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ニュースレター(機関紙)

続・話題の感染症12「最近の上海医療事情-前編-」
NL08010103
感染症

続・話題の感染症12「最近の上海医療事情-前編-」

海外邦人医療基金(顧問)
長崎大学熱帯医学研究所(客員教授)
日本医師会(感染症危機管理対策委員)
おおり医院 院長(神奈川県)
大利昌久


筆者は2007年度9、10、11、12月と毎月、中国に出張し、上海医療事情の情報収集をおこなったので報告する。

1.はじめに
アジアを代表する巨大都市「上海」。長江の河口にある都市なので、流動人口も300万人を超え、推定約1700万人以上、東京都をはるかに超える人口である。超近代的な高層ビルが建ち並び、租界時代の壮麗な洋館もあり、古い中国式民家が残っている不思議な都市。「古くて新しい街」と表現できる。今やアジア随一の経済都市に変貌を遂げ、多くの日本企業も進出している。

上海市は鹿児島市とほぼ同じ緯度にあり、日本のような四季に恵まれているが、どちらかといえば海洋性気候である。飛行機から見る上海市内の上空は、スモッグに覆われ、降り立つと鼻腔をツンと刺激するほど大気は濁っている。

2.在留邦人
2005年、米国在留邦人数を超えたのが中国。特にめざましい増加を遂げるのが上海市である。上海市内の在留邦人は30代が多く、家族関係が増えている。その数は想定5万人、短期の出張者及び旅行者をいれると、想定10万人に及ぶ。
滞在者の家族同伴に伴う学童の増加に対応し、2005年には2校目が開設され、浦東、虹橋日本人学校にそれぞれ1072人、1491人、2校あわせて、約2500人の中、小学生が勉学に励んでいる。
2010年の上海万博に向けて海外からの投資が増え、今後も日本人が増えることが予想される。

3.上海で注意すべき疾患

上海の近代的発展は目を見張るばかりだが、日本とは環境が大きく異なる。環境の違いは大きな疾患に繋がる可能性があり、まず、食生活の変化は大きな生活習慣の変化であるといえる。

1)感染症ほか

上海で暮らすためには注意すべき疾患は多い。
基本的には清潔な食物以外は口にしない方がよい。
飲料水は、硬水の為、下痢を起こす可能性がある。
さらに、慣れない中国社会でのストレスや、それに伴う暴飲暴食は生活習慣病の悪化に繋がる。
油断すれば、外食で感染性の胃腸炎を招く。いわゆる食中毒も多い。

特に注意が必要な疾患は肝炎。中国では未だにウィルス性肝炎による急性肝炎が多くみられ、その多くがA型肝炎。汚染された食物や水を介しての感染(経口感染)が一般的。肝炎が発病すると、たとえ日本人でも伝染病予防法によって感染症専門病棟に3週間の収容が義務付けられる。
また、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる現象)が出た場合には、特別な証明書がないと航空機に乗れないため国外脱出は不可能になる。
急性肝炎に特効薬はなく、食事療法が第一だが、慣れない病院食や環境下では回復に遅れが出る。
ウイルス性肝炎は、A型ばかりでなく、B型、C型、E型肝炎が存在する。それぞれに特徴があり、感染経路及び病状の特徴を表1に示した。
尚、中国内で発病数の多い伝染病は、ウイルス性肝炎、肺結核、細菌性・アメーバ赤痢、淋病、麻疹、梅毒、チフス、パラチフス、マラリア、流行性出血熱、猩紅熱の順となっており、まさに中国大陸は熱帯病の宝庫といってもおかしくない。


(表1)
 


※1、※2 肝炎ワクチンにて予防可能

※3 急性肝炎は、急性に発症し、通常、1~2カ月で治癒する。治癒後、終生免疫が得られる。

※4 劇症肝炎は、急性肝炎のうち、高度な肝機能障害をもたらすもののことで、発病後急速に広範な肝細胞壊死が生じ、緊急の血液透析や血しょう交換が必要になる。死亡率は70~80%と高い。

※5 慢性肝炎は、6カ月を越えて肝障害の続く肝炎で、症例の多くは無症状。一部の症例は肝硬変に移行し、肝癌、肝細胞癌になる可能性がある。


特に危険な疾患は狂犬病。 
世界的にみると、毎年、ヒトの狂犬病による死亡が約55,000例報告されている。
既に犬の狂犬病を排除し得た国でも、その状態を維持し、世界的にヒトの狂犬病発生の予防を推進するために、国内の動物狂犬病予防計画を維持し、検疫所、獣医診療所、ヒトの医療機関に狂犬病予防と疑わしい症例を見た場合の適切な対応を可能にするような周知活動を絶えさせてはならない。
狂犬病は犬だけでなく、狂犬病ウイルスに感染した哺乳類に噛まれることでも感染する。死亡率は97%。渡航前に予防接種を受け、噛まれた場合には、念の為、ワクチンを投与する必要がある。中国はインドに次ぐ狂犬病の多い国なので、特に必要。
上海は狂犬病フリーと言われていたにもかかわらず2006年に死亡者が出た。街角の子犬売りの姿は消えたが、犬の登録料が高いため、狂犬病未接種の飼い犬は身近にいると考えてください。犬に噛まれたらすぐに感染症専門医に相談してください。ワクチン接種が必要な場合があります。
その他注意すべき疾患はコレラ、デング熱、腸チフス、破傷風、日本脳炎など。

