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ニュースレター(機関紙)

子どもと大人のメンタルヘルス(最終回)子供が新しい世界と向き合う時(後編)
NL06030104
メンタルヘルス


子供が新しい世界と向き合う時(後編)


小児精神科医
沼畑玲子

前編の主な項目は下記の通りです。
1.絶望するA君
2.A君の生い立ち
3.A君の心の中の変化
a) 秘めてきた自殺願望
b) お母さんへの怒り
こちらをクリックすると前編を読むことができます。


c)  感情を言葉で伝える
この数日後、ご両親があわてて来られました。

お母さんがA君に「もう一度がんばって学校に行ってみたらどうか」と話したところ、その翌日、「“がんばれ”と言われる度、死んでしまいたい、と思って生きてきた」と書いた手紙を渡されたそうです。

ご両親は、A君が「死」という言葉を初めて出したので焦り、「ただ生きていてくれるだけでいい。上の子を亡くしているから、またもう一人の子供も失うのはつらい。自分達親のために生きて欲しい」と話しました。

その言葉に対しA君は、「そう思われるのがずっと負担だったんだ。僕の人生は親のためにある。僕の人生、生きることも、死ぬことさえも自由にならないんだ」と叫んだそうです。

ご両親は、A君にとんでもないことが起こるのではないか、と心配していました。しかし、これまでA君の心の中に、ずっと閉じ込められてきた悲愴な叫び声が、やっとご両親の耳に届いたのです。今はA君の心の声を受け止めましょう、とご両親に伝えました。

次の治療でA君に、「今回お母さんに手紙を書こうと思ったのは、どんな気持ちの動きがあったからなの?」と尋ねると、「なぜだかわからないのですが、自分の気持ちを伝えてみようと思ったんです」と答えました。

親に“自分がどんなことを感じたり考える人間”なのか、よくわかっていて欲しいと思ったのでしょう。A君は依然、お母さんを「支える」側にいようとしていましたが、それと同時に、自分も「支えられたい」と感じ始めます。

葛藤の中、日常生活において、お母さんが望むような行動をとり続けながらも、自分の気持ちを表現できる場面が増えていました。お母さんは、A君が正直な気持ちを言葉で伝えてくれるようになり、嬉しいと感じていました。

d) 自分自身であること
A君は小学校の頃から中学校まで絵を習っていましたが、ある日、かわいがってくれた絵の先生から葉書が届きます。A君の高校進学を心から喜び、“元気でやっていることでしょうね”という内容が書かれてありました。高校を休みだしてすぐに先生は電話をくれましたが、その時はお母さんに勧められ、A君は先生に「元気に学校に通っています」と話したそうです。

しかし、A君は「もう先生にうそはつきたくない」と考え、葉書の返事の中で自分の現況をそのままに伝えよう、と思いました。勇気を出してお母さんにその気持ちを話すと、「いい機会だと思うよ。」と言われ驚きます。

お母さんが「うまくやれなくても、そのままの自分でよい」と言ってくれたような気がしたのです。そして、A君の返事を受け取った先生から電話が来ます。「人は皆それぞれ違うから、A君はA君のペースやっていいのよ」と言われました。これまでと何も変わらない優しい声だったそうです。

「学校に通って、いい成績をとり続けることを見せられない僕ですが、“自分”という人間をそのまま受け入れてもらったような感じがして嬉しかったです。僕はずっと、仮面をつけて生きてきたのかなと思います。その仮面を外してみると“楽だなあ”と感じますが、まだこの新しい世界に慣れていないような変な感覚もあります。」
A君は、少し困ったような顔を作って笑って言いました。

e) 新しい目標
この後、A君は高校を退学します。そして、自分で大学受験の勉強を続けますが、興味を持っていたフランス語も習い始めます。その教室で出会った人達と様々なやり取りを通し、“自分らしくそこに居る”という挑戦を続けました。

次第に「自分は人と話すことが好きだ」と感じ始めます。その結果、受験という進路を大きく変え、パリのカフェで働きたい、と思うようになります。およそ1年その思いを温め続けましたが、決心をし、ある日その思いをお母さんに話しました。

その夜お母さんはお父さんと話し合い、次の日自分達がA君の考えに反対であることを伝えます。A君はパリに語学留学をすることや、その仕事に関する様々なことを話したかったのですが、それを十分に話す場を与えられないままに反対されたようでした。

A君は、その日から自分の部屋に閉じこもり、4日間のハンガーストライキを起こします。

「これまで、“やってみたい”と思ったことはいつも母に反対され、母が選んだものを受け入れてきました。でも最近、それを望んでいる母に対し自分は本当に腹がたっていた、ということに気がついたんです。今回は、我慢するのももう限界だ、と感じました。」

A君は、言葉で自分の気持ちを十分に伝えられる自信がなかったのでしょう。お母さんへの不満を行動で示すことになったのです。

4.子供が自分自身について検討するために

a) 「そのままの自分」であることからの出発 
勉強一筋に励んできた子供が、「大学進学をやめ、働きたい」と情熱的に話したら、ほとんどの親が反対するでしょう。子供の心の変化を極端なものと感じるからです。しかし、強い思いの後ろには、それが導かれる背景が必ず存在します。

A君に、人と話して「楽しい」とか、「生き生きとした感じする」という経験が大きな影響を及ぼしたことは明らかです。しかし、「勉強ができるからお母さんを喜ばせられる。だからこそ、自分という人間に価値がある」という、これまで自分に課してきたルールから自由になるために、「勉強」に関わらない世界に身を投じても、「自分は価値のある人間だ」ということを、確認したいのかもしれません。

