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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(60)「海外赴任者のストレス~夫婦の危機:隠れたうつが引き金に」
NL08020102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~夫婦の危機:隠れたうつが引き金に

シンガポール日本人会クリニック
小川原 純子

Mさんは、5年前にシンガポールに赴任してきた42歳の男性。奥さんも同年代でお二人には、小学校3年生の男の子が一人います。Mさんは、仕事も人間関係も、子供の成長も順調ですが、一つだけ大きな悩みがありました。それは、頻繁に起こる奥さんとの衝突です。きっかけはいつも些細なことなのですが、気付くといつも二人は罵り合い、5年も10年も昔のことに遡って、バトルをしてしまいます。
妻「あなたは、流産で心も体もボロボロになっている私に、『俺の親のことも考えろ!』って言ったのよ。あなたは、いつだって自分の親のことが一番なんだから・・・」
夫「自分の親のことを考えてくれと言って、何が悪いんだ!当然のことじゃないか!」
妻「じゃあ、あなたの好きにすればいいわ。子供と二人で実家に帰ってくればいいでしょ!」夫「何で分からないかな・・・。君は、いつだって僕の言うことを聞いてくれないじゃないか。」

このような大きな衝突の後は、必ず数日間、家の中に険悪な雰囲気が流れるのです。
Mさんは、この状態は子供にもよくないと真剣に悩んでいますが、誰に相談しても、「家も同じだよ。お宅の奥さんは、ニコニコしていてそんな風に見えないじゃない。」とかわされてしまいます。そうです。Mさん自身も奥さんも、外では全く別の顔をすることが出来ます。だから、二人の問題に誰も介入することが出来ないのです。

Mさんと奥さんの衝突を一番よく理解してくれるのは、奥さんのお母さんでした。日本にいるときには、夫婦喧嘩の後、奥さんが実家に戻ることで、夫婦の間に適度な距離が出来、仲直りが早くなっていました。ところが、シンガポールに来てからは、夫婦の距離が近すぎて、衝突が激しくなるばかりです。

Mさんが、心療内科の外来にご夫婦で来てくれたのは、今までで 最も激しい言い合いをした一ヵ月後でした。
妻「あなたの仕事のためにここに来たのに・・・。こんな夫婦関係なら、私が一緒にいる意味あるの・・・」
夫「そんなに僕との生活に不満があるのなら、もう一緒に暮らすことは出来ない。」
妻「こんなにお願いしているのに・・・あなたが理解してくれれば変わるでしょ。」
夫「散々、僕も努力してきたでしょ。君の言う通りに協力したじゃない!これ以上、もう無理だ。君は、日本に帰れ!」
妻「子供はどうするの?」
夫「僕が面倒みるから・・置いて行け!」

Mさんは、奥さんと何か約束をすると、その約束を切り札に、ずーっと、責められ続けるという経験をしてきました。妻「あなた、あの時こう言ったのに、全然やってくれてないじゃない。」こうやって、何年も責められ続けるくらいなら、もう二度と約束はしたくないと思っています。奥さんは、現状に対して、少しも改善の努力をしてくれない夫に、憤りを隠せません。

診察室では、常に、険悪な雰囲気が流れます。私も、どう取り成してよいのか分からなくなるほど、お互いに「ああ言えば、こう言う」という状態です。ただ、一番の救いは、「二人揃って外来に来てくださったこと」=「二人とも、根底では、何とかしたいと願っているということ」という解釈でした。
ご夫婦を別々に診察したところ、実際には、お二人とも軽度の抑うつ状態でした。お二人に、少量の抗うつ剤を処方し、1年が過ぎた頃には、Mさんが笑顔で「家が一番くつろげます。」と言えるほどの状態になりました。

現在、このご夫婦が冷静に自分達の結婚生活を分析してみると、実は、出産後から二人の歯車は少しずつズレ始めていたそうです。それを、実家のお母さんを頼りに何とかやってきていましたが、海外赴任をきっかけで二人の気持ちのズレが顕在化したそうです。お二人の結婚生活には、不妊治療や流産、夫の親の病気など、いくつかの大事な問題があったそうですが、二人とも抑うつ状態であったため、前向きに解決することが出来ず、二人の心の溝を深め、相手を傷つけるような体験を繰り返してきていたそうです。

海外の心療内科には、夫婦の問題の相談が意外と多く持ち込まれます。Mさん夫婦は、ほんの一例です。それぞれの夫婦に、それぞれの歴史があって、すべてを一様に語ることは出来ません。ですが、「自分が結婚したいと思ったこの人は、どんな人であったのか?」時々は考えてみて下さい。自分が大好きであったこの人と今、一緒に生活しているこの人が、あまりにも変わってしまったと感じるようであれば、そこに、お互いの心の病気が潜んでる可能性があるのです。