ニュースレター(機関紙)
続・話題の感染症19「毒をもった身近な生物(4)その他の有害動物」
NL08110103
感染症
続・話題の感染症19「毒をもった身近な生物(4)その他の有害動物」 海外邦人医療基金(顧問) 長崎大学熱帯医学研究所(客員教授) 日本医師会(感染症危機管理対策委員) おおり医院 院長(神奈川県) 大利昌久 毒ヘビ 野口英世博士が、蛇毒の研究をしていたことは、あまり知られていない。1909年、英文で「蛇毒」の本を出版している。実に日露戦争の3年前のことだ。その本の中に、「コブラ毒は、神経毒の作用があり、呼吸障害を引き起こす」と記してあり、蛇毒の恐さを世界に知らせた最初の学術書といえる。 蛇は、世界で約2700種類、そのうち有毒蛇は250~300種といわれる。毒蛇咬症の資料は、そんなに多いものではないが、世界中で年間約50万人が咬まれ、3万~4万人が死亡していると推定されている。アフリカ大陸やアマゾン地域で3000~4000人が亡くなっているという。一説によると、咬まれた人の15%は死ぬという。米国だけでも6000~7000人が咬まれ、14~15人が死亡している。無視できない数である。 毒蛇の代表 特に以下に記す毒蛇が危険である。 ① マムシ類 マムシ類は、アジアと北米、中米、南米に分布。日本では、マムシとハブが悪名高い。台湾には、百歩蛇がいる。咬まれたら百歩も歩かないうちに死ぬという俗説がある。 かの有名なガラガラヘビも、このマムシ類に属する。北米のコロラド州でガラガラヘビに出会ったことがある。尻尾を振ってガラガラと大きい音をたてて威嚇する。 ② クサリヘビ類 アジア、アフリカ大陸に多い。ヨーロッパ大陸にもいる。アフリカ産のパフアダーは悪名高い。 ③ コブラ類 野口博士の本の通り、神経毒である。アジアで最大のキングコブラは、体長3mにおよぶ。コブラ類はすべて有毒で熱帯、亜熱帯、温帯の広い地域に分布。約180種が知られている。 ④ ウミヘビ類 東南アジア、オーストラリア、パプアニューギニア、ニュージーランド、中南米の太平洋沿岸に広く分布している。神経毒を有し、極めて危険。文字通り、沿岸海域をすみかとしており、ダイビングなどの観光客と出会う機会が増えている。約50種が知られている。 蛇の習性 ハイキング、キャンプの季節、夏。日本でのマムシ咬症は、この夏に集中しているが、熱帯、亜熱帯地域では、一年中、季節に関係なく咬症事件がおきている。アメリカ、中国などの大陸性気候だと、夏の真昼は暑すぎるので、物陰に隠れている蛇が多い。そのかわり、夕方になると、ガラガラヘビは物陰から這い出してくる。また、蛇は冷血動物なので、4℃以下になると地下に穴を掘ってもぐる。暑がり、寒がりの習性なのだ。なお、コブラ、ハブなどは、夜活動し、人家内に侵入することもあるので、注意が必要。 蛇の毒性 蛇毒というのは、実は蛇の唾液なのだ。つまり、消化液ということになる。捕まえた獲物は、毒液を注入し、咬むことなく丸ごと飲み込んで消化する。人に対して無毒の蛇も多いが、有毒なものは、極めて危険である。蛇毒の成分は、蛇の種類によって違うが、次のような毒性がわかっている。 ① 凝血、溶血の毒 ② 神経毒 ③ 出血毒 ④ 筋肉壊死毒 毒蛇咬症 ① マムシ咬症 当院(神奈川県足柄上郡山北町)でも、年に1人の割でマムシ咬症を経験する。抗毒血清治療法が極めて有効。咬部は、有痛性の腫れ、壊死を伴い、例え手指でも腫脹は体幹におよぶ。ひどい場合には、歯肉出血、鼻出血を伴い重症化する。 東京大学医科学研究所に勤務していた頃、ハブ咬症の調査で、奄美、沖縄に行ったことがある。受傷者は、筋肉の壊死をおこし、ひどいものだった。いまだに有効な治療法はなく、後遺症が残る。奄美および南西諸島では、悲惨な実情を抱えている。 ② クサリヘビ咬症 咬部は、有痛性で出血斑を伴う。不整脈、消化器症状(悪心、嘔吐、下痢、腹痛)、神経障害(不安、興奮、昏睡)など全身症状を伴い、重症化する。抗血清がある。 ③ コブラ咬症 神経毒に伴う呼吸障害には、人工呼吸などの高度な治療が必要となる。抗毒血清がある。咬部は痛みより、しびれが強い。咬まれても痛くないので、安心するのは禁物。ただし、コブラ類のアマガサヘビは、神経毒でも激痛を伴う。 毒蛇に咬まれた時の応急処置 まず、何でもよいから、咬まれた部位より体幹の方を圧迫する。部位が首などの場合、ともかく毒の侵入を防ぐために、水洗いすることが必要。傷部の切開、吸引は危険なのでやめたほうがよい。応急処置の後、最寄りの病院に行くしかない。 毒蛇が出没する地域では、抗毒血清を準備しているので、担当の医師の判断にゆだねるしかない。 抗血清療法 毒蛇に咬まれたら、唯一有効なのは、抗血清である。しかし、蛇の種類によって用いる抗血清が異なるので問題が多い。マムシ類、クサリヘビ類、コブラ類などの抗血清があるが、マムシ類に咬まれて、コブラの抗血清を打っても無効である。