ニュースレター(機関紙)
JOMF派遣医師便り
NL07060101
シンガポール、フィリピン、インドネシア、中国、医療事情
◆シンガポール シンガポール日本人会診療所 日暮 浩実 ◇インフルエンザ 今年は日本でのインフルエンザの流行のピークが例年より遅く、3月の中旬となりました。シンガポールの日本人関係の学校は3月中旬から約1ヶ月休みとなりますので、この時期に例年多くの日本人が日本に一時帰国します。この影響からか、シンガポールでは今年はインフルエンザの患者発生が1,2月から途切れていません。 例年ですと4月は患者発生がほとんどありません。2005年、2006年とも当診療所の4月のインフルエンザの診断数は0でした。5月でもそれぞれ、1件、2件でした。ところが今年は4月に5件、5月には22件ありました。シンガポールでは南半球の冬の季節の6月から7月中旬にインフルエンザが流行ります。6月のインフルエンザ患者診断数は2005年が21件、2006年は22件でした。今年は6月11日の時点で既に15件を越えています。 当院はシンガポールにある4つの日系クリニックの一つにしか過ぎませんから、日系社会での実数はこの数倍以上になるかと思います。当院外来の検査結果では今月はほとんどがA型インフルエンザとなっています。患者さんの多くは小児ですが、成人の発症も見られています。 WHO(世界保健機構)の発表によれば、今年の6,7 月の南半球型のインフルエンザウイルスは2006年末から2007年初めにかけての北半球型と同じとされていますから、2006年秋から今年初めにかけてワクチンを打たれた方は免疫効果が期待できます。まだ、ワクチンがお済でない方は当診療所にて接種が可能です。ご希望の方は早めにお越し下さい。 例年ですとこれからさらに本格的に流行する時期ですので、シンガポールにいらっしゃる方は十分に注意されてください。 補足 シンガポール保健省の発表によりますと去年激減したデング熱がまた勢いを盛り返し、累計患者数が昨年同期と比べ約2倍の2100人を越えています。手足口病も現在流行レベルに達し、週に700人以上の患者発生が4月から5月にかけて続いていました。先週は少し減りましたがそれでも560人を数えています。これらの疾患には予防接種はありません。蚊の対策、手洗い、うがいを励行していきましょう。 水痘も流行しており、過去3ヶ月、週に700人以上の患者発生が続いています。年初からの累計では14,000人となっています。水痘は予防接種で75-80%発症を抑えられます。また、予防接種された方はかかっても軽くて済みます。お済でない方は予防接種をお勧めいたします。 ◆マニラ マニラ日本人会診療所 宮本 悦子 ◇麻疹 今年5月から6月にかけ日本で10代から20代の若者のあいだで流行した麻疹ですが、今回はフィリピンの麻疹事情を含めた報告です。 麻疹の予防接種が広く普及する以前は、世界では年間1億人が麻疹にかかり600万人が死亡していたと報告されています。しかしワクチンの開発から40年以上たつ近年でも年間3500万人の発症者、60万人以上の死者があり、その9割以上が開発途上国の5歳未満の子供達(うち半数はアフリカ諸国)といわれています。(WHO:2002) フィリピンでは麻疹の罹患率は全疾病のうち第10位と高く、特に5歳未満での麻疹死亡率は肺炎や事故、感染性胃腸炎に次ぐ第4位と報告されています。(DOH:2003) このようにかなりフィリピンでは疾病率の高い病気ですが、フィリピン在住の邦人(20~40歳代)の麻疹発症も決して稀ではありません。 通常生まれてから少なくとも6~9ヶ月間以上はすでに麻疹の抗体をもっている母親からの免疫を受け継ぎ、麻疹にはかかりにくいとされています。予防接種については2回接種が推奨されています。生後12ヶ月の接種で94~98%,就学前の4~6歳の追加接種で99%免疫を獲得できるとされています。(通常多くの諸外国では 麻疹・風疹・おたふくの三種混合ワクチン MMRを接種します)また麻疹の病気にかかると、生涯免疫を獲得できます。 