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ニュースレター(機関紙)

続・話題の感染症3「インフルエンザ」
NL06100103
感染症

続・話題の感染症3「インフルエンザ」

(財)海外邦人医療基金(顧問)
長崎大学熱帯医学研究所(客員教授)
おおり医院(院長)
大利 昌久

1)新型インフルエンザの発生地
人類は、20世紀に「戦争の世紀」と言われるほど、多くの戦争を経験した。その戦争での死者をはるかに超えたのが、過去4回経験した新型インフルエンザである。特に1918年から1919年にかけて、大流行(パンデミック)したスペイン風邪は、感染推定6億人におよび、推定2,500~5,000万におよぶ人が亡くなった。日本でも2,400万人が感染し、39万人が死亡したといわれる。

この大流行が航空機の便が良くなった現在、再び、今、発生したら、この地球上の人口は1週間以内に5~6億人が死亡するとも言われている。そうなると、世界の社会機能は、ほぼ完全に破綻するだろう。これはもう地球の未来を危うくする疾病の類だ。その後の調査で、この新型インフルエンザはH1N1型であったことがわかった。この新型インフルエンザは、その後、イタリア型に姿を変え、約40年続いた。

その後、1957年から1958年にかけて、アジア風邪(H2N2)が大流行。1957年に中国で初発し、6月には米国にも流行が及び、約7万人が亡くなった。日本では65万人がかかり、5,700人が死亡した。このアジア風邪は、約11年続いた。

3度目は、香港風邪と呼ばれる新型インフルエンザ(H3N2)で、1968年に香港に発生し、年末には米国にも流行し、約400万人が死亡。日本でも1,000人(13万人感染)が亡くなった。その後、H3N2は1968年以来35年間も続いた。

4度目のパンデミックは、1977年、香港ではじまったインフルエンザH1N1型の復活で、ソ連風邪と言われ、約2,000万人が亡くなった。H1N1は1977年以来25年以上続き、少しずつ変異をとげている。

最初のスペイン風邪は、中国に駐在していた米国人が感染し、ヨーロッパに従軍して発病し、流行を広げたといわれるので、すべて、新型インフルエンザの発生源は中国(含香港)と言える。

さて、今回、新型インフルエンザの流行のはじまりも、やはり中国である。1997年12月、香港新界地区で6,500羽のニワトリが次々と変死。そのうち、九龍地区の3歳男児が発病し、次々に18人が感染、6人が死亡した。丁度、H3N2香港風邪も流行中だったが、この流行は、H5N1型の強毒性新型ウイルスだった。

この新型ウイルスの出現は、多くのウイルス学者を恐怖におとしいれた。トリインフルエンザが、鳥から人へ直接感染した可能性が考えられたからだ。誕生したばかりの香港特別行政政府は、大英断を下し、3日間で約160万羽のニワトリ、アヒルなどを殺処分し、流行を食い止めることに成功した。

しかし、2003年、東南アジアを中心にH5N1型がニワトリの間で大流行し、2004年には、日本にも上陸した。感染拡大はスピードを上げ、アジア地域だけでなく、中国奥地からシベリア経由で、中央アジア、カザフスタン、そしてトルコ、ルーマニア、クロアチア、イタリア、ドイツ、フランスにまで飛び、人への感染例が増えた。

中国奥地には多くの野鳥がおり、ニワトリ、アヒルなどが、その近くで飼われている。中国最大の塩水湖(琵琶湖の6倍)、青海湖(青海省)の野鳥に疾病が潜んでいる可能性が高い。中国では、このウイルスのことを湖の名、青海湖(QingHai湖)を付けて「QingHai Virus」と呼んでいる。2003年から2004年の冬に、H5N1の爆発的流行があった時、この青海湖には、200種類、300万羽の渡り鳥が空をおおうように群れていた。そして、2005年夏には、青海湖の野鳥からH5N1が確認された。この湖を監視していた香港大学のチームが、まるで酔っ払っているかのように左右によろめいて歩いている野鳥に気がつき、その病気の野鳥からH5N1を検出したのだ。その鳥は、カモメだった。

