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ニュースレター(機関紙)

子どもと大人のメンタルヘルス(6)「信じる」ということ
NL05100103
メンタルヘルス


「信じる」ということ


小児精神科医
沼畑玲子


1.転校を機に変わり始めたA君
“友人づきあいのない高校2年生の男の子”のお母さんからの相談です。

A君は父親の転勤のため、高校入学の春から、生まれ育った東京を離れ、ある地方都市に一家で移り住みました。
これまでは、いつもにこにこしているものの、あまり積極的でないため、目立つ生徒ではなかったのですが、転校先では