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ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第11章「医療保険と保険料」
NL08120104
医療情報、中国


北京の街角から~中国医療現場からの報告~第11章「医療保険と保険料(1元=15円)」

北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医
田中健一

11月20日の財政諮問会議の席上、麻生首相は「たらたら飲んで食べて、何もしない人の分(医療費)を何で私が払うんだ」と発言し、世の人の顰蹙をかいました。
医療保険制度とはとどの詰まり、「かかった医療費を誰がどれだけ払うか」についてのルールです。制度というと難しく思えますが、わかりやすくいえば、病気になった時、医療機関に支払う費用を誰が払うかということに他なりません。世界を見渡すと、個人の使った医療費は公的なものをあてにせず全額自己負担でお願いします(アメリカ)、個人が支払う医療費は無料にしその分は国家が負担しましょう(イギリス)、年会費を集めて互助会が負担しましょう(ドイツ)などなど、国が違えばこうも異なるかと驚くくらい制度に違いがあります(どの制度が正しいという正解はないのであしからず)。

今回のお話は皆さんに費用負担について考えてもらうことから始まります。この点を踏まえて
質問:BさんはAさんより給与から多くの保険料を差っ引かれているのだから、病気になった時の支払いはAさんより少なくていいんじゃない?(二人は同じ病気として、同じ検査・処置・投薬をしたという条件で)というアイデアを皆さんはどう考えますか?

回答1:保険料を多く払ったのだから病院の窓口負担(自己負担)が安くなるのは当然だよ。
回答2:多く払おうが少なく払おうかに関係なく病院の窓口負担(自己負担)は同じだよ。

「中国に公的医療保険ってあるの?」
これがまず私が聞かれる質問です。中国で医療に従事して最も大きな違和感を持ったことが中国が有する医療保険制度です。中国は人口が多いため日本のような全国一律の制度にはなりえませんが、それを差引いても制度設計においても両国で概念が異なっています。
中国に公的医療保険はあります。ただし、国民全員が保険に入れるものではなく、都市部の労働者のみが対象です。そして、同じ公的医療保険であっても中国は回答1の立場に立ち、回答2の立場に立つのが日本です。つまり、保険料をより多く納めた労働者は医療費の自己負担も安くなるのです。多く払っているのだから何かメリットを感じさせるモノが制度の中に内在していないと制度が維持できない、このあたりが一般の保険に加入している北京人の認識だと私は思います。

中国をひとくくりにして説明しようとすると話がややこしくなるので、ここでは北京市における医療保険制度(基本医療制度という)について紹介します。基本医療制度は個人医療口座と大額医療互助よりなります。

個人医療口座とは自分の保険料は自分の医療費に対して支払う制度で自身の口座で管理します(自分の保険料が給与から天引きされたとたんに自分のお金でなくなってしまうことに慣れている日本人にはこの制度は非常にわかりにくいです)。

大額医療互助は入院など大きな病気をした時の高額な医療費に備えての保険です。日本における健康保険に相当します。個人医療口座は貯蓄型、大額医療互助は保険型という2階建の制度を中国の医療保険制度は有しています。今回は個人医療口座について、次回は大額医療互助について説明します。

個人医療口座は、自分が支払う医療費ために自身の給与から強制的に2%分を積立てておく貯金と解釈すると理解が早いです(日本は4.2%を拠出している)。なぜこのような制度を取るのでしょうか?せっかく貰った給与を、計画性なく雲散霧消してしまう私のようなキリギリス型人間にはもってこいの制度だからです(詳細は11/4付読売新聞夕刊参照)。さらに会社もこの口座に積増しをしてくれます。つまり給与に応じて、35歳以下は0.8%、35歳以上-45歳以下は1%、45歳以上は2%、それぞれ個人口座に会社が振り込んでくれるのです。つまり、給与の高い人(一般に年令も高い)は低い人に比較してより多くの会社からのお金を個人口座に保管することができる仕組みです。

私は当初、医療保険とは所得再分配機能を内在しているものと信じていたのですが、北京における個人医療口座の制度は、私の知っている医療保険の概念を根本から覆してくれました。北京の医療保険である個人医療口座は所得再分配ではなく、所得格差を拡大させる性質を有しているのです。給与の多い人は会社より多く医療費の補助が得られ、少ない人のそれは少ないのです。でも考えようによっては、給与が高いということは、会社にそれだけ多くの貢献をしているわけだから、保険の面でも給与の低い人より多くの便益を提供されてしかるべきだ、という考えもあります。この考えの方が前者より北京人にコンセンサスを得ているようです。

日本でこんな制度にしたら、給与の低い若年層から不満が高まるのみならず、便益を得る45歳以上の層からも、そんな不公平な制度に組みすることできないよ、という声があがると思うのです(概して多くの日本人は公平と平等をごっちゃにして理解している傾向がある、この点はおいおい)。

資本主義の日本では自分の出した保険料を他人が使うことに異義がでず、社会主義の中国では自分の出した保険料は当然自分が使うのだと信じている、共通していることはこの制度を会社が応援していることだけ。これではどちらが資本主義で、どちらが社会主義がわからなくなるのです。日本がもっと真面目に資本主義をしたほうが良いのか、はたまた中国がもっと真面目に社会主義をするのが良いのか、皆さんはどう考えますか?

