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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(48)「 海外赴任者のストレス~男性に多い緊急帰国のケース 」
NL06120102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~男性に多い緊急帰国のケース

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

各企業でのメンタルヘルスの理解・教育・指導が進むなか、シンガポールの心療内科には、成人男性の受診者が、徐々に増加してきています。ご家族がご主人の不調に気付いて受診を勧めるケースや、赴任地で同僚・上司が受診を勧めるケースもある様です。これは、メンタル疾患の早期発見・早期対応・早期治療の観点で、大きな進歩と考えられます。

そんな社会の流れの中でも、男性赴任者には、依然として、緊急帰国の対応を余儀なくされる程、初診時症状が深刻なケースが少なくありません。男性赴任者の症状が、潜在化・深刻化しやすい要素を現地で対応する医師の立場から、考えてみたいと思います。

元来は、海外赴任に十分適していると考えられる健康状態の方々だけに、精神的不安定や自律神経の不調に対しても、「自己努力で何とか対応したい」という気持ちが強いように思います。周囲がどの様な期待を込めて、自分を現在のポジションに配置したのか、その気持ち・状況を理解できるだけに、「ここで自分が根を上げてはいけない」と強く自制し、なかなか、ギブアップを口にしない傾向にもあります。
後で、落ち着いて考えてみると、心身の不調は2~3ヶ月前に始まっていたのに、外来受診時には「ここ1週間ほど眠れない」「ここ10日ほど不調です」とごく短期の心身不調が強調されることが一般的です。一般内科で診察された場合、実際よりかなり軽症と考えられてしまうこともよくあります。
ご本人は、軽症であるように表現したいという意図は全くありませんが、実際に、当事者の気持ちを読み解くと、「医者に掛かりたいほど不調になったのは、ごく最近です。」と表現されるように思います。「医者に掛かるほどの限界」が高めに設定されている方が多いことが、相談のタイミングを遅らせます。「頑張り屋ほど、うつになりやすい」ということが言われますが、正に、現地の診療所でも、同じことを感じます。

医師の診断によって、会社に自分の現在のコンディションが伝わることをひどく恐れ、受診が遅れてしまうケースもあるようです。心療内科初診時には、明らかに言動が変化し、平静を保つことが困難で、仕事の能率が通常の10~20%にまで低下している状態でも、多くの男性は日々の勤務を必死で続けています。疲労一杯の身体・集中困難な脳細胞・些細なことで動揺する心臓など、到底、通常勤務が可能と思われない状況ですが、それを押し隠し、必死で日々を過ごす姿勢には頭が下がります。
ただ、この様な必死の努力が、悪い方に作用し、診療のタイミングが、1~2週間遅れて、危機的な状況に陥ってしまう方もいます。
漠然とした抑うつや不安が主症状であったものが、あるストレスをきっかけに、急速に被害妄想・せん妄・不安発作を悪化させ、精神病様の混乱を起こしてしまうのです。

Aさんは「自分が満足に仕事をできていないから、地元の人が、自分を攻撃してきます」と言って、ホテルの一室にバリケードを築いてしまいました。Bさんは、2週間ほど元気が無かったようですが、ある日突然、会社に辞表を提出してきました。驚いてきいてみると、「自分は、みんなの期待に応えられる仕事が出来ていない。この会社が合わないようだ。会社もシンガポールも家庭も、何もかも投げ出して、一人になりたい。」と、非常に悲観的で、正常に判断が出来ませんでした。また、Cさんは、「地元の部下は、自分を監視している。どこかでいつも自分の話しをされているようで、注意していなくては・・・」と真剣に話されます。最初、Cさんは、英語が十分に出来ない自己嫌悪・焦燥感を感じていたのですが、次第に、著しい被害妄想になってしまったのです。

この様なはっきりした精神の混乱以外にも、「こんな自分は社会で生きてゆく価値や生きてゆく力がないのでは・・」と自責の念を高めているケースは、更に深刻です。疲労がピークに達し、自殺念慮を強く持っている方も少なくありません。ご家族から、「『自分に自信がない。死にたい。』と毎晩訴えています。」窿xランダのふちに登っていました。縺u天井に紐を結ぼうとしていました。」「手首を切ろうとしていました。」と報告を聞くと、ヒヤッとします。

メンタルヘルスへの抵抗を減らし、受診のしやすさを高めるために、来年度の取り組みとして、当診療所では海外赴任者のメンタル健康診断などを考えています。お父さんだけでなく、赴任者家族・子ども達のストレスやうつを早期にスクリーニングする一つの機会にもなるかもしれません。
「海外勤務を任せられるほどの健康状態」と会社で判断されて、シンガポールに赴任された方の中でも、一時的に、メンタルコンディションのアンバランスを生じることは、よく見受けられます。「心療内科を受診する」イコール「海外赴任ギブアップ」という理解ではなく、「医者を気軽に利用してやろう」というくらいの心持で受診していただけると幸いです。