さらに、複雑だが、同じ蛇でも地域によって抗血清の有効性が異なる。例えば、米国陸軍の資料だと、日本製の抗ハブ血清は、台湾産ハブやタイ産ハブには有効でないという。 旅先での情報収集に努める 毒蛇に咬まれて死ぬ。この事実を知り、自殺の手段にする例もある。女王という高貴な身分のクレオパトラが、エジプトコブラに乳房を咬ませ、自殺。ローマのオクタヴィアヌスに滅ぼされた歴史上のエピソードは有名。 その後も、数少ないながら、蛇毒による自殺例がある。また、当然のことながら、殺人の手段に用いられたこともある。恐い話である。 旅先での毒蛇の情報を知っておくことが大切である。 ムカデ類 ムカデ類は、みるからに毒々しく、不気味。熱帯、亜熱帯地域には、大型種がいる。変形した最初の歩脚の先端が牙になっていて、そこに毒腺がある。毒液には、非タンパク成分としてセロトニン(発痛成分)を多量に含んでいる。タンパク成分として溶血毒。タンパク分解酵素、心臓毒が知られている。 ムカデ刺咬 ムカデは薄暗く、湿ったところを好む。夜行性で、ときに人家に侵入し、深夜、人を咬むことがある。 ムカデ類による人の被害は、フィリピン、マレー半島、ニューギニア、クリミア半島、ブラジル、米国南西部、ハワイなどから報告がある。フィリピンでの報告は、米国の駐在軍人が、非常な痛みを伴い、リンパ管炎、リンパ腺炎を引き起こし、牙の刺通部が壊死したという。1950年の記録である。なお、フィリピンでは、頭部を刺された小児が29時間後に死亡。アリゾナでも死亡例がある。オランダ領ニューギニア(現、西イリアン)でも多くのオランダ人が被害を受けたという記録が残っている。 治療法 ムカデ刺咬では、痛みに対する治療が主となる。全身症状に対しては、ステロイド剤などの投与が勧められている。抗毒血清はない。 ムカデは薄暗く、湿ったところを好む。夜行性で、時に人家に侵入し、深夜人を咬むことがある。 サソリ類 サソリ類は、主として熱帯、亜熱帯地域に分布し、全世界に約650種が知られている。体の前端に1対のハサミ状をなす触肢、腹部の末端側の細長い尾の先に毒針がある。この尾部を背側に曲げて相手を刺す。 サソリの毒性 サソリ類は、大きいほど猛毒だとは限らない。メキシコ産、ブラジル産、エジプト産のサソリは小型だが、猛毒。いずれも多数の死亡者を出している。この他、中南米、アフリカ、インド、東南アジアなどの諸国にも危険な種類がいる。 サソリの習性 これまでにアルジェリア、ケニア、アフガニスタンなどでサソリに出会ったことがある。一般に、昼間は床下、石垣、材木の下、落ち葉の下などに潜み、夜間活動し、クモ、昆虫などを毒殺、捕食する。人家内にもしばしば侵入してくるし、映画でみるように、靴、衣類、カバンなどに潜んで人を刺すこともある。 その他、荷物に紛れて日本に「密入国」するサソリが後をたたない。種の同定などの問い合わせがあるが、日本での刺傷例は記録されていない。 最近の刺傷例 2002年2月、長崎大学熱帯医学研究所の青木克己所長から、緊急電話が入った。「バリ島に滞在中の日本人観光客がサソリに刺された。バリ島に有毒種はいるか。対策はどうするか。」という内容だった。答えは、「バリ島にいるサソリは弱毒種だが、刺された時は、たとえ軽症でも医師の処置を受けることが望ましい。全身症状の現れた時は、輸液、強心剤などの対症療法が必要」。被害者は、日本人がよく利用する高級ホテルの宿泊客だったが、局所症状で済んだらしい。 その他、荷物にまぎれて日本に密入国するサソリが後をたたない。種の同定などの問い合わせがあるが、日本での刺傷例は記録されていない。 治療法 サソリに刺されると、毒力の弱い時には痛み、紅斑、硬結などの局所症状を起こすが、その時は、刺咬部位を冷湿布、クロルエチルなどで冷やす。これは疼痛を和らげ、毒の吸収と全身への拡散を防ぐためである。さらに積極的に痛みをとるには、局所麻酔剤を注射する。炎症症状が激しい場合には、副腎皮質ホルモン外用剤を塗布する。抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤の内服をおこなう。 毒力の強い時、毒量の多い時は灼熱性の痛み、リンパ腺腫脹、循環系の症状のほか、特に中枢神経症状を来たす。治療しないと全身麻痺、痙攣、神経障害、排尿困難などを起こし、呼吸麻痺のため死亡することがある。特に幼児は危険。 全身症状が危惧される場合には、抗サソリ毒血清の投与が有効である。抗サソリ毒血清の入手は、日本では困難である。入院しておこなう対症療法は、毒の交感神経刺激作用に対しては、アドレナリンα受容体遮断剤を用いる。また、副交感神経刺激作用に対しては、抗コリン薬として、硫酸アトロピンを前者と併用する。痙攣には、鎮静剤を投与。呼吸困難には酸素吸入をおこなう。 ●続・話題の感染症の索引コーナー http://www.jomf.or.jp/jyouhou/jigyou_iryou2/jigyou_iryou2_4.html#p |