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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(67)「海外赴任者のストレス~受け流す力<小さな日本人社会で生活するために>」
NL08100102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~受け流す力<小さな日本人社会で生活するために>

シンガポール日本人会クリニック
小川原 純子

「鈍感力」は一つの能力
渡辺淳一さんの有名な著書「鈍感力」。当クリニックの待合室にも置いてあり、たくさんの患者さんが手にとって拝見しています。患者さんの中には、「本の内容はとっても理解できます。でも、これが出来ないから、心療内科に来ているのかも・・・」とか「自分は、友人や後輩には優しくできるんです。だけど、母親や恋人には、どうしても鈍感にはなれないんです。」とその人個人の「鈍感力」の無さが患者さん自身を苦しくさせていることに気付きます。
「鈍感力」は育った環境や関わってきた人の影響を受けて変化してゆく部分もありますが、生まれもって備わった個性の要素も大きいようです。

言葉に繊細な反応をしてしまう人達
人間の感覚や能力は、細分化されています。音に敏感な人・味に敏感な人・臭いに敏感な人。「香水売り場は、すぐに頭が痛くなるので歩けない。」という友人もいます。時には、触覚が過敏な人もいて、首に触られるだけで「くすぐったい」と大騒ぎになる事もあります。
逆もありますね。どんなに隠し味を入れて工夫しても、味の違いが分からない人。調子外れの他人の歌を、あまり不快にならずに聞いていられる人も、ある意味では、「音鈍感」と言えるかもしれません。

心療内科の外来には、時々、言葉の意味合いにとても敏感な人たちが、患者さんとしてやってきます。
拒食症の20代初めの女性に、あまりにも食事が偏っていたので、「体力をつける為には、動物性タンパク質を食べることも心がけましょう。」と提案しました。すると、すかさず「先生、『体力』って何ですか?私、運動をし続ける力はあります。毎日、1時間はジョギングしてますから・・・だから動物性タンパク質は食べたくありません。」と切り返されてしまいました。
高校3年生の男子は、大学受験が近づくにつれ、勉強から逃避的になってきていました。「あともう数ヶ月だから、勉強を頑張りましょう」と促すと、「僕は大学受験のために学習するのは間違っていると思います。学習とは、本来、自己の人生を豊かにするものであり、生涯続けるべきものです。そういう意味で、僕は学習していると思いますけど・・・」と返事が返ってきました。

30代前半の男性は、医者の「体調はどうですか?」という最初の質問が大嫌いだと言います。「『どう?』って、調子よくないから外来に来ているんですよ・・・調子良かったら、来ませんよ。」こちらは、言い掛かりを付けられているような、喧嘩を吹っかけられているような気分になりますが、確かに、言いたい事は理解できます。そこで、気を取り直し、
医者「食べられるようになりましたか?」患者「はい、胃の痛みはなくなりました。」
医者「睡眠は?」患者「前よりは途中で起きる回数が減りました。朝方が早く目が覚めますけど・・・」
個別に聞いてゆくと、結構、調子が上がってきているようです。「だったら、最初からそういってよ・・・」と、言いたくなってしまいます。

30代後半の男性は、診療を重ねるごとに、治療者をより信頼するようになって来ました。その理由を伺うと、「先生は、私の状態を『人格障害』と一度も言わなかった。そんな医者は、日本の主治医と先生だけです。」その一言を口にしなかったことで、今の治療関係が保たれているなんて、大変怖いことだと思いました。
医者「もし、『人格障害』と診断していたら、どうしてました?」
患者「ここに通い続けていなかったと思います。」
この方には、診療中は言葉を選んで伝えるようにしています。

50代の女性は、「医者から聞かれた質問は、全部、治療に必要なことだから、きちんと返答しなくてはならない」と思っています。そのため、一つの問いかけに対して、返事が完結するのにとっても時間を要します。
医者「どうして、お友達のAさんともめてしまったのですか?」
患者「実はですね、出会ったのは、私が来星した3年前になるのですが、そのころは、Aさんにもお友達がいなくて、私も、孤独で・・・・(中略)・・・こんな風に色々とあって、段々とお互いの個性が、合わなくなって来て、そこに、1年前にCさんというお友達が来られてから、また、関係が変わって・・・(中略)・・・それで、実際のトラブルは、1ヶ月前に、Dさんの送別会があって、云々・・・」この方は、一つの出来事でも飛ばしてしまうと、自分の気持ちが正確に伝わらないのではないかと、不安になるそうです。ご主人曰く「家内の話を聞いてあげたいと思うのですが、とにかく長くて、聞いていられないんですよ・・」同感です。

敏感さを消すことは難しい
においに大変敏感な20代女性が、そのことを理由に心療内科を受診されました。「シンガポールの生活は、比較的安定していて、気に入っていますが、匂いがダメなんです。」「ショッピングビルの中も、タクシーも、公共交通機関も苦しくて仕方ありません。」鋭敏な感覚を、麻痺させることは、ことの他難しいものだと実感しました。

上記の患者さんたちも、同じような苦しみを抱えています。言葉への感性がちがうと、周囲の人と協調して生活することが、非常に難しいからです。自分の会話の何が何故、他人を驚かせ、イライラされるのか?自分が絡むと、何故、コミュニケーション摩擦が起き易いのか?あるいは、自分に原因があるのは、分かっているけど、どうやって解消してよいか分からないと感じているようです。

周囲はどう関わる方が楽なのか?
以前も書きましたが、言葉に繊細な人たちには、母国語以外でのコミュニケーションの方が、周囲と上手く和していける可能性があるようです。「言葉敏感な同僚」には、その人が混乱しないように問いかける側が、工夫するという方法が最も有効です。『どうですか?』と問われたくない患者さんには、この聞き方は諦めました。具体的に症状を聞いてゆけば、必要な情報は適確に得られます。言葉を飛ばせない方には、「婦人会は楽しめましたか?」等答えやすい質問にしています。こちらが工夫することで、自分が楽になる関係にしていけるといいですね。