新しい対象が、A君にとっては「勉強」と正反対に位置づけられるものであることに、意味があります。そこからの出発でなければ、条件付きの「価値ある自分」から離れられないと感じているのでしょう。

b)子供の成長を援助するための親の視線
思春期の子供は、時に奇抜な発想に突進します。反対されればされる程、傾ける情熱が大きくなるのは、この年代の子供たちの特徴のようにも言われます。

そのため、親は子供の願いに簡単にはのらないように用心し、許可を与えないことに対し怒りをぶつけてくる子供と、あたかも戦っているような構造に置かれやすくなります。

子供は、未知の世界に興味を持った時、それに飛び込んでみたいという気持ちが一気に膨らみますが、本来、その世界は見かけどおりに魅力的なものかどうか、何か危険はないのか、失敗した時に戻ることはできるのか、不安はたくさんあるのです。

しかし、話を十分に聞いてもらう前に親から反対されたり、親が予め設定した結論に導くような展開を押し付けると、親に反発することにエネルギーを消費し、抱いた不安を検討するチャンスを失います。

本来の、「自分がこれを選択するべきかどうか」を検討すべき時に、「考えを押し付けた親に反抗する」ことが目的にすり替わるのです。

子供も親も、子供が幸せに生きていくのが共通の目標だとしたら、新しい世界が子供にふさわしいものかどうかを知りたいのは、子供も親も一緒のはずなのです。子供が突然、親が理解できない内容の希望を話し出した時、子供自身にそのトライが妥当かどうかを検討させなければなりません。

子供が新しい世界に直面する時、これは“成長”に不可欠ですが、親は子供と自分達が向き合っているように感じることがあります。

しかし、この時親は子供と対決するのではなく、子供のすぐ後ろから子供と同じ方向を見ることで、「子供の成長」をサポートすることができるのではないでしょうか。「本当のところ、その世界ってどんなものなんだろう」という疑問を子供と同様に親も持つことができたら、子供は心強く感じることでしょう。
「その世界が子供に適当ではない」と、子供の後ろから見て感じたのなら、その共有した時間と経緯をもってして、自信を持って子供に「NO」と言えます。

子供が親に反対される場面で、双方に起こりやすい「ズレ」があります。親は「子供が興味を抱いた新しい世界」について、それがいかに子供にふさわしくないか、を伝えようとします。子供は、親が自分より先に前に出てその世界を瞬時に検討した結果、それを不適当だと判断し、自分自身が蚊帳の外に置かれるという「構造」そのものに反発するのです。

この状況では、親が「正論」を何度繰り返しても、子供の耳には届きません。自分で検討するプロセスを奪われ、親に早々に評価を下された子供の心は、不意打ちをくらい傷ついています。「こんな悔しい思いをして傷つくのなら、親とは話をしたくない」と思う思春期の子供が多いのは、単に「彼らが反抗期にある」ことや「ホルモンバランスが未熟」との理由だけではないかもしれません。

c) A君の心の行方
4日間のハンガーストライキは、A君のお母さんが受診した後、「話をもう一度聞かせて欲しい」とA君に話したことで終わりを迎えました。そして、「カフェで働く」、「パリで暮らす」ことはいったいどういう生活なのかを知るために、A君と一緒にインターネットで調べたり、語学留学について説明会に参加したり、本を読んだりし始めました。
お母さんも、A君の近づきたい世界を知ってみよう、という姿勢になったのです。A君はその後、お母さんの援助もあり現実的な情報を収集してゆきます。

反対されることがなくなると、心の奥に芽生えていた「不安」がやっと安心して表に出てきました。

「海外に住んでホームシックになるのでは?」
「初めはフランス語もちゃんと話せないから、危ない目に遭うかもしれない」
「病気になったらどうすればいいんだろう」

A君がどのような選択肢を選ぶにしても、決意する前に不安を十分に感じ入り、全体的に自由に検討してみる、というこの過程が必要なのです。

d) 「自分自身」の手綱をにぎる 
ご両親は今、A君のお兄さんが亡くなった後、A君をりっぱに育てようという思いが募り過ぎて、自分達の方針をA君に押し付けてきたのかもしれない、と思っています。

A君がどうであれば幸せであるのか、最善の判断を下せるのは自分達だ、と考えてきたそうです。そのために、A君がどう感じているのかをあまり注目しなかったのかもしれません。

A君は親が示した道を歩み続け、それには弊害となりうる自分自身の感情に触れないようにしてきました。A君が、「仮面をつけていた」と表現したのはこのようなことを指すのでしょう。

私達はゴールを感じることがなくとも、何度も新しいスタートラインに立つ感覚を持ちます。A君は今、新しい道の出発点にいると感じるそうです。生き生きとした感覚と、生きる希望を持っています。A君の心の中の変化は、静かにゆっくりと始まり、そしてダイナミックなエネルギーを発しながら進み続けました。

「お母さんのために生きたい」と考える一方で、その役割を担わせるお母さんへの「怒り」にも気付き、それらの気持ちを同時に抱える葛藤を経験しました。混乱の渦に飛び込みもがきながら、「自分自身の人生を生きたい」という心の声に耳を傾けます。絶望感を湛えた深い哀しみの表情が徐々に彩られ、自由を求めて心が開かれてゆくその様子は、美しく感動的なものでした。

人は「自分のために生きてゆく力強さ」を持って生まれてくる、と改めて感じています。




編集部より:シリーズ「子どもと大人のメンタルヘルス」は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。
沼畑先生はまもなく海外に活動拠点を移します。今後は不定期に健康・医療全般に関わる話題を送っていただく予定です。
「子どもと大人のメンタルヘルス」は下記の索引コーナーでまとめて読むことができます。
http://www.jomf.or.jp/jyouhou/jigyou_iryou2/jigyou_iryou2_4.html#n