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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(41)「 海外赴任者のストレス~人格障害と海外赴任(4)妄想性人格障害 」
NL06050102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~妄想性人格障害

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

心療内科の教科書には、「妄想性人格障害とは、人間一般に対する長年の疑惑(邪推)と不信によって特徴づけられる。」と記されています。何だか、とっても病的で、どんな患者さんなのか想像ができませんね。

例えば、こんな会話なら聞いたことがありませんか?
ある夫婦が、引越しの準備に追われていました。奥さんが、役所に提出する重要な書類をご主人に頼んでおいたはずだったので、「あなた、例の書類、今日中に提出しないと・・・・」と催促しました。

「分かっている」と素っ気無い返事のご主人。ところが、引越しの荷物に紛れ、書類が見つかりません。

「お前が、引越し荷物をだらしなくしていたからだ!」
「こんな中で、がたがた言うものではない!」
「いつも、お前は直前に言うのだから・・・」

おやおや、どんどん風向きが怪しくなってゆきます。「だって、前もって、あなたにお願いしておいたでしょ。」と、反論すると「俺は、お前のように引越しのことだけ考えていればいい訳じゃないんだ!」御主人の方が、何故か激怒し、あたかも「自分がここまでやっているのに、周囲が全くの無理解だ!」と喚きたてているようです。

これが、日々の生活で極端になった状態が、妄想性人格障害と言われている状況です。

成人早期から症状が始まることが多いのですが、10代後半思春期から、症状が疑われる場合もあります。
「友達2人で、出かけるのは大丈夫なんですけど、3人でいると、ちょっと不安です。自分が洗面所とかに行っている時に、自分の事を話されるんじゃないかと思って・・・。自分の分からないところで、どう言われるか不安なので、あまり、自分の気持ちは話さないようにしています。」
「自分の好きな映画の話を友人にしたら、『あっそ・・』と、興味なさそうにされて・・・まるで、『お前になんか興味ないよ』と言いたいみたい。だから、それから、そいつをずっと無視しています。」

話を聞いていて、当人達の気持ちは、とってもよく分かります。でも、「出来事に対する印象や反応の返し方」が微妙にねじれている印象を強く受けます。

こういった「近しい人への不信感」は、思春期の子供たちの行動範囲を狭め、家族での衝突のエネルギーの増大に繋がる時もあります。人間関係の広がりのない海外生活では、問題が顕在化する傾向にある様です。

大人の場合、海外赴任で問題なのは、「一番近い人の言葉を信じられず、責めたててしまうこと」です。海外生活では、一番大事な人がごく少数に限られます。家族・会社や近所の友人など、本当に数名でしょう。いつも「嫌疑を掛けてしまいたくなる」のは、人生で最も大事な人たちに対してなのですから、厄介です。

シンガポール駐在では、近隣諸国への海外出張を繰り返し、月の半分以上、家を留守にするご主人が少なくありません。そんな中で、「夫への嫌疑」を常に掛けつづけて赴任期間を過ごした奥さんの例を紹介します。

ご主人が海外出張中、奥さんは、毎晩、ホテルに電話を入れることを欠かしませんでした。「夫の浮気が心配です。」とは、決して口には出したことがありません。ご本人も、外来では、「夫が浮気をしたら、私のほうからお断りです。」といって、笑い飛ばすほどの太っ腹な振る舞いを見せます。

ところが、ある日、ご主人が音を上げて、電話をしてきてくれました。
「この間、出張中の接待で、ホテルに戻る時間が、少々遅くなってしまいました。妻が、午後11時に電話をくれたところ、私は不在。その後、妻は10分おきに、電話を入れ続けたようです。やっと、私に連絡がついた時には、カンカン。いくら説明しても、決して信じてもらえません。」
「仕方がないので、同席した会社の人に電話で説明してもらいました。」
「これじゃあ、仕事に支障が出てしまいそうで心配です。今のところ、接待も夕食だけにしてもらっていますが。」

夫の出張中、滞在先や日程が変更されたりすると、そこから、不安が広がり、あらぬ方向に心配が行ってしまいます。「2時間くらい夫の行動に、『空白の時間』があるんです。はっきりさせたい。」「夫が、滞在先変更を『わざと』私に伝えなかった。」「こんなことをされて、本当に悔しい。私に苦しい思いをさせて・・夫を、恨んでいます。」

夫に連絡がつくまでに、時間が掛かればかかるほど、嫌疑は深まります。2時間も連絡がつかなければ、もう大変。いくら後から事情を説明されても、自分の中の不安が深まるばかりで、気持ちのコントロールがつきません。

「この人が、こんなアタフタ説明しているのは、きっと何かあるに違いない。」夫婦喧嘩が夜中まで続き、ご主人も音を上げて、「だったら、○○サンに電話して、確認してよ!」とまで話が発展します。膨らんだ病的不安・妄想を訂正するのは、非常に困難です。電話をして、ご主人が言っている事が「正しい」となっても、不思議と「夫への恨み」は根深く、消えないものなのです。「時には、○○サンも、夫に頼まれて、口裏を合わせているのかも・・・」と、なってしまうのです。

表面的には、他人とも上手く関われますが、人生の中で、大きな人間関係のトラブルに巻き込まれたり、思春期に親との激しい衝突を経験してきている人がほとんどです。そして、そのトラブルの原因が、歪んで解釈されたままなので、トラブルから学んだり、自己反省をしたりすることが出来ていません。

人間関係の狭い海外生活では、疑いの対象が「夫」「妻」「家族」「学校の友人」などに限られてしまいます。そして、全くの他人である第3者が介入しづらい、根本の深い部分の問題が多いこと・狭い国土での生活で、仕事と私生活がより密着型になりやすいこと・家族の人間関係までお互いに介入しやすいこと・子供の情報が、必要に関わらず、耳に入って来易い事など、以外にも、「もっと、深く知りたい」という欲求を書き立てられやすい条件が揃っています。
これに、海外生活の孤独や寂しさが加わると、より、悪化してゆきます。

妄想性人格障害の場合、治療の継続が非常に難しいといわれています。「他人が悪くて、自分がこんな体調にされてしまっている」と、感じているので、自分の考えや思考の角度を変えることへの提案は、ことごとく、拒絶されたり、治療者-患者関係を破壊する可能性があるからです。

現在、診療所では、患者さんを心理的に支持し、まずは、「自分の悩みを共感してもらえる窓口がある」という保証を与え、家族の混乱を避けられればと、対応しています。信頼関係が出来たところで、薬物療法も試みています。