• ホーム
  • 基金について
  • 海外医療情報
  • お勧めリンク集
  • よくある質問

ホーム > 海外医療情報 > ニュースレター(機関紙)

ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第8章「オリンピック時の医療提供」
NL08080104
医療情報、中国


北京の街角から~中国医療現場からの報告~第8章
「オリンピック時の医療提供」




北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医 田中健一

オリンピック開催中、参加する選手に対する医療はどのように行われているのでしょうか? 選手村内における診療所はMRIが2台も設置された本格的なものです。8月18日付北京青年報は17日に北京衛生局がオリンピックにおける医療保障に関する記者会見の内容を報じています。その内容は、

1.8月8-15日において選手村に設置された診療所で診断および治療を受診した人数は7397人である。そのうち、熱中症の予徴があったものは123人、しかし、重度の熱中症にいたったものはいないこと。競技に参加する選手のうち931人が筋肉や腱が関係する古傷に起因する外傷で受診したこと。

2.同期間、オリンピック中国関係者の2級以上の病院での受診は1445人、入院は45人であること。救急および血液備蓄は正常であること。

3.競技場内の二酸化炭素濃度、食品衛生、飲料水をはじめとした公衆衛生指標も正常であること。8/8鳥巣での開会式では鼠、蠅、蚊も観察されなかったこと。

報道陣に対し、鼠はまだしも蠅や蚊もいないとまで言うかね、と個人的には思いますが、それにもまして私が関心を持った発表は受診人数の多さです。1日に1000人を超える人が選手村の診療所を受診するわけですから、日本では地域の基幹病院に相当する規模です。
その診療所を支える人員はどこから暢達されるのだろうと私は考えました(この点に着目した日本のマスコミは私の知る限りないです)。いくら選手村の診療所の治療費や検査費が一切かからない(無料)とはいえ、受診する外国人から悪評をたてられるわけにはいきませんから、相当の人材が投入されているはずです。

今回はそんな選手村の診療所を報告します。この診療所には北京市で高い評価を得ている病院(3級医院)の医師、看護師、薬剤師が選抜されてきます。
現に、私のいる診療所にアルバイトに来ている柳先生(日本への留学選考試験第一位、専門は婦人科)も選抜された一人です。この先生によると、選手村の診療所に勤務できることは、国家行事に携わっているという点で非常に名誉なことだそうです(まあ何を大袈裟な、と私は思うのですが・・・)。秘密保持の点から、大会期間中は家族のもとにも帰らずその診療所に張り付いていなければならないとも、話してくれました。

ある看護師は高度医療を提供する病院である同仁医院では勤務している医師120名のうち、40名が選抜されて派遣された、と話してくれました。この看護師は、だから同仁医院はすごい病院だということを言いたかったのでしょうが、私は別のことを考えました。1/3もの医師が選手村の診療所に(私の言葉で表現すれば)持っていかれたら、いくら有名といえども同仁医院では機能しなくなってしまうじゃない、と思ったのです。

この点を私が指摘すると、なんでそんなことを聞くの?といった素振りをしながら
「足りない箇所はすでに退職した70代、80代の先生がかり出され、週の1日とか2日の勤務で補っている」
と言いました。

私はさらに続けて
「そんなことをして患者は何も言わないの?」と聞きました。

「誰も言わないよ、オリンピックを開催するために働いているんだから」。
それに続けて「無事オリンピックをすすめるためならどんなに疲れていても、苦しくても克服できると皆信じているんですよ、田中さん」とも言ったのです。

余談ですが、こうした老医師達は久しぶりに現場に出て、自分もまだまだできることを確信し、大いに喜んでいるということも生じたのです。

私はこの気持ちこそが中国にオリンピックをもたらしたのだと感じました。こうして今、中国の医療スタッフはいみじくも毛沢東が言った「為人民服務」を実践しているのです。
ちなみに通常は22:00まで治療をしている私のいる診療所が24:00まで診察をすることになったのも、こうしたオリンピック熱に罹患した症状のひとつです。


○北京の裏道から~オリンピック狂想曲「私もダフ屋になる」の巻(1元=16円)


今回はオリンピック開催中に私の周りに起こった一件を紹介します。今回のオリンピックではチケットの入手の困難さが開催前から問題となっていました。さらに直接購入できなかったため他人から譲り受けようとしても、転売は一回まで、会場の入場には身分証が必要など、チケットを入手するのにも障壁があったのです。この影響は日本からの応援団のみならず競技団体にも及んでいたのです。

こんな中、私はある伝手を通じてある競技の日本代表チームの代表(仮にA氏とします)から、競技スタッフのチケットが入手できていないからチケットを入手してくれるよう依頼されたのです。現在の試合の進行状況を把握・分析するスタッフが試合会場に入れないのは、試合運びそのものに差し障りが生じると直に説明を受けてしまうと、オリンピックは国家の威信やら発展やらと無関係であるべきと信じている私であっても、ひと事と思っていたオリンピックが非常に身近なものに感じられるようになったのです。何度かのやり取りを通じ、チケットの購入の上限を2000元とすることを決め、北京唯一の日系診療所としての面子にかけて、私はこの競技のチケットを病院スタッフを総動員して入手にかかったのです。

