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ニュースレター(機関紙)

子どもと大人のメンタルヘルス(7)子どもが示す症状をどのように扱うか
NL05120104
メンタルヘルス


子どもが示す症状をどのように扱うか


小児精神科医
沼畑玲子

1.K君の現在の様子
小学1年生K君のお母さんからの相談です。
K君は、1年前から自分の性器を触り始めました。幼稚園で一人で居る時や夜中に目を覚ました時、性器を触っていました。お母さんは以前、「幼児が自慰行為をすることもある」と本で読んでいたので、特に心配しませんでした。

K君は小学校では先生に注意されることもなく、問題のない子どもです。しかし家では、ゴールデンウィークの後から、忘れ物がないように何度も確認したり、小さなことでもお母さんに「これをしてもいい?」と尋ねたり、「ごめんなさい」を頻繁に言うようになりました。

また、K君はお母さんが夕食の準備をしている時に、キッチンと一続きになっているリビングルームで、テレビを見たりゲームをしますが、リラックスしてくると性器を押したり揉んだりすることがあるらしく、し終わると必ずお母さんに報告します。

お母さんは、K君の行動を「子どもに人気のあるアニメ漫画の影響だろう」と考え気にしなかったのですが、2学期からはその報告も頻繁になりました。K君の様子を観察すると、その行為は実際に行われているようです。

それに加え最近、学校から帰って来るとK君は、「今日は大好きな○○ちゃんのパンツが見えた。それが頭から離れない」「スーパーでお母さんの会計を待っている時に、雑誌売り場で大人の雑誌を見てしまった。そこで見たのと同じことを○○ちゃんにもしたい、と考えてしまう」「○○ちゃんのお尻をなめたいのを、すごく我慢している」「このままだとすごくエッチな大人になっていまいそうで恐い」等と話します。

その内容にお母さんは毎回衝撃を受け、昨今の痛ましい性犯罪事件が頭をよぎり、「このままではKが将来犯罪者になってしまうのではないか」と心配になります。

お母さんは、「K君の自慰行為が年齢不相応の性的な欲求を高めている」と考え、K君が性器に触れないように諭します。K君は性器を触った時にお母さんに叱られると、「明日からはしないから」と泣きながら約束します。

お母さんは「Kを信じよう。明日こそはやめられるだろう」と思うのですが、その期待は裏切られます。それどころかK君のエッチなイマジネーションは、日々広がり続けています。

2.K君とお母さん
お母さんは自分を、子どもに細かく注意する神経質な性格だといいます。ひとつのことが気になると頭から離れず、延々と考え続けたり思い悩むタイプだそうです。お母さんは、K 君の小さなことにこだわったり、物事を何度も確認するところが「自分にそっくりだ」と感じています。K君の自慰行為や好きな女の子への性的欲求は、物事へのこだわり具合と共に増えてきたことから、お母さんは自分の神経質な性格や育て方がK君を現状に導いてしまった、と考えています。

3.K君とお父さん
お父さんの子どもの教育方針は、「子どもは甘やかされると、親の言うことをきかなくなる。子どもの気持ちに耳を傾けると、言い訳をしたり親をなめるようになる。父親は、子どもが絶対に口答えできない恐い人間でなくてはならない」という考えです。

「もし~したらなぐるぞ」がお父さんの口癖で、実際に子どもが騒いだり言うことをきかない時は、「お前はだからだめなやつだ」と言って叩きます。K君はお父さんを恐がり、何か失敗した時は小さなことでもお母さんに「お父さんには言わないで」と泣いて頼むそうです。お母さんは、K君が性器を触っていることや、性的な想像が高まっていることをお父さんに話していません。

4.お母さんとお父さんの関係
お母さんは、お父さんに子育ての相談をしないように努めています。子どもに関する心配事を話すと、お父さんは子どもを殴るからです。子どもは「ごめんなさい」「もっとがんばる」と父親に許しを乞い、お父さんは自分の威厳が保たれていることに満足します。また、「正しい躾」ができたことで子どもが改心し、お母さんの心配事も解消したと思うようです。

お母さんは、お父さんに告げ口し子どもを叱ってもらった形になるのがいやで、子どものことをお父さんに相談しません。また、お父さんが子どもを脅したり殴るのを見るとお母さんも恐くなり、「やめて」とお父さんに言えなくなるそうです。しかしお母さんは、子どもがお父さんの前でいつも緊張しているのを感じるので、この状況をなんとか変えなければならない、と考えてきました。また、心配事があっても子どものことをパートナーに相談できず、たった一人で子育てしなければならないことに限界を感じています。

5.K君に何が起こっているのか
K君はいつも「どのように振舞わなければならないか」を考えているのでしょう。間違えたり失敗しないように常に注意していなければならないのです。小学校に入学して社会的に要求されることが増えました。守らなければならないルールは、幼稚園の時よりも格段に多いのです。

しかし、お父さんから、恐怖感を通して「お前はだめなやつだ」というメッセージを受けているため、K君は自分の判断に自信が持てません。「間違ってはいけない、失敗してはいけない」という緊張感は、「気を抜くとだめな自分」を正しい道に導くために、不可欠なものです。リラックスして自由に感じていたら、「間違ってしまう」のです。

自分の感覚や感情を感じないようにして、特定の状況に適応する試みは、社会生活を営む上で多くの人が実践しています。「いやだな」「むかつくな」「面倒だな」等のネガティブな感情を鈍くすることで、今やらなければならないことに意識を集中させるのです。終わった後に愚痴を言ったり、気持ちを開放できる場を持つことで、自分の真の感情を感じないようにした緊張感を手放します。K君は、緊張する場面を選ぶことができません。「自分はだめな人間だ」という考えに圧倒されているので、いつも頭の中をフル回転させ、間違わないように努めているのです。また、本来は外よりもわがままの許される家庭の中で、「失敗しないように、もっと注意しなくては」という思いを強めています。