その他、大気汚染によって呼吸器の疾患も多いのが特徴。
マンション等も機密性が高いため、一酸化炭素中毒の可能性があり、換気には十分注意を払う必要がある。
感染症の次に多いのが、生活習慣病。上海で亡くなる邦人の主な原因は脳血管障害や心疾患といった循環器疾患で、その背景として生活習慣病があり、高脂血症、高尿酸血症の発症や憎悪を認める。その原因は以下の通り。

1)社用車やタクシーを使うことが多く、慢性的な運動不足がある。
2)中国式の飲み放題、食べ放題のシステムのレストランや高脂肪・高カロリーの中華料理の過食
3)塩分や糖分の多い上海料理を食べる機会が多い
4)酒宴で親密度を深めるため、乾杯を繰り返す習慣があり、接待の時に飲み過ぎとなる。
循環器疾患の他、自殺、事故が上海で注意すべき死亡原因。自殺の背景に、うつ病がある。

2)上海での寄生虫症

中国大陸には多くの風土病が存在し、また寄生虫も存在する。日本では、まずかからないようなツツガムシ病、出血熱などの疾患にかかることがあるので、十分に注意。
寄生虫症は他の感染症と比べて潜伏期間が長く、比較的症状が軽い場合が多いため、自覚症状がない場合がほとんど。そのため、発見・治療が遅れ、病状が悪化する可能性がある。

食べ物や水で感染する代表的な寄生虫症を表2に示した

(表2)



寄生虫症の予防のためには、清潔な環境以外では、外食をしない。食品は十分に加熱し、生肉は食べないことが大切。
現在、日本食の影響により中国でも刺身を食べることが一般的だが、中国では淡水魚の刺身(平目と間違う)が出ることが多いので要注意。
同様に「ドジョウの踊り食い」は顎口虫症の危険があるのでおすすめしない。
外食では加熱不足の料理が出されることもあり、感染する可能性は大いにある。


3)食の問題

2007年度、中国国家食品薬品監督基準局の高官が収賄などの罪で死刑。約9年間の在任中、製薬会社8社から6品目の偽薬を承諾し、約1億円相当の賄賂を受けていたというのだ。これで、すべてが解決した訳ではない。
「米国食品医薬品局(FDA)を目指す」という方針が示されたが、偽造ミルクを飲んだ乳幼児229人が栄養不良でうち12人が死亡、という事件が2004年に起こっていた。工業用アルコールの入った酒で今でも犠牲者が出ている。中国食品安全現状担当によると、偽食品が原因と見られる死者は毎年40万人、約3億人が後遺症に苦しんだという。

4)上海で特に注意したい飲食物は以下の通り

生水
水道水や井戸水は、石炭やマグネシウムなどのミネラルが多く含まれる硬水である場合が多く、ミネラルの少ない軟水をのみなれている日本人が飲むと下痢を起こすことがある。
このような水でつくった氷や、水や氷を入れたジュースなどの飲み物のも注意が必要。あらゆる病原体が含まれている可能性が高い。 

乳製品
ヨーグルトやアイスクリームなどの乳製品は、牛乳の滅菌基準が日本よりゆるやか。滅菌されていない絞りたての牛乳を使っている場合もあり、要注意。
尚、抗生物質が多量に混入された牛乳が出まわっている。この牛乳では乳酸菌が死滅するのでヨーグルトが作れない。最近は「抗生剤不使用」の牛乳が売られているところもある。

生野菜やカットフルーツ
下肥で育てていたり、洗うための水に病原体がいることもある。
生産性をあげる農家では農薬や化学肥料を多量に使う傾向にあるので、ホウレンソウなどは30分以上、水洗いをすることをすすめたい。
また、野菜や果物を切る包丁やまな板が病原体に汚染されている場合もある。

