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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(54)「海外赴任者のストレス~男性の不安」
NL07070102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~男性の不安

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

心療内科の外来では、患者さんの心に抱く不安をうかがうことが非常に多くあります。海外赴任者本人である男性の不安は、個々の置かれた状況によって、実に、様々です。
来星当初は、やはり、右も左も分からず、「目的地に到着するか?」「物事が予定通りに運ぶか?」といった『現実的かつ目の前の出来事に対する不安』が先行します。一生懸命、日々の予定をこなしてゆくので、深く考え込む余裕がありません。だから、むしろ心理的には、守られているのかもしれません。
むしろ、問題は「少し余裕が出て、周りを見渡す余裕が出た頃」です。

1:期待された職務をこなしきれていないのではないか?
2:前任者と比較して、十分な信用を得ていないのではないか?
3:前任者と比較して、職務を遂行できていないのではないか?
4:日本や他国支店のやり方と比較して、シンガポールはこんなやり方でいいのか?
5:自分がシンガポールのやり方に合わせてしまっていいのか?

こんな気持ちに皆さん一度は陥るようです。
比較的長期に滞在し、当地に溶け込んでいた仕事の出来る前任者から引き継いだ人は、ご苦労が非常に多いのです。その前任者が、日本でシンガポール担当になっていたりすると、もっと大変です。
引き継いだその日から、「前任者と同じパフォーマンスを!」と自分で自分にプレッシャーを掛け過ぎると、とても苦しくなります。

郷に入れば郷に従え?
アメリカやヨーロッパなどの他の海外赴任地で成功を収め、シンガポールに赴任されると、シンガポールでの「仕事のペース」や「仕事の質」に非常に強い違和感を覚える方がいらっしゃいます。シンガポールは、南アジアにあっては、安全で秩序が守られ、そして、特にハード面では、立派なビルや先進的機器やシステムの取り入れも進んでいて、素晴らしい国です。ですが、仕事をしてみると、私たちにとって「当然」「常識」が、当地では通じないことがあります。

卑近な例を一つ。「高熱に水シャワー」
息子が幼児の頃、風邪をひいて高熱を出しました。子供の熱は、非常に高く、ぐったりとしています。私も、不慣れな子育てで、オロオロ。すると、シンガポール大学出身の薬剤師をしているベテランママが心配をして、家によってくれたのです。彼女は、ぐったりしている息子を見て、「これは大変だ。もう、シャワーに入れたの?」と心配そうに聞いて来ました。私は、てっきり自分の英語が未熟なために、きっと話が通じていないのだろう・・・と考えて、
私「ちがうの。熱があるから、シャワーには入れないのよ。」
友人「水のシャワーに入れなくちゃダメよ。早くよくなるから。私のことは、気にしなくていいから、今、入れていらっしゃいよ。」
私「水のシャワー?」
友人「そうよ。頭によく掛けてね。」
私「・・・」
「風邪の時には、入浴はさせない。」という私が信じきっていた「私の常識」が通じないショック・話が通じない焦り・自分の考え方が正しいということを、何としても彼女に伝え、理解させたい欲求・とても親しいはずの友人なのに、友人が自分の意見に対して彼女が見せた強い拒絶感・拒否。自分の中に残る「伝わらない」悔しさ・疲労感。

確かに、シンガポールは熱帯の国です。現在のように、空調設備が発達していない時代には、高熱によって体温調節がつかなくなり、脳に障害を起こすことを避けるためにも、発熱の子供に水浴びをさせることは必要であったかもしれません。冷静になって、私の方が「彼女の常識」を理解したとしても、さて、高熱でぐったりしている我が子に、早速、水浴びをさせることは出来ませんでした。

自分が、「当然」「常識」と信じていたことが通じないショックは、意外にも人に大きな心理的ゆさぶりを与えます。このショックから立ち直るために、自分の長年、正しいと信じている信念を相手に伝えたい・相手に理解して欲しいと思うことは、当然の欲求です。でも、言われた相手も困ってしまいます。相手にとっても、同じように、長年、正しいと信じていたことを、突然、否定・訂正されるからです。伝え方によっては、相手に「自分を否定された。」「自分を拒否された。」という印象までも与えてしまうかもしれません。説明しても平行線のまま、話が伝わらない悔しさと、著しい疲労感が残ってしまいます。体も心もぐったりする、不思議な虚しさが心に残るのです。

仕事では、自分が他の海外で成功した手法・日本や他国での常識を、そのまま持ち込もうとすると、この様な衝突が起こり易くなります。ある人は、「基本的に日本企業で仕事をしているのだから、日本のやり方に合わせて欲しい。」と強く主張し、結局、当地のスタッフと理解しあうことなく帰国になってしまいました。
では、どうやって乗り越えてゆくのでしょう。

多くの患者さんから学んだことは、まずは、当地のスタッフの中に自分の居場所を確保すること、すなわち、人としてのコミュニケーションが取れる環境を作ることが大切だということです。その上で、良い人材を確保すること、「常識なのに・・」「何で、これが分からないのかな???」と常識論で話をしないこと。お互いの「常識」には差があって、それを半歩ずつ埋め合いながら、仕事をしてゆくしかないのです。

「日本から、自分が赴任時に期待された役割を考えると、自分がシンガポールのレベルに合わせてしまったら、ここに来た意味がない。」とまで、言い切る方もいらっしゃいます。でも、自分の陣地から、一歩も出ずに「こっちが正しいからここに来なさい。」と指示しても、多くの人は、近寄りたがらないかもしれませんね。時には、相手の陣地に近づいたり、相手の手を引いて、呼び込むことも大切です。自分の陣地から出ることに、不安を強く感じすぎては、苦しくなるのかもしれません。