見方を変えると、欧米諸国からは中国もわかりにくいが、同時に日本もわかりにくいと言われます。その理由の一つは、主義と今回垣間見た制度の乖離によって生じる矛盾も関係しているのではないかと私は考えています。



○北京の裏道から~口パク事件一考

オリンピックの開会式で、1人の少女が歌を歌いました。しかし、ステージの女の子は素振りだけで、実際に歌っていたのは舞台の裏にいた女の子だったことは、私に中国を理解する大きなヒントを与えてくれました。
私は病院の中国人スタッフからこの一件に対する考えを聞かれたので、多くのマスコミが論じていたような(おそらく皆さんと同じ)否定的なコメントをしました。つまり「口パクはずるだ」です。

このスタッフは「田中さんから非難を受けるのは心外だなー」と言ったのです。私が「なぜ?大方の日本人は私と同じ意見だけど」と言うと、このスタッフは以下のような示唆に富んだ説明をしてくれたのです。
全世界の人が見ている開会式で、見てくれも良く、歌も上手い子供がいれば、それにこしたことはない。でもね、田中さん、15億人の国民の中でもこれを満たす子なんているわけないでしょう。
だから、見てくれの良い子と歌の上手い子が抜擢されたんだ。

この問題で欧米諸国が中国を避難するのは私にはわかる。欧米では全知全能の神であるキリストを自分達の中に有しているから、何ごとにも万能を求めるからね。でも日本は違う。日本人は万能なんてあるわけないと知っていて、自身の能力が他人より劣っていることを知っているから、協力を大切にする。協力は日本人が最も得意とする分野じゃないか。

田中さんがはじめてこの病院に来た時、中国側からの田中さんに対する評価は、お世辞にも高いとはいえなかった(え?オレそんな評価を受けていたの?知らないというのは幸せなものだ)。その後に入ってきた日本人スタッフも中国人スタッフのからの評価は、とろい、鈍い、(ねえ、Iさん、Hさん!)などなど、散々だった。でもしばらくすると、日本人達はお互いが能力の足りない所を補いあって、素晴らしいものができあがってくることがわかったんだ。1人1人の能力なら中国人の方が高いけど、集団になると日本人は個人の能力の和以上の仕事をする。これを間近で見た時、私達中国人スタッフは、協力は日本の美徳であり、日本の国力の源泉であることがわかったのです。中国人はこの点を大きく評価しているんですよ。
とすると、開会式で子供が歌う歌を良いものにしようと思ったら、見てくれの良い子と歌の上手い子の二人で協力し、分業せざるを得なかったんじゃないかな。協力の大切さを日本ならわかってもらえると思ったのに、そして、病院に「協力」の概念を植え付けた田中さんから非難されるとは心外そのものですよ、と言ったのです。

それに続けて、こうも話してくれました。
「私達は世界の人にオリンピックを楽しんで欲しかった。そのためにこんなに努力をしてきた(天文学的資金を北京に集中)。善かれと思ってやったことが、こんな形で非難されるとは・・・この点がとっても残念に思っています。そして、これは私1人の意見ではなく、中国人なら誰にでも内在している気持ちだと思うよ」

唖然!私は返す言葉がありませんでした。と同時に中国人の一端を理解した気になったのです。そう、中国では外からのお客さんには無理は承知でとことん振る舞ってくれる。ちょっとした国際会議であっても、人民大会堂(一般の中国人はまず入ることなんてできない)でレセプションが行うことができるのは、こうした国際というものに対する中国の思いを反影していると考えると、合点がいきます。まず身内、という国で育った私からみると、なぜオリンピックを中国は開催したいのかはっきりとした理由がつかめずにいました。しかし、こんな話を聞いてしまうと、今回のオリンピックは中国の建国以来、最大のイベントとして取り組み、国家がホストに徹した大事業であったと私は総括しています。

日本のお家芸である「協力」、これが最近薄れてきているような気がしますが、皆さんは如何感じてますか?。




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