中国農務省は2005年7月に、この青海湖で野鳥6,000羽以上がトリインフルエンザで死亡。H5N1がPCR法で確認されたと発表した。そして、その時期に200名感染し、121名が死亡したという(死亡率60%)。この実情は、不思議なことに、WHOの記録には残されていない。中国は、この事態に驚き、たまたま訪日中だった呉儀副首相は、小泉首相との会議予定を蹴って急に帰国したのだ。実は、靖国神社云々で会議を蹴ったのではなかったのである。この事件は記憶に新しい。結局、300万キットのワクチンを緊急配備。この湖周辺の交通網を強制的に締め出し、とりあえずは外部への流行は遮断できたと発表した。呉儀副首相は、2002年から2003年に発生したSARSの撲滅に活躍し、当時、厚生大臣で、敏腕を振るった功績がかわれ、副首相に抜擢された女傑である。

2003年から2004年、いわゆるトリインフルエンザ(H5H1)が、アジア地域を中心に流行し、10ヵ国で人への感染があった。2006年9月19日現在、247人発病し、144人が死亡した。死亡率は、58.2%だった。なかでも、憂慮すべき問題は、10歳から19歳で73%、20歳から29歳で63%の死亡率を占めたことだ。これは、幼児や高齢者がハイリスクとされる一般のインフルエンザと全く異なるのだ。この原因は、H5N1ウイルスにより誘導される過剰免疫反応(サイトカインストーム)だといわれる。

中国発の新型インフルエンザ、これを地球上から撲滅するためには、中国の真摯な努力が必要である。

2)インドネシアの新型インフルエンザ
2006年9月10日および11日、2日にわたって、世界医師会(日本医師会主催)が東京で開催された。「アジアにおける感染症の実態と予防」、「地震・津波による災害医療」の2つが主なテーマだった。なかでも新型インフルエンザについての講演に、会場に集まった各国を代表する関係者から質問が相次いだ。特にインドネシアから参加していた先生の質問は、際立ったものだった。感染源30平方キロメートル以内のニワトリすべてを殺処分するという国の指導に、殺されたニワトリの政府補償額は、わずか1ドルにすぎず、市場価格に追いつかなかったため、生活苦で自殺する者が相次いでいるとの内容だった。これは、社会的条件を満たせないで、大量殺処分というホロコースト的発想の社会矛盾をついたものだ。

2006年9月14日のWHOの報告によると、アジアを中心に10ヵ国より、246人の感染例があり、144人死亡(死亡率59%)している。なかでもインドネシアでは、65人感染し、49人死亡。死亡率はなんと75.4%。どの国よりも高かった。一体何が原因だったのか。

インドネシアは、17,000もの島々からなる海洋国家。人口2億2000万人。推定12億羽のニワトリが飼育され、その30%以上が田舎と都会の人家の庭で飼われている。日本と違って、人とニワトリが接する機会が多い点が問題である。

インドネシアでのニワトリおよび人のインフルエンザ発症例は、大部分、人口密度の高い首都ジャカルタで確認されている。インドネシアでは、2005年7月、初めてH5N1トリインフルエンザによる人への感染、そして死が確認された。インドネシア政府は、人から人への感染ではなく、トリの糞に含まれていたウイルスから感染した可能性が高いと報じた。しかし、政府の調査により近隣の豚とアヒルからもH5N1ウイルスが検出されたことは気がかりである。インドネシアでは、大量のワクチン接種によって、ウイルスの封じ込め作戦をおこなったが、失敗に終わったと言える。2006年に入って、12月末に発病していた29歳女性が、入院後まもなく死亡した。

彼女は、ジャカルタ病院の産科病棟の助産婦だった。またSARSの院内感染かと色めき立った医学者もいたが、彼女は、生きた鳥の市場(ジャカルタ市内には未だにこの種の市場がある)を訪れていたことがわかった。恐らく、ここで感染したものと思われる。何故なら病院内でのウイルスチェックでは、院内の医療スタッフも、入院患者にもウイルスはみつからなかったからだ。

2006年5月インドネシアの北スマトラでは、トリインフルエンザの家族内集団感染が発生。7人感染し、6人が死亡した。WHOの調査で、人から人へ、更に別の人への感染があったことが確認された。しかし、幸いにして、人から分離されたウイルスは、人への大流行をおこすような変異株には、成長していないことがわかった。ただ、この感染のくりかえしが続くことが今後も予想され、新型ウイルスの発生は近いのではないかと危惧されている。人への感染力は弱いといわれるが、現在のH5N1型ウイルスをネズミに実験的に感染させると、肺や脳などで増殖し、ネズミはたちまち死亡する。病原性が、8年前の株より、毒性が強くなっている。決して、油断はできない。

今や、インドネシアの33州すべてにH5N1トリインフルエンザが流行していると考えられる。まさにインドネシアに目が離せない現状である。