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ニュースレター(機関紙)

続・話題の感染症15「大規模災害と疾病」
NL08060103
感染症

続・話題の感染症15「大規模災害と疾病」


海外邦人医療基金(顧問)
長崎大学熱帯医学研究所(客員教授)
日本医師会(感染症危機管理対策委員)
おおり医院 院長(神奈川県)
大利昌久

はじめに
 2004年12月26日のスマトラ沖地震津波大災害、2008年5月2日ミャンマーの大型サイクローンに次いで、2008年5月12日、中国四川省で大規模地震が発生した。マグニチュード 7.9~8.0と世界最大級の地震で、遠く北京、上海、香港、台北も揺れた。深刻な被害を受けた面積は約65,000k㎡にわたり、九州の約1.8倍の面積に相当する広大な地域だった。この大地震、私たちの想像を遥かに超える甚大なもので、人類の脅威に値する。
 中国国営新華社通信は5月15日、四川大地震の被災者が1000万人以上に上り、深刻な被害になったと伝えた。
 中国国務院の発表だと、5月30日現在、死者6万8,858人、行方不明者1万8,618人、緊急避難を強いられた人は1,514万6,840人、被災者は4,554万7,565人に達したという。その後、死者の数はどんどん増え、翌日、6万9,016人に達したという。それまでに救助隊員が救出した人は95万1,975人に達し、廃墟から救出された生存者は6,540人だったという。
 筆者は2005年6月、日本医師会の命を受け、スマトラ沖地震津波災害後、6カ月の現地調査のため、隊長として、10名の隊員と共に、荒廃したセイロン島に出動した経験から、中国四川省の大地震災害と疾病についてふれた。

四川省地震

 四川省は中華人民共和国西南部の省。省都は成都。北西に青海省、北に甘粛省、陝西省、湖南省、南に貴州省、雲南省、西にチベット自治区と接する。東部には四川盆地が広がり、内陸にあるにもかかわらず温暖で肥沃な米作地であり「天府之国」と呼ばれる。重慶はかつて四川省に属していたが、1997年重慶直轄市として分離した。日本企業も複数進出している。省北部の岷山山脈や、省西部、南部にはチベット族、イ族、羌族など少数民族が多い。四川省北部はジャイアントパンダの生息地として知られる。中国最大のパンダ保護区は臥竜自然保護区。省内最高標高地点は、大雪山脈のミニヤコンカ山頂7,556m。四川省の面積は:490,000k㎡で、これは日本の面積の1.3倍にあたり、人口は8,329万人。
 衛生部は5月30日「大地震は被災地からの防疫状況報告システムなどを大きく破壊したが、関係部門は防疫を増やし、携帯電話やネットなどに頼っての報告を強め、また、すべての被災地臨時の避難所を設け、毎日疾病への観測と防疫活動に努めてきた。今のところ、結核、肝炎、下痢症などの感染症が出たが、重大な感染症の集団発生の報告はまだない」と述べた。


災害後の疾病

 中国衛生部は5月27日、被災地の気温が急激に上昇し、衛生状況は悪化し、体力も消耗しており、感染症発生の懸念を表明した。
 これらの感染症の流行を抑えるためには組織的な防疫対策、衛生教育、発見次第、感染症の迅速な治療が必要である。特に被災者の避難所を集中的に管理することが重要になる。

1)現地からの映像を見て

 某テレビ局が地震5日後の四川省の被災地でとった生々しい映像を5月16日、私のところに持ち込んだ。映像には瓦礫の山となった地震の跡地と、多くの被災者が倒壊を免れた大きな体育館に収容され、疲れきった表情で横になっている姿が映され、体育館に収容出来なかった被災者は、野外のテント生活をはじめていた。当日の気温は18℃、テント群の地表温度は40℃を超えることもあるという。これからどんどん気温が増し、今夜から雨が降ると予想されていた。蓄積するゴミと排泄物で被災者の周囲は、急激に生活環境が悪化していると思われた。
 このような状況が大規模災害後に発生する感染症としては、以下が考えられた。

1.地震後、建物、電気、パイプライン、給水施設などのインフラが破壊され、水源となっていた貯水池も破壊されたことから、清潔な飲料水の確保が難しくなる。汚染された水を通じ、経口感染症、特に大腸菌などの腸管感染症やA型肝炎などが発生し、流行。実際に集団の下痢症や、急性肝炎が出たという報告がある。尚、もともと散発的に発生していたコレラ、チフス、赤痢、A型肝炎、E型肝炎などが、日頃より流行するリスクは高くなると思われた。

2.テント生活では雨が降ると、人も濡れ、風邪を引く。
  人から人への呼吸器の感染症が発生し、もともとあった肺結核や麻疹の発生も懸念された。
  テント生活が長引けば、今後、インフルエンザの集団感染が出るだろう。

3.体育館などで、集団生活が始まると、狭いトイレは糞便処理に限界があり、あふれた糞便で、いろんな感染症が発生する。特に腸管感染症の発生リスクは高くなる。

4.雨が降ると、溜まった泥水から蚊・ハエなど衛生害虫が発生し、病害虫から、日本脳炎、デング熱、マラリアなどの熱帯病も発生する。四川省では、もともとあった日本脳炎が爆発的に発生する可能性が高い。

5.仮設住宅の周りに犬がうろうろしていた。現地では飼い主を失った犬の多くが野犬化、狂犬病が発生する可能性がある。もともと犬への狂犬病ワクチン接種率が低い地域だったので、注意が必要である。実際に野犬化した飼い犬に噛まれるケースも多く、医療関係者が注意を呼びかけていたという。都江堰市で活動する海南省から派遣された医療スタッフによると、14日に活動を開始して以来、犬に噛まれたとして治療を求める被災者が多いが、手元に狂犬病ワクチンがなく、傷口を洗い消毒するだけの処置をほどこし、不安が残ると話した。北京から派遣されブン(さんずいに文)川県で活動している医師の場合も同様で、設備の整った大病院で狂犬病ワクチンの接種を受けるよう勧めているという。ある医師は「犬が極めて攻撃的になっている。外出時には棒などを持ち防御してほしい」と訴えた。