現在、「恐怖を通して受け取る“このままの自分はだめな人間だ”という緊張感」と「強烈な性的快感」というセンセーショナルな感覚が、K君の日常生活を支配しています。お父さんから受け取る恐怖感が、緊張を持続させ感情を鈍くし頭をフル活動させます。

性的興奮だけが、K君の過剰に働いている頭を止めることができ、「感じる」世界に呼び戻してくれる手段なのでしょう。普段抑圧している様々な感情が出口を失い、「性的な感覚」という扉を通って一度に放出されているとも考えられます。心も体と同じように、抑えつけられたら自由になりたい、というエネルギーが大きくなります。K 君は自分の性器を触ったり、エッチなことを考えて体が興奮する時だけ、緊張感から開放され、自分自身の感覚を蘇らせることができるのでしょう。

現在はこの性的な興奮が高まりすぎて、問題となってしまいました。その欲求に負けないよう、お母さんは必死にK君を説得していますが、K君のイマジネーションは広がり続け、性器を触ることも増えました。それらをやめられない自己嫌悪と罪悪感によって、K君はさらに「だめな人間」ということになり、禁止によって狭められた興味もまたさらに深さを増します。禁止すればするほどエスカレートする、というパターンに陥っているのです。
 
6.何がK君の助けとなるか
お母さんは、K君が感覚を開放する「手段」や「内容」に目を向けているのですが、K君にとっては「感じること」そのものに大きな意味があるのです。この構造に注目すると、K君に性器を触らないよう、エッチなことを考えないよう説教することだけが重要視されるのなら、K君の欲求は悲劇的な方向に押しやられるかもしれません。

K君が、「そのままの自分ではだめだ」という呪文に縛られている限り、緊張感から解き放たれることはできません。つまり、性的な興奮以外の様々な感覚を持つことが難しいのです。

今は性的なこと以外に注目して、K君が日常どのような場面でどんなふうに感じる男の子なのか、好奇心を持って彼の心に近づく時です。そのままのK君が感じることは、安心して感じていいんだよ、というメッセージを与えます。

学校で先生にあてられて正解できなかった時のことを、K君はお母さんに「今度は絶対に間違えない」と泣いて話します。お母さんは「それぐらい気にしなくていいよ」と励ますのですが、K君は「やっぱり僕はだめなんだ」と泣き続けます。K君の頭に一気に集まった血流を、お腹の辺りに戻すイメージで語りかけます。K君が頭の過活動を止め、自分の感情にアクセスするお手伝いのために、こちらから問いかけます。

「その時、どんなふうに感じたの?」K君は一瞬止まった後また泣き出すかもしれません。
「間違っちゃったよ~。先生はきっと僕のことばかだって思ったよ~。」

「その時どんなふうに感じたのか教えて?」 
「先生はKはだめだなって思ったんだよ~」

「先生にそう思われたって感じて、K君はどう思ったの?」
「先生が残念そうな顔をしたから悲しかった」「みんなの前で間違ったから恥ずかしかった」「自信持って答えたのに間違って悔しかった」「難しい問題を僕にあてるなんて先生ひどい、って頭にきた」

K君がどう感じているのか、尋ねてみないと誰もわかりません。今はK君自身も気がつかないでしょうが、尋ねられることでどのように感じたのかを自分自身の中に探り、自分の感情を実感する場を得ます。そして「そう感じていいんだよ」と承認された感情は、それに一致した「悲しい」「恥ずかしい」「悔しい」「怒り」等と名づけられた扉から外に出て行けます。蓄積されて、「ここからなら出られる!」というたった一つの扉「性的な興奮」に集中しなくてもよいのです。

「そのままの自分に価値がある」「きっとうまくやれる」「自分がどう感じているかを大切にしてよい」と感じられる安心感を子どもに与えていく。発達した情報社会の中で加熱しがちな子どもの思考を、適当な場面で休ませ「感じる」能力をいかに取り戻させるかは、現代の子育てにおいて重要な鍵となります。大人にとっても同様に深刻な状況かもしれませんが。

K君のお母さんは、K君の相談に来られたことで、ご自身と夫との間にある溝に触れました。それはこれまで様々な理由から、気がつかないようにしてきた大きな溝でした。お母さんも自分の気持ちを安心して感じられないので、あれこれ考えをめぐらすことで、満たされない感覚を埋めようとしたのです。夫に「最後まで話を聞いてほしい。二人で結論をだす前に行動しない、と約束してほしい」と伝える時期がきた、と感じたそうです。それを始めることは、K君を支える上で強力なサポートとなることでしょうし、お母さん自身の人生にとっても大切な一歩です。

今後お母さんは、治療を受けてご自分の心の整理をしていきたいという希望があり、自分自身に援助が必要だと考えています。確かに、K君に関するご相談でありながらも、ご両親のパートナーシップや、お父さんの目指す父親像に歪みがあることは明白です。

しかし、今回K君のケースをこの場で取り上げたのは、子どもが"症状"というかたちで心のSOSを発信した時、「親は何に注目すべきなのか」、「見えやすい"症状"だけに反応すればよいのか」について、あらためて私達も考える機会を持てるからです。K君のご家庭は決して一般的ではないかもしれませんが、多くのご家庭でも起こりやすいパターンを示していると思うのです。