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ニュースレター(機関紙)

子どもと大人のメンタルヘルス(8) 子供が新しい世界と向き合う時(前編)
NL06020104
メンタルヘルス


子供が新しい世界と向き合う時(前編)


小児精神科医
沼畑玲子

1.絶望するA君
A君は現在18歳の男の子です。中高一貫の私立中学に入学後、体調を崩し学校に通えなくなります。成績は優秀だったので、高校には進学しました。再び通学し始めましたが休みがちになり、ゴールデンウィークの後から全く登校できなくなりました。

頭痛、腹痛、吐き気、不眠を訴え、外出できる状態ではありません。いくつかの病院で様々な検査を受けましたが、何一つ病気が見当たりませんでした。「心の問題ではないか」と言われたため、ご両親は高校1年生の夏休みに、A君をクリニックに連れて来ました。
 
部屋に入ってきたA君の顔色は青ざめていて、視線を合わせず体を強張らせ、たいへん緊張している様子でした。しかし、家族構成やこれまでの生育歴を簡単に尋ねると、大人びた笑顔を浮かべ、上手に敬語を使いながら答えました。

「何に困って来院したのか」ということを尋ねると、毎日抱えている体の不調を訴え、そのために「学校に行けないので困っている」ということです。学校には「行きたい」のか、それとも「行かなければならない」のか、と問うと、A君はハッとしたようにこちらをみて口をつぐみました。そして、「行きたいのです」、と答えます。

「なんだか、とってもつらそうなお顔をしているね。学校のことで何か悩んでいるの?」
「いえ、特にいじめられたこともありませんし、成績が良いので、どちらかと言うと一目置かれた存在だと思います。」

「一目置かれるってことは、周りと少し距離があるってこと?」
「、、、。そういうことかもしれません。」

「そうか。それは寂しいね。学校では一人でいることもあるのかな?」
「入学してすぐは、お弁当を何人かで食べておりましたが、だんだん一人で食べるようになりました。」

「A君は、“僕もいれてよ!”って、あまり言わないタイプなのかな?」
「言わないです。」

「もしかしたら、“自分がどうしたい”とか“僕はこう思うよ”みたいなことも言わないタイプ?」
「言わないです。」

「言わなくなったのはいつから?」
「気がついた時はすでにこのような性格でしたので、多分幼少期からだったのだと思います。」

「A君は、周りに気を遣ったものの言い方ができる方だと思うんだけど、自分のことを周りがどう思っているのかは気になりますか?」
「はい、そうだと思います。」

「嫌われたくない気持ちが大きいんだね。」
「はい。」

「それなのに学校で一人ぼっちになるのは悲しいね。」
「皆が見るようなテレビを見ませんし、芸能人のこともわからないので、ただにこにこしていて話を聞いても、面白みがないということでしょう。」

「A君はテレビ見ないの?」
「全く見ないわけではありません。昔から見てもよいテレビ番組は親に決められています。」

「学校でクラスの子に人気あるテレビ番組は見ていたの?」
「いいえ。ですから、その遊びをする時は、いったいどのようなキャラクターを演じればよいのかわからず苦労しました。そういうのが面倒で、だんだん見ているだけになっていました。」

A君は話している間は笑顔ですが、口を閉じると、まるで暗闇で息をこらえているような、緊迫感のある眼差しをこちらに向けます。A君の張り詰めた胸の中の空気がこちらに伝わってくるようで、私も胸が苦しくなりました。

「今までいっぱい我慢してきたんだね。苦しいのを誰にも言わずに、きっと一人でがんばってきたんだね。心が「苦しい」って言って、そのエネルギーがあまりにもたくさん溜まると、吐き気がしたり、お腹が痛かったり、頭痛になったりすることがあるんだよ。A君が今より少しでも楽になるお手伝いをするからね。」
A君は瞬きもせず私の話をじっと聞いていましたが、話し終わると少しだけ頷きました。

治療が始まると、A君は「母を幸せにするのが僕の使命です」と何度も繰り返しました。

「お母さんのことはA君が責任持って考えてくれるよね。A君自身の幸せは誰が考えてくれるの?」私が質問すると、「母が幸せなら、それが僕の幸せです。でも、今学校に行けないので、母を不幸にしている自分が許せません」と答えました。

「お母さんの幸せにA君の学校のことがどう関係しているの?」
「僕が人より優れて初めて母を喜ばせられるのに、誰でもやっている“学校に行くこと”さえできないなんて、僕には生きる価値がありません。これは母にとって、他人には絶対に知られたくないことです。」

「お母さんはA君が学校に行ってないことを周りの人に内緒にしてるの?」
「電話で祖父母や親戚に、僕が元気に学校へ通って受験勉強している、と言っています。」

「それを聞くとどんな気持ち?」
「僕は人には言えないような恥ずかしい子供なんだと思います。それも当然です。」

「お母さんがA君のことを“恥ずかしい子供だ”と考えているのを想像して、A君はどんな気持ちになるの?」
「絶望的になって、“死ぬしかない”と思います。」

A君の、自分が「お母さんを幸せにしなければならない」という思いは強く、それが叶えられない自分を責め絶望的になっていました。

2.A君の生い立ち
A君には2歳上のお兄さんがいました。お兄さんは生まれたときから重い病気を患っていたため、生まれてから病院を離れたことなく、A君が4歳の時に亡くなりました。