6.瓦礫の下から、救出された場合、ウェルシュ菌、破傷風など酸素を嫌う細菌(嫌気性菌)の感染も考えられる。実際にガス壊疽の発生がみられた。
 ガス壊疽は、傷口から侵入した菌が、筋肉内に入り込み、壊死をおこすもので、悪臭と気泡を生じることから病名がついた。第一次、第二次世界大戦中は、塹壕戦で多くの犠牲者が出た。極めて危険な病気。
 適切な処置を行った場合でも致死率は15-30%、治療を受けないと、発症から48時間内に死亡するとの見方がある。現地の資料では、華西医院、四川省人民医院、線陽404医院にて、ガス壊疽を加療中との事。高圧酸素療法が、治療に適しているが、この施設の多くも地震で破壊されたため、難しい治療を強いられているようだ。
 尚、ガス壊疽の場合、傷ついた被災者だけでなく怪我をしながらも、救助活動を行っている人も注意が必要となる。


2)災害後に発生する特殊な病気

1.クラッシュ症候群
  瓦礫(がれき)の下から救出された場合、長時間に渡り圧迫された筋肉から毒素がでることにより、生命に危険が及ぶ挫滅症候群(クラッシュ・シンドローム)を発症する人が出、救出された後に、死亡した人もいた。
 
2.呼吸器感染症
  瓦礫のホコリを吸い込んで、呼吸器の病気が発生。気管支喘息の発作がおこることもあり、有害物質を吸い込むと、後日、閉塞性肺疾患などの重大な呼吸器感染症を発生する場合がある。

3.皮膚から侵入する病気
  前に述べたように、ガス壊疽、破傷風などが問題になる。一般に、皮膚炎が多発する。6月12日、現地からの報告だと、蕁麻疹を含む多くの皮膚炎が多発しているという。

4.集団生活で始まる病気
  前に述べたように人から人への感染がはじまる。風邪や下痢など一般的だが、麻疹などの病気も大流行する。

5.遺体の腐乱からの病気
  遺体の腐乱も進行し、各被災地では建物の瓦礫に向けて消毒液を散布。中国当局は防疫対策として、身元の確認を待たずに遺体を埋葬する方針を固めた。綿陽市北川県では腐乱した遺体で川の水が極端に汚れるなど、生活用水の汚染は進む一方だ。激しい下痢や嘔吐をともなう感染症の赤痢、腸チフス、ジフテリアについて、京都大防災研究所の河田恵昭所長は「衛生状態が少し悪くなっただけで広がってしまう。いつどこで患者が出てもおかしくない」と警鐘を鳴らした。

6.衛生害虫による感染症 
  四川省にもともとある媒介性の病気は日本脳炎である。未だ撲滅されない。その他、デング熱も見られる。これらの媒介性の病気が雨期にあらわれることから、災害後の溜まり水から蚊の発生が増え、今後、発生流行するリスクは高い。尚、ノミによるペストもあり、ネズミ対策が必要である。

7.心的外傷ストレス障害(PTSD)
  肉親、同級生、友人を失った被災者が多く、恐怖心、喪失感が根強く残り、心的外傷ストレス障害が問題となる。多くの専門医の長期の支援が必要となる。

8.エコノミークラス症候群
  災害の後、狭いテント生活が長期化すると、エコノミークラス症候群で死亡する人も出る。 


感染症対策

これまでの情報から、感染症対策としては、避難所での衛生監督、食品、飲み水の衛生面の安全確保を重点的に強化。ゴミや糞便の消毒などの衛生活動を重点的に強化し、汚染源を絶ち、汚染の拡散を防止する対策が必要となる。被災地での感染症流行の特徴に着目し、ペストや炭疸といった、人畜共通の感染症への緊急マニュアルを作成教育することが必要。A型肝炎、B型肝炎、狂犬病などのワクチンを備蓄し、被災地の予防接種を緊急手配が必要と思われた。
震災地では、特に以下の医療衛生用品が急遽必要と思われた。
(1) 消毒用発泡性錠剤やピレスロイド系の速効性殺虫剤などの消毒や殺虫剤
(2) 風邪薬、胃腸薬、目薬、眼軟膏剤のほか、「皮膚炎」などの皮膚外用薬
(3) マスク、予防衣、靴カバーなどの防護用品
(4) 呼吸器、X線機器、エコー機器などの診療機器
(5) 感染症の診断に関わる医療機器と試薬
(6) 移動トイレ

終わりに

日本政府はすぐに5億円担当の緊急援助をおこなった。主にテント、スリーピングマット、毛布、発電機、簡易水槽洗浄機、ポリタンク、プラスチック、シートなどの被災地ですぐに役立つものばかりだった。援助隊と、医療チームも派遣し、それなりの役割を果たした。しかし、復興が長引くことが考えられ、今後も物的支援と人的支援は必要である。
尚、感染症の、発生状況によっては、感染症専門家の派遣も必要と思われる。


付記
外務省の資料では、四川省の在留邦人は、約300人、進出日本企業は170社、そのうち成都にいた邦人は約200人、140社だった。幸い、邦人の被災報告は今のところない。

6月16日現在、死者69,170人、行方不明17,246人、災害疾病者は374,159人だった。


参考資料
・中国衛生部資料
・外務省災害資料