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ニュースレター(機関紙)

北京の街角から~中国医療現場からの報告~第1章 救急車
NL07110104
医療情報、中国



編集部より:2008年8月8日午後8時が何を示すか、読者の皆様には既にご存じの方も多いでしょう。おめでたい八並びのこの時に北京オリンピック開始です。
このたび、劇的に変化しつつある北京そして中国という近くて大きな魅力に満ちた場所へ医療の面からアプローチすることにいたしました。中国にゆかりの深い執筆者を迎えて中国医療現場のレポート連載を開始します。オリンピック準備中の北京の様子も時折まじえながら様々な話題をお届けします。



北京の街角から~中国医療現場からの報告~第1章 救急車


北京天衛診所顧問歯科医
中華人民共和国 歯科認定医 田中健一

○はじめに
 北京に開設される診療所を見学するため北京首都空港に初めて降り立ったのが2000年でした。
 JICA(国際協力機構)専門家などを通じいつくかの海外は見ていましたが、中国という国は事前に私が抱いていたイメージと全く異なっていました。電気のない町があるかと思えば無線LANが通じているビルがある、上半身素っ裸で道路の穴掘りを手作業でしている労働者がいるかと思えば、ビジネススーツを颯爽と着こなし携帯で商談をするビジネスウーマンがいる。そう、ここは高級外車と馬車が共存している国なのです。この奇妙な共存は医療分野にもあてはまりました。良きにつけ悪しきにつけ平等・画一化という言葉がぴったりの日本の医療制度に対し、中国の医療制度は格差・合理的そのものでした。まさに登小平の唱える「豊かになるものから先に豊かになれ」先富論そのものでした。

 あれから7年、現地で医師免許を取得した関係で、当地の医療を病院の裏側からのぞくことができました。多くの日本人は医療は貴重なものだという認識においては共通していると思います。だから、多少の無駄に対しては目をつむり高額な保険料を払っています(正確には給与から天引きされているのですが・・・)。ここ中国は15億の国民が押し合いへし合いしながら生きている、決して日本の常識が通じない国です。多少の無駄に目をつむるなどということは決してありません。払った分に応じて便益を受ける、私曲当然のことを当然として制度が設計されています。医療においても全く同じです。この当然さがなあなあに慣れている日本人には違和感と感じるのです。

 今月から、ニュースレター上に機会をいただき中国医療の今をレポートします。今回は初回ですので、私が当初違和感(時には腹立ちすら)と感じた緊急医療の仕組みを紹介していきましょう。このレポートは医療面と、私が垣間見たオリンピックを控えた北京の街、の二本立てでお話しを展開します。この連載を通じての結論を先に書いてしまうと「日本の医療制度はマルクス、レーニン、毛沢東が生きていれば泣いて喜ぶような共産主義を国民が真面目に支持している」ということです。なお中国の通貨は人民元で1人民元=16円です。

第1章 救急車

 日本語では救急車と書きますが、中国語では‘急救車’と書きます(本稿では混乱を避けるために以下は日本と同じ救急車と表記します)。救急車は大きな病院が自前で所有して患者搬送を行っている場合もありますが、一般には民間企業によって運営されています。北京には救急車の会社が2つあり電話番号は120か999 です。とはいえ、日本のように救急車に装備が一式揃っていると思ったら大間違い、救急車を電話で呼ぶ際にはまず救急車に装備する機材の希望を伝えなければなりません。さらに救急車に医師や看護師が乗り込んでもらうか否かも伝えます。救急車が到着後、希望病院を指定し(どこでも良い所などということは許されません)運んでもらいます。費用は搬送に100元、一定距離をこえると加算されます、医師を同乗させた場合には診察という名目で20元が最低限必要です。その他、酸素、心電図などの装備にも事前に搭載を指示した場合には支払いが生じます。たとえば心筋梗塞の搬送の場合では400元(北京における一般労働者の月の可処分所得の1/3)は必要です。救急車の搬送に関わる費用は、乗り込んだ関係者に対し搬送が終了した時(病院についた時)に即刻請求されます。お金を持たないで救急車に乗ることはありえませんし、乗せてももらえません。つまり中国では救急車は無料ではないのです。これは私が北京に来て何よりも驚いたことです。

