくなったのです。彼女の納得する理由を求め、趙さんは板垣先生を始め執行部と徹底抗戦を挑んだのです。

こうなると誰が仲裁に入ろうとも、彼女は決して妥協しない強さを持っていました(これこそが北京人の性格と私は考える)。板垣先生は彼女のこの態度にほとほと困り、そして最も長く診療所に勤務する蘇さん(彼女はよく仕事ができる)もこの事態に辟易し、歯科は険悪な雰囲気につつまれながら日々が過ぎたのです。

もちろん、楊さんに対しては宣戦布告ともいえることを常にしゃべっているのです。こんな中、私がなんと説得しようとも「私は日本語もできるし、仕事もわかる、さらに歳も上だ、なんで私が彼女より劣っているんだ、説明をしろ」の一点張りです。当時の事務長(日本人)は、これ以上秩序を乱すならクビだ、と言いました。しかし、趙さんは、やれるものならやってみろ、といった態度をかえません。もうこうなると、どちらが先に引くかを巡りチキンレースの様相を示してきたのです。

どうにか妥協点をみつけられないか、日本人医師達は模索しましたが、なかなか良い答えを見つけることができず日々が過ぎたのです。

趙さんとの決裂もやむなしと、私達日本人スタッフが考えはじめた矢先、事態はあっけなく解決しました。3カ月後、楊さんが「妊娠した」という理由で突然に診療所を去ったのです。しかし、私はこんな環境に嫌気がさしたのが本音であったと考えています。

いずれにせよ、今回の一件から私達は多くのことを学びました。中国で新しくスタッフを採用する際、上位に抜てきするなら下位に位置するものより目に見えた実力の違いを持っていることが大切であるということです。日本ならこんな場合「しょうがないか」と、良い言葉でいえば大人の対応、悪い言葉でいえば諦めてしまう、ですが北京人はそうはいきません。自分と比較してもらう給与と職位を瞬時に判断します。本件の場合には、ひとまず仮採用の期間は楊さんを趙さんより下位にランクさせ、3カ月後の本採用で(能力が高いなら)逆転させる、そんな仕組みであればこのような問題は生じなかったのです。



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