ご両親の悲しみは深く、それを支えたのがA君だったとお母さんは話します。亡くなったお兄さんへの思いがA君への期待となることで、ご両親は明るい気持ちを取り戻すことができたそうです。

A君は小学校で、素晴らしい成績やお行儀のよさによって、ご両親の期待に応えることができました。家庭の雰囲気が暗くなると楽しい話題を出したり、お母さんがヒステリックになる時はなだめたり、調整役の役割を持っていました。

お父さんは仕事のため毎晩遅く帰宅します。週末も仕事に出かけることが少なくありません。A君はお母さんの聞き役になり、お母さんのストレスを解消させるように心がけてきました。

3.A君の心の中の変化

a) 秘めてきた自殺願望
6回目の治療でA君は、「今日は話したいことがあります」と言い、自殺したくなる場面について話してくれました。

クラスメートが教室で昼食をとっている間、人気のない静かな図書室で過ごすのがA君の日課です。A君は7階の図書室へは、エレベーターではなく外の階段を使います。

6階から7階に上る所でサッカー場がよく見え、昼休みに生徒達がプレーしています。その光景が目に入った瞬間、「疲れた」と感じ不意に飛び降りたくなるそうです。また、中学生の頃から、電車がホームに入ってくるのを見ると、「飛び込みたい」衝動に駆られます。

親にこの気持ちを話したことはありません。母に、「普通に学校に行く子供を育てる」という当たり前な子育てを体験させてやれず、申し訳ないと感じています。
これ以上お母さんに迷惑をかけたくないので、自殺することもできませんでした。

A君に、「死んでしまいたいほどつらいんだね。苦しいんだね」と伝えると「こういうことを誰かに話したのは初めてです。少し胸が楽になりました」と言いました。

b) お母さんへの怒り
治療を始めて半年程たったある日、A君は「今、混乱しています」と話し出しました。

「母に怒りを持つとその感情が抑えられなくなり、自分の行動をコントロールできなくなりそうで怖いです。だから、これまでその感情を感じないようにしてきたのではないでしょうか。」

「自分をコントロールできなくなるって、想像すると怖いよね。」
「はい。自分を抑えなかったら、母に何をしてしまうのかわからないような気がします。」

「お母さんの何に怒りを感じているの?」
「母自身の考えを僕に押し付けるところです。例えば昨日僕が、“高校を退学して大検の準備をしたい”、と母に話したんです。母は“学歴社会では普通に高校を卒業した方が有利だから、高校は辞めないほうがよいのではないか。
後悔のないようもう一度自分で考えるように”、と言いました。
学校に戻るのはもういやです。小学校の頃から友達もできず、自分だけ名前やニックネームではなく、苗字で呼ばれてきました。
そこで、にこにこ笑って過ごすのが、どれだけ苦しかったか母は想像できないのです。
体裁を気にして、とにかく“学校に行け”という内容のことを言い、僕がそれを自分で選択するように仕向けるのです。考えただけでイライラします。」

「その気持ちをお母さんに伝えたの?」
「いいえ。母を支える人がいなくなると、母はやっていけませんから。」

「お母さんのパートナーはお父さんだよね。お父さんがお母さんを支える人ではないの?」「父は無口で何も言わないので、母は父のことを“頼りにならない”と思っているようです。」

「お母さんは、A君がそばにいないとやっていけない、ということ?」
「はい。」

「お母さんに言われる通りに行動することでお母さんを支えたいけど、一方では、束縛するお母さんに腹が立っているんだね。」
「はい。だから頭が混乱してしまって、、、。」

時折A君の頭をよぎる“お母さんの首を絞めるイメージ”をある治療の中で扱いました。そこで、A君は映像として頭に浮かぶイメージを言語化します。

子供は自分の母親に対し、様々なことで“怒りの感情”を抱くものですが、A君はこれまで、その感情をなかったことにしてきました。

当然、見えないところに“怒り”は溜まっていたのです。1つ1つの“怒り”を100回扱うのではなく、100個の溜まった“怒り”が一度に噴出すると圧倒されます。

A君はこの100個分の“怒り“を感じることに恐怖を抱きました。「自分は異常者ではないか。この感情をコントロールできなくなった時、犯罪者になってしまうのではないか」と考え、自分自身の”怒り“の感情そのものが恐ろしくなりました。

これまでA君は、自分の感情を感じないようにし、お母さんがA君に望むことを選択してきました。しかし、自分でも気がつかない間に、我慢してきたことがたくさんあったのです。

その我慢の「量」が「お母さんを傷つけたい」ほど膨らんだのであって、「実際にお母さんを傷つける」ことそのものに意味を持たないのです。

A君の「お母さんを傷つける」イメージが浮かぶのは、自分の心の中に溜め込んできた感情が表に出てきた証拠だ、自分の感情に気付くのは大切なことだ、とA君に伝えました。

A君は「このことを話せてよかった。実はここに来る前、今日先生に会ったらその後死のうと思っていたんです。」と話し帰って行きました。(後編はこちらから)