2週間ほどして、一枚のチケットは中国人スタッフの友人のそのまた友人が譲ってもよい、という情報がもたらされました。しかし、その価格はチケットの正規価格である80元に対して2000元(25倍)でした。もう一枚は診療所の日本人スタッフがオークションで競り落とせそうだという情報でした。

さて、ここから話がおかしくなってきました。このA氏の中国での携帯電話が通じなくなってしまったのです。電話をかけること数十回、それでも通じません。診療所スタッフからはチケットをどうするのか判断を私に求められます。連絡が取れないまま試合の日時は迫る、試合をまさに2日後に控えた日、チケットがないために会場入りできなくてはやはり競技団体としてもまずいだろうと考え、私の判断で2枚のチケットの購入を決断しました。
やっとのことで試合の前日ナショナルチーム代表に連絡がとれチケットの件を説明すると、「ナショナルチームでも関係各所にあたっていてチケットが入手できそうだ、もしチケットが必要なら再度(私に)連絡をする」と言われてしまったのです。私はこのA氏の一言に震え上がりました。まずい、代表がチケットを入手できてしまうと、私が手配したこの2枚のチケットは完全に宙に浮いてしまう。誰が責任を取るのだろう・・・・

試合開始の3時間前になっても私の携帯は鳴りませんでした。私は試合を前にして頭がいっぱいであろうこのA氏に、私が手配したチケットを押し付けるのは得策ではないと判断し(試合後では水掛け論になりそうなので)、自分の周りでどうにかすることにしたのです。





入手が困難だった入場券



当初、私はこの件はすっぱり諦めてしまおうと考えました(不愉快な出来事は早く忘れる方が気が楽)。しかし、試合会場まで病院のある場所から1時間の距離ですので、私は誰か行きたいであろう人を誘って見物に行くのも良いかと考えたのです。私が誘ったのは当初から試合を見たいと言っていた内科部長でも看護部長でもなく、一言も見たいと言っていなかった診療所のお手伝いさんです。名前を雀さん(65)と言いますが、中国ではお手伝いさんのことを阿姨=アイさんといいますので、アイさんという通称で皆は呼んでいます。

なぜ私がアイさんに見せたいかと考えたかというと、多くの中国人民にとってオリンピックはテレビで見ても生で実際に見るのは夢のまた夢でしかありません。入手困難なうえにチケットそのものの値段が高額だからです。このアイさんは診療所の設立当初から診療所で働いてくれています(それも月給1万円に満たない一番安い給料で)。こんな時だからこそ、今まで日本人の診療所のために長きに渡って働いてきてくれた阿姨さんにオリンピックの試合を見せてあげたいと私は考えたのです。私はアイさんにチケットが手に入ったから一緒に行こう、遅くなるよう家に電話しておくように伝え、タクシーに乗せたのです。

さて、会場に入るまでにもひと騒動ありました。アイさんは私が購入したこの競技チケット実際の価格を知りません。アイさんは会場の入り口に着く前にたくさんのダフ屋がいるのに気がつきました。そして、我々と同じ額面80元のチケットを会場前で300元とか500元でダフ屋が売っている、アイさんは今このチケットを売れば多くの現金が手に入ると思ったのでしょう、なんとアイさんのとった行動は私の想像をはるかに超えるものでした。ダフ屋に混じってアイさんも「このチケット200元で売る」と突如としてダフ屋に変身し周りに言い始めたのです。

私はびっくりして、「おいおい、もともと捨てようと思ったのを(基本的に私はこのような喧噪は好まない)、あなたにオリンピックの雰囲気を味わってもらいたいから私はここに来たのよ、もうこの期に及んで私は200元なんて欲しくないよ」と思いました。とはいえ、そうも言えませんから、ちょっと私は思案してとてつもないことを考えたのです。アイさんのとなりで私は「200元ではなく20元で売るぞ」と言ったのです。

このアイさんの格安ともいえるチケットを見ていた数名の中国人は、私とアイさんのチケットを見ながら、他が500元だ、300元だ、と売っているのに200元どころか20元で売るなんて何かあると思ったのでしょう。私のチケットを一瞥して、きっと偽物に違いないと考え、さっと引いて行ったのです。

「田中はバカだなー、せっかく高くチケットが売れそうだったのに」とアイさんは言いました。私は「まあせっかく来たのだから見ていこうよ」と言い、会場に入ったのです。

こうして、アイさんにとって100年に一度のオリンピック観戦は終わったのです。私が払った邦貨で6万円を超える代金の見返りは接戦になった競技を生で観戦したことではなく、これからアイさんが家に帰って周りに話すであろうオリンピック観戦記を思い描くことにほかならないのです。



編集部より:編集部より:読後の感想、意見、質問などはwebmaster@jomf.or.jp 宛にメールでお送りください。

●「北京の街角から~中国医療現場からの報告」索引コーナー
http://www.jomf.or.jp/jyouhou/jigyou_iryou2/jigyou_iryou2_4.html#t