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ニュースレター(機関紙)

小児医療の現場から(2)~海外で生活する子どもの心の問題~
NL05110103
小児科

海外で生活する子どもの心の問題


お茶の水女子大学 子ども発達教育研究センター教授
榊原洋一

子連れで海外赴任をする場合に一番心配なのは、子どもの病気への対応と、教育問題でしょう。もちろん大人でも、言葉や文化、医療、教育の水準の異なる国で生活することは大きなストレスになります。しかし大部分の大人は、医者でなくても自分の体の調子について、自分自身である程度判断することができます。また言葉の違いがあるとはいっても、自分の自覚症状をなんとか外国の言葉に置き換えて表現することが可能です。

子どもでは、それができません。

赤ちゃんの場合には、日本であろうと外国であろうと、言葉は通じません。親には何かいつもと様子が変だ、としか分からないことも多々あります。小児科医はそうした「言葉のない子ども」になれていますから、外国でも赤ちゃんなら小児科医に任せることができます。

これは逆の場合にも当てはまります。私は現在1ヶ月に1回、外国人を診るクリニックで仕事をしています。大人の場合には、本人から英語で症状を聞きながら、診察をし診断にたどり着くことができます。赤ちゃんの場合には、もともと本人からの症状の訴えはありませんから、親からの情報と、物言わぬ赤ちゃんの体の診察で診断をつけています。

このクリニックで一番苦労するのが、もうすこし年齢の大きい子どもの心理的な問題や、多動性障害、自閉症といった心の障害です。すでに言葉を話すことができますが、「のどは痛い?」「ここのところを押すと痛い?」「咳はでる?」といった単純な英語の会話だけでは到底対応できません。
 
このことは、外国生活をしている日本の子どもにも当てはまります。

2年前から、マニラ、シンガポールで、子どもの心の問題に焦点を絞った相談をさせていただいていますが、海外生活をしている子ども達の心の問題は、日本にいる子ども達に比べてより深刻であることが分かりました。

深刻である理由はいろいろです。
一つは、言葉と文化の違いです。生まれたときから慣れ親しんでいる、言葉や習慣の中でさえ、うまく集団に入れなかったり、友人とうまく意思疎通ができない子どもが、外国で生活すればどういうことになるでしょうか。現地校に通う場合はもちろんですが、日本人学校に通っている場合でも、日本とは違った雰囲気や人間関係の中で生きてゆかなければなりません。近所で遊べる子ども達がいなかったり、いても言葉や人間関係のルールが異なる子ども達の集団に入ってゆくのは並大抵のことではありません。

家の中でも、現地のお手伝いさんが一緒である場合も多く、日本とは全く異なった雰囲気、人間関係のなかで生活してゆく必要があります。

多動性障害や高機能自閉症のお子さんを、マニラやシンガポールで診察させていただきましたが、お子さんの生きづらさだけではなく、親御さんの悩みも日本にいるときとは比べ物になりません。

まず第一に、相談するところがあまりありません。子どもが熱をだした、下痢をしたという場合は、現地のお医者さんで診て貰うことができますし、お医者さんもよくある子どもの体の問題は容易に対応できます。しかし、子どもの心の悩みや、人間関係上での困難を、外国語でうまく表現することは難しいことです。相談されたお医者さんも、それをうまく説明することは至難の業です。現地のお医者さんとのコミュニケーションはたいていの場合その国の固有の言葉ではなく、英語やフランス語のような世界共通語になり、当のお医者さんにとっても、うまく説明することは必ずしも容易ではないのです。これはちょうど私が、英語で自閉症の子どもについて説明することが、下痢や肺炎の説明をするよりずっと難しいことと同じです。

そしてそうした相談するあてがないことが、ご家族にとって大きなストレスになります。海外生活をするだけで、精一杯なのに、お子さんの心の問題を抱えた親御さんのストレスは想像もつきません。

マニラやシンガポールでは、一人のお子さんの相談に30分以上当てましたが、それでもほとんどの方が、とてもその相談時間ではこなしきれないほどの悩みを訴えておられました。マニラやシンガポールには、きちんとした日本人会診療所がJOMFによって運営されていますが、一般の医療は解決できても子どもの心の問題までは十分にはカバーできていないのです。しかし、子どもの心の問題に対応する体制が日本国内は完備しているかといえば、そうではありません。日本国内でも、子どもの心の問題に対応できる施設や体制はまったく不備のままです。

先日、ある大都市の幼稚園で子どもの心の問題、特に多動性障害や高機能自閉症などの発達障害について講演をしました。講演の最中最前列で熱心に聴いておられたお母さんが、講演後の質疑応答の時間に真っ先に手をあげられました。

質問は「先生は、病院で診断をされていますが、診断された子どもの教育や訓練はなさっていないのですか?」というものでした。真意がよくわからずに、「ええ、私の病院ではそうした訓練や療育は行っていません」とお応えしたところ、「診断されても、実際の訓連や心理療法をしてくれるところが少なく困っています。私の住んでいるところでは、申し込んでも2年近く待たなければなりません」と悲痛な表情で訴えておられました。

日本においてさえこうした状況です。多動性障害、高機能自閉症、学習障害などの発達障害のお子さんは、文部科学省の調査では、通常学級の生徒の6%強もいることが分かっています。

海外在住のお子さんのなかで、こうした発達障害やそれ以外の心の問題を抱えるお子さんは、相当数おられると思います。こうした心の問題は、家庭内で解決することはもちろん、専門医がいれば対応できる問題ではありません。日本人学校や、その地域の日本人社会と、現地の医療機関や学校なども巻き込んだ支援体制が必要だと思います。