生の魚介類
細菌や原虫がいることもある。川魚には、寄生虫が多いので、特に注意が必要。
淡水魚の白身のサシミが出まわっていることもあり、要注意。

生肉
生産地を確かめたほうが良い。ウイルスや細菌がついていることがある。

5)急増中の感染症

日本脳炎-アジアを中心に猛威を振るう完治率3割の蚊媒介ウィルス

日本脳炎は蚊に刺されることによって感染するウィルスでアジアに広く流行し、毎年5万人が感染。豚の体内で増殖したウィルスが蚊の媒介で人間に感染。免疫力のない子供やお年寄りの発病が多く、発病した場合、2~3日で40度の高熱に。完治率は30%と非常に低く、10~25%が死亡し、残りの発病者も、精神障害、運動障害などの後遺症にみまわれる。日本では予防により、その発病数はごくわずかだが、上海では未だリスクの高い感染症の一つ。

デング熱-台湾で大流行。亜熱帯の感染症が上海にまで北上中

デング熱は亜熱帯地域を中心とした感染症で、蚊の媒介で感染する。デング熱ウイルスを運ぶ蚊は都市部を中心に生息し、都市部での流行可能性が高く、毎年1億人(以上)の発症が世界で確認されている。
デング熱ウイルスは、4血清型(DEN-1,DEN-2,DEN-3,DEN-4)に分けられる。各血清型ウイルスの感染でその血清型に対する、一生持続する免疫が得られる。しかし、他の異なる血清型ウイルスによる二次感染は、重症のデング出血熱の発症となる、デング出血熱は、出血傾向と血小板減少、血管透過性の上昇を伴い、死亡率が高い。
デング熱は、一気に高熱を発し骨が痛くなるようなだるさがある。致死率は1%と非常に低いが、致死率10倍のデング出血熱になるケースも増加中で、注意が必要。日本人にはまだ出血熱の発症例はないが、ここ数年で台湾・中国南東部でも流行し始め、上海にも飛び火している。

肺結核-現代でも猛威を振るう代表的な感染症

結核患者の飛沫に含まれる結核菌によって周囲の人に感染。集団感染の可能性が高いことで有名。免疫力がある内には抑え込まれていても、日々の過労や加齢によって免疫力が低下すると発病するケースがよくある。

細菌性赤痢・アメーバ性赤痢-汚い場所ならどこにでも

赤痢は、赤痢菌もしくは赤痢アメーバによって汚染された食物、手指、水、ハエなどの経口感染で起こる急性の感染性大腸炎で、特に不衛生な環境で起こる。
アメーバ性赤痢の場合、性感染の可能性もある。症状としては、発熱・下痢等が顕著で、便意があっても排便できないことがあるのが特徴。
アメーバ性赤痢は軽症状、無症状の感染者もいるので、無自覚に感染させているケースもあり、注意が必要。

マラリア-蚊を媒体とする恐るべき感染症

上海では三日熱マラリアがある。熱帯熱マラリアは輸入感染でまれにみられる。
マラリアはマラリア原虫を持ったハマダラカ属の蚊に吸血されることで感染。12~30日の潜伏期間の後、悪寒・震えの後、呼吸切迫・顔面紅潮・嘔吐・頭痛・筋肉痛が4~5時間続きます。蚊の多い季節には注意が必要。

AIDS(後天性免疫不全症候群)-現代における大問題

HIV(ヒト免疫不全ウィルス)の感染によって引き起こされる疾患で、免疫細胞を破壊し、免疫不全を引き起こします。
感染経路は、注射の使いまわし等による血液感染・カラオケバーなどによる売春婦との性交渉による感染、母子感染に限定されている。
完治の方法はなく、現在、上海に限らず、中国全域にて感染の拡大が問題視されている。

6)SARSと鳥インフルエンザ

筆者は2003年4月SARS流行時、上海市内、国際貿易中心の大講堂で「SARS講演」をおこなった。広い会場にびっしりと120人を超える在留邦人が、ほぼ全員、マスク姿で参加。その緊迫した異様な光景は、今でも忘れることが出来ない。
上海では4月1日、1人の感染者が確認され、伝染病病院に隔離された。
その後、17日、2人目の感染者が出たが、その人は最初の感染者の親だった。
大流行の噂が流れたが、幸いにも上海市の厳しい検疫体制が効を泰し、8人の感染者にとどまった。その後、SARSの発生はない。
2005年10月より、中国全域で高原病性鳥インフルエンザの人への感染が見られる。
2006年3月、地方からの出稼ぎ労働者が上海にて死亡。
高原病性鳥インフルエンザ(H5N1)の感染とわかり、邦人社会で衝撃が走った。大都会上海にも、この様な感染症が発生するとは思わなかったのである。SARS流行時の経験から、上海市当局は38℃以上の発熱患者を「発熱外来」で除外診断することを通達、上海でもタミフルの備えやインフルエンザ迅速診断キットが普及しだした。しかし、近代的な高層ビルの片隅で生きたニワトリがその場でさばかれる光景は、昔とかわりないのが現状である。