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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(42)「 海外赴任者のストレス~人格障害と海外赴任 (5) 回避性人格障害」
NL06060102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~人格障害と海外赴任 (5) 回避性人格障害

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

シンガポールに赴任して4カ月になるA氏は、ヨーロッパ・インド・南米など、海外の拠点を転々とする「国際部」のホープでした。前赴任地のチリでは、上司と二人三脚で営業成績を伸ばし、評価の高い仕事をしてきていたそうです。
そんな実績を評価され、アジアの拠点「シンガポール赴任」を言い渡されました。仕事も順調なこの時期に、Aさんは、奥さんを迎える事にもなりました。
誰が見ても、「Aさん、人生上手くいっていますね。」「幸せですね。」と感じるこの時期に、Aさんの体調が狂い始めたのです。

初めての診察に訪れたAさんは、落ち着きがありません。キョロキョロ・ソワソワ・・戸惑った様子で、座っています。自分が詳細に記したメモ用紙を必死で読み上げながら、症状を伝えてくださる姿が印象的でした。「こんな話で、意味が分かりますか?」「大丈夫でしょうか?」と、確認しながら、話を飛ばさないように、進んでいきます。

当初は、不安障害と診断し、内服治療を開始しました。内服治療は奏功し、Aさんは、徐々に自分のペースを取り戻しつつありましたが・・・
Aさんの根本には、症状に見えていたよりももっと根深い問題がありました。

「どう振舞ったらいいの?」「皆と、どう会話をしていいのか、自信がない。」
「自分は、皆にどんな風に思われているのだろう?これで、大丈夫なのだろうか・・」

Aさんは、海外勤務歴が長く、2~3名の日本人スタッフと現地スタッフで、切り盛りしてゆくスタイルに慣れてきていました。小規模事務所では、何事も「Aさん、Aさん」と声がかかるので、仕事に追われるうちに自然と周囲に溶け込むことが可能でした。

ところが、大規模事務所では、自分がどこに入ってゆくべきなのか、どう存在すべきなのか、とてもあいまいで、仕事以外の会話で、周囲の輪に溶け込むためには、自ら多少は働きかけなくてはならないのです。数十人の日本人が勤務するシンガポール事務所は、Aさんにとって、とても馴染みにくい環境でした。Aさんは、元来「自分から他者に働きかけて、コミュニケーションをとってゆくことに、とても自信がなく、引っ込み思案。」なのです。

丁度、こんな時に、仕事上の失敗が重なりました。重要な会議で、シンガポール事務所のある部門の代表として質問に答えましたが、この時、Aさんは赴任2カ月しかたっていませんでした。部署全体を把握するには時間が少な過ぎ、答えはしどろもどろに。最終的には、地元の部下に助けてもらう場面も生じてしまいました。

この失敗に、Aさんはひどく傷つきました。「あんなみっともない姿を見せてしまった以上、部下は自分を『だらしない』と思っているのではないか?」「抜擢された人事なのに、こんな結果では、『やっぱり、駄目だったね。』と言われていると思う。」という心配が沸いてきます。
上司からフォローの言葉ももらったようですが、「周囲は、僕が傷つかないように言ってくれるけど、上司だってがっかりしたはずです。自分はシンガポールでは、期待通りに出来ないのではないか?」これから、どんなに頑張っても、Aさんは、この傷つきを乗り越えられないような気がしてしまいます。

職場では「なかなか会話に加わってこないAさん」として、イメージが固定し始めました。周囲の人は、「Aさんには、Aさんの波長があるだろうから、声は掛けるけど無理に誘うのはやめて置こう」という感じで、当たらず触らずの距離が出来たようです。

実は、Aさんは、人付き合いが嫌いではありません。実際に、前任地では、上司・地元スタッフとも程よい距離でやってきていたのですから・・・・積極的に声を掛けてもらい、好かれていると感じられれば、是非、仲間を作りたい・・・という思いはあるのです。しかし、そのために、自ら会話を探したり、会食に誘ったりすることは、「相手がどう思っているのか分からない」から、出来ないのです。

この性格の始まりは、小学生の頃まで遡ります。ペーパーテストでは、いつも100点、成績優秀なAさんでしたが、クラスで手を上げて発表することがとても苦手でした。答えが、完璧に分かっていても、「手を上げて発表したら、周囲にどの様に思われるか分からない。」と、心配していたのです。

Aさんは、しばらく休職した後、前赴任地に戻っていきました。「こんな我が儘を、会社に聞いてもらって、良いのですかね?イヤー、良くないと思うなあ。」今までの、実績を会社が高く評価していることも、Aさんにはすぐには信じられません。
Aさんは、結婚生活の迷いについても話してくれました。「自分は、こんなことになって、結婚生活に一生、責任を持つ自信がありません。妻は、子供をつくりたいようですが、これ以上責任が増えてゆくことには、自信がありません。」人生のすべての局面で、自信なく自らを後退させ、引っ込んでしまっては、もったいないものです。実力のあるAさんだから、余計にそう感じました。

診療で、Aさんに提案したことは、同時期にたくさんの環境変化を引き受けないように。そして、人間関係も、一時にたくさんの人に対象を広げないこと。たくさんの役割やたくさんの人の目を気にすると、どちらの方向に対しても引っ込み思案になってしまうため、どこにも出てゆくところがなくなってしまいます。だから、ターゲットは絞って、確実にクリアするように、提案しました。
だから、この時期に子作りをすることは、適切ではありません。前任地に戻り、安定した人間関係の中で、自信を取り戻してからでも、遅くはないでしょう。

小学生の頃から始まっている性格を、根本から変えてゆくことは、診療やカウンセリングを行っても、かなりの難しさがあります。この、性格の良い面を生かし、現実の困難を乗り越え、豊かな時間を過ごせるように方向性を見つけることは、可能であるかもしれません。