フィリピンをはじめとする麻疹罹患率の高い開発途上国では、乳幼児の疾病予防のため、生後9ヶ月前後という早い時期の麻疹予防接種を推奨しています。このため、フィリピンでは麻疹は計3回接種する場合があります。一方日本ではこれまで1回の接種のみでしたが、2006年度より麻疹・風疹(MR)混合ワクチンの2回接種(1歳と就学前)に改訂されました。 今回日本で流行した麻疹は、予防接種を受けなかった人、1回のみの接種の世代、幼少時の予防接種から10年以上経過し、免疫力が弱まった若者の間で感染が広がりました。 フィリピンでは麻疹抗体検査(免疫があるかどうかの確認)やリスクの高い方への麻疹予防接種は可能です。お問い合わせください。 <病原体> 麻しんウイルス measles virus <感染経路> 飛沫感染、飛沫核による空気感染 <潜伏期間> 平均10日間 <人への伝播可能期間> 発病1~2日前から発疹出現4~5日後 <症状> 38度前後の発熱、咳、鼻汁、結膜充血。数日後一時下降した熱が再び高くなり、耳後部や顔から発疹が現れ、下方(全身)に広がる。さらに数日後解熱し、発疹は色素沈着を残し消失する。 <診断> 血液検査及び臨床症状より診断 <治療> 安静と対症療法のみ。 <合併症> 特に乳幼児、栄養不良児の罹患に多く、脳炎や肺炎を合併し死亡する場合がある。また非常に稀ではあるが、発症後数年から10年を経て発症するSSPE(亜急性硬化性全脳炎)が知られている。 ◆ジャカルタ ジャカルタ・ジャパンクラブ医療相談室 高橋 良誌 ◇インフルエンザの予防接種について インドネシアでは鳥インフルエンザの患者数、死者数がさらに増え続けています。「インフルエンザ」にますます注目が集まるところですが、前回の予防接種の話の続きとして、現在のヒト型インフルエンザワクチンについて解説します。 インフルエンザウィルス 本来はカモなどの水鳥を自然宿主として、その腸内に感染するウイルスであったものが、突然変異によってヒトへの感染性を獲得したと考えられています。インフルエンザウイルスにはA・B・Cの3型がありますが、このうちA型とB型がヒトのインフルエンザの原因になります。(C型もヒトに感染しますが、流行しないため省略します。) A型とB型のウイルスの表面にあるヘマグルチニン(赤血球凝集素、HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があります。この糖蛋白の組み合わせによって種類が分けられていますが、特にA型で変異が多く、インフルエンザの種類が多い要因となっています。 A型インフルエンザウイルスは、これまでHAに16種類、NAに9種類の大きな変異が見つかっていますが、このうちヒトのインフルエンザの原因になることが明らかになっているのは、2005年現在でH1N1、H1N2、H2N2、H3N2の4種類です。 また同じH1N1であっても、さらに細かな変異によって性質が異なります。このように多様なウィルスが存在するため、年によって流行するウイルスの型は異なる可能性があります。また、時々遺伝子が大きく変わるので、パンデミック(大流行)を起こすことがあります。過去のスペイン風邪、アジア風邪といったものが、これにあたります。 この4種類のヒト型インフルエンザのほかに、いずれ新型インフルエンザ(例えば鳥型がヒトへの感染性を獲得)が大流行を起こすことは、予言されつづけています。 鳥インフルエンザウィルスは、A型H5N1という種類ですが、ヒトの細胞表面にくっつきにくい状態にあるため、ヒトへは感染しにくいウィルスです。それが、変異を起こすことによって、ヒトに感染しやすくなることが予想されています。 B型は遺伝子がかなり安定しており、変異があまりみられないため、免疫が長期間続きます。 インフルエンザの症状と予防 比較的急速に出現する悪寒、高熱、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛を特徴とします。