 だいたいこの国の救急制度は人の命をなんだと思っているんだ、と思いました。さらに北京の交通マナーは劣悪です、多くの車は救急車が通っても道を開けません、渋滞した道路で救急車が立ち往生している姿を私は何度もみました。人々にとって、急救車は医療器材を搭載した営利のタクシーでなのですがから、なんで人の金儲けのために道を開けないとならないんだ、と解釈しているようです。

 しかし、最近、私はこの仕組みにも合理的な面があると思うようになりました。日本のように救急車を無料とすると、水虫でも救急車を呼ぶ人がでます、つまりモラルハザードです。救急車が出動した理由による統計をとってみると、その9割は出動の必要がなかったという話を聞いた事があります。救急車は体の良い無料のタクシーという甘ったれた気持ちが一部の日本人にはあります。その甘えを許す背景には救急車が多くの人の税金で賄っている、という構図があります。この点こそが日本の救急体制が抱える矛盾点だと思います。そんな甘えを許さないのが中国の制度であり、これこそが世界基準なのだと分かった時、変えるのは日本の制度そのものだと思います。救急のサービスも自己負担が良いのか、それとも税によって賄われ自己負担は無料が良いのか、皆さんはどう思いますか?
いずれにせよ救急車が無料の日本と有料の中国でどちらが社会主義の制度だかわからなくなります。


天安門広場


○北京の裏道から~車を買いなよの巻
 北京診療所W先生の私に対する口癖が「田中さんも車を買いなよ」です。経済の好調の北京においては昨日まで自転車に乗っていた人間が、バイクを通り越していきなり車を購入することは稀ではないのです。W先生もその1人です。若くして日本に公費留学し、帰国後は中国でも高い医療技術を誇る中国人民解放軍病院の循環器科に勤務していた時、W先生は自転車で病院に通勤していました。いつかは車を買って、車で通勤したいというのがW先生の夢だったそうです。

 はからずもその夢は、日中合弁の外資系診療所である北京天衛診療所の院長に引き抜かれることによって実現しました。給与はいきなり数倍に跳ね上がりました、勤務して半年、診療所の駐車場にはW先生の新しいNissan SUNNY(日本で買えば100万円が北京では400万円) が停まるようになりました。

 診療の合間に車を磨いている姿を見るにつけ(日本の病院で勤務中に車を磨いていたらまず大問題になる)「白い猫も黒い猫もねずみを捕る猫はよい猫だ」という登小平の言葉をそのまま体現しているようです。そして能力のある人間は良い車に乗れる(能進能出=能力のあるものは引き立てられ、ないものは退場する)に、W先生は自分もその仲間入りをして、増々仕事に精を出すのです。

 そのようなW先生から見て、私の生活はもどかしい、そのもののようです。W先生がこの診療所に着任間もない時期に「田中先生はどんな車に乗っているの?」と私に聞きました。私はすかさず「宝馬」と答えました。「やっぱりねー」とW先生が羨ましそうに私に言った記憶があります(中国語で宝馬とはBMWを意味します)。

 そしてある時、車を磨いているW先生に対して私が「これが私の宝馬です」と紹介したのは、車のBMWではなく自転車のマウンテンバイクだったのです。この自転車の名前が「宝馬」なのです(私も勤務時間中に自転車を磨く悪い人に分類される)。W先生は「なんだー、自転車じゃないですかー」と言ったのです。しかし、これこそが平坦な北京市内を疾走するにはもってこいのツールなのです(逆にいうと交差点が赤信号でもクラクションも鳴らさずに突入してくる車が少なくない北京の交通事情では、外国人が車を運転するのは危険そのもの)。

 事故を起こすと交通ルールを守ったほうが勝つのではなく、弁が立つほうが勝つ、習慣ですから恐ろしいそのものです、近隣は自転車で、遠方移動はバスやタクシーで移動している方がよっぽど安心です。しかし、W先生にとって“車は富の象徴,自転車は貧の象徴”ですから、「田中先生も車を買いなよ」という発言がでるのです。そして頑張って貯金すれば車が買えるよ、と私を励ましてくれるのです。「そうですねー」と上の空で聞きながら、私は今日も平坦な北京の街を自転車で走り回るのです。今の北京を端的に物語る出来事でした。



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