咽頭痛、鼻汁、鼻閉、咳、痰などの風邪の症状を伴いますが、腹痛、嘔吐、下痢といった胃腸症状を伴う場合もあります。 発症日の前日から症状が軽快してのち2日後程度まで、他人に感染させる可能性があります。症状が軽快後2日程度経つまで通勤や通学は控えた方がよいでしょう。 咳・くしゃみなどによる飛沫感染が主であり、口や鼻を通って感染します。一般的な予防手段としては、加湿・手洗い・マスクがありますが、最も効果が高いのはワクチンの接種です。 インフルエンザワクチン ワクチンは、身体の免疫機構を利用し抗体を作らせ、ウイルスが入ってきても感染させないようにすること、仮にかかったとしても軽症で済むようにすることを目的に接種されます。 ワクチンは毎年、そのシーズンに流行する株を予測して作成され、数種類を混合したもの(通常はA/H1N1、A/H3N2、Bについてそれぞれ一株ずつ)が利用されています。 それぞれの冬に合わせて、北半球用と南半球用が半年ごとに製造されます。ワクチンの製造期間も考慮し、次の冬に流行するウイルス株を正確に予測することは難しいものです。言い換えれば、「ワクチンの"はずれ"もありえる」ということです。さらに、現行のワクチンは感染予防より重症化の防止に重点が置かれたものであり、健康な成人でも感染防御レベルの免疫を獲得できる割合は70-80%程度にとどまることまで考慮すると、「ワクチンを接種したからインフルエンザにかからない」ということはできません。 効果は免疫力に比例するため、青壮年にはもっとも効果が高いのですが、小児・高齢者は免疫力が低いので効果も低くなります。また過労、ストレス、睡眠不足や不摂生な生活をすれば身体の免疫力そのものが低下するのでワクチンを接種したから大丈夫と過信してはいけません。 ワクチンの接種時期 ワクチンの効果は、そのシーズン限りですので、毎シーズン接種することになります。熱帯地域ではインフルエンザは1年のうちいつでも起こりますので、北半球、南半球の冬シーズンに合わせたワクチンを接種する必要があります。 こどもへのワクチン接種 免疫が未発達な乳幼児では発症を予防できる程度の免疫を獲得できる割合は20-30%とされ、数百万接種に1回程度は重篤な後遺症を残す場合があることを認識した上で、接種をうける必要があります。米国のCDCでは、6ヶ月以上を対象年齢としていますので、日本でもそれにならっています。別の意見としては、米家族医学会では「2歳以上で健康な小児」への接種を推奨しています。乳幼児の予防のためには、本人がワクチンの接種を受けるよりも、家族がまず接種を受け、家族内でうつさない、流行させない体制を作る方が有効であると考えているからです。 鳥インフルエンザへの効果 鳥インフルエンザは、A/H5N1という型ですので、現行のインフルエンザワクチン(A/H1N1、A/H3N2、B)では、抗体ができません。「鳥インフルエンザにかからない」という意味合いでは、効果がありません。しかし、ヒト型インフルエンザを予防することによって、鳥インフルエンザにかかった人の中でウィルスが変異する(鳥型がヒトにも感染しやすくなる)ことを防いでくれることに期待が持たれています。 ◆大連 大連市中心医院日本人医療相談室 星野 眞二郎 ◇B型・C型肝炎の予防について ウィルス性肝炎の代表的なものとしてA型、B型、C型、E型があります(これ以外にも肝炎ウィルスは有りますが稀です)。少し以前の統計になりますが、2006年11月における中国国内における発生数(当地衛生部発表)は、各々6,237名、108,022名、7,122名、1,218名だったそうです(ちなみに国立感染症研究所感染情報センターの報告によると、2006年の本邦における発生数はA型肝炎316名、B・C型肝炎275名、E型肝炎70名でした)。 これらの肝炎ウィルスの感染経路としては以下の2通りが知られています。 ① 海産物や水を介した“経口感染”(A型、E型) ② “血液や体液を介した感染”(B型、C型) A型肝炎については、発症しても通常は1~2週間で治癒し、ワクチンにてある程度予防が可能です。しかし、血液や体液を介して感染するB・C型肝炎については、一部が“劇症肝炎(致命的)”、“慢性肝炎”、“肝硬変”、“肝癌”へ移行するため、注意が必要です。“慢性化、肝硬変、肝癌に移行する割合”はC型の方が高いのですが、“感染力”からすると、B型肝炎の方がはるかに強いと考えられています(ただし、C型肝炎に対するワクチンは有りません)。特に、B型肝炎ウィルスのe抗原(HbsAg)が陽性である人(ウィルスの活動性が非常に強い)の血液による感染は最も注意しなければならない感染症です。 B型肝炎ウィルスを他人に感染させる可能性のある“キャリアー(ウィルス保有者)”の比率は、欧米諸国では全人口の約1%以下(0.1-0.5%)と少ないのですが、日本では1-2%、東欧や中東、ロシアでは2-7%、中国では10%前後と考えられています。 次に“血液や体液を介して感染する”B型・C型肝炎の感染経路について述べたいと思います。 ① 輸血および血液製剤(血友病の際の止血剤など)使用 ② ウィルスを含む血液で汚染された器具による外傷(例えば、注射器やメスなどによる医療行為、不衛生な理髪店での顔剃り、鍼灸治療、刺青・ピアス穴あけ、覚醒剤の回し打ちなど) ③ 母子感染(産道感染、垂直感染とも呼ばれています) ④ 性行為(特に男性同性間の場合)などが挙げられます。 次に上記感染経路別に、B型・C型肝炎の予防法について述べます。 ① 現在、輸血用血液や血液製剤については血液を介する各種感染症の発生を予防するために、事前に感染症の有無を調べたものを使用することになっているため、発生数は急速に減少しています。しかし、献血者の血液が検査時には抗体が陰性で、“感染直後のために、検査が陽性にならない時期=ウィンドウ・ピリオド”である可能性は否定出来ません。従って、これらの治療を受けた場合には、後日改めて、肝機能検査(必要な場合には肝炎ウィルス検査も)を受ける必要があります。 ② “B型・C型肝炎患者の血液や体液で汚染された治療器具”があるとします。これを安全な状態で治療に用いるためには、“使い捨て”にするのが一番良い方法ですが、高価な器具の場合にはそうもいきません。“使い捨て”に出来ないものに関しては、“B型肝炎ウィルスを含む全ての微生物を死滅させてしまう方法”で処理する必要があります(この一連の操作を“滅菌”と言います)。しかし、現実的には、全ての患者様にウィルス検査を行うことは不可能であるため、“スタンダード・プレコーション=標準的予防対策”、つまり、“全ての患者を感染症扱いで予防対策を講ずること”が重要になります。 ③ 本邦においては1985年より、母子感染防止のために、母親がB型肝炎である場合に、出産時に子どもに感染する(産道感染)のを予防するために、出生直後にB型肝炎の抗体を含む“免疫グロブリン製剤”という注射に加えて “B型肝炎ワクチン”を3回接種することになっています。一方、B型肝炎患者の多い中国においては、現在では、“出生直後のB型肝炎ワクチンの予防接種”を原則として、全員が受けることになっています。 ④ 不特定多数との性行為異性間あるいは同性間(特に男性同士の場合)にて感染するのを予防するために、一番簡単な方法は“そのような行為を慎む”、“適切な避妊用具使用を使用すること”が挙げられます。もし、事前に相手がB型肝炎キャリアーであることが分っている場合には、パートナーが肝炎ワクチンを接種することである程度予防可能です(ただし、予防接種にて100%抗体がつくわけでは有りません。また、接種後、年数が経つと発症を阻止出来るレベルの抗体価を維持出来なくなる場合も有ります)。“ しかし、1回の性行為にて必ず感染するわけでは有りません。また、一般にC型肝炎と比べて)B型肝炎の方が性行為により感染する確率が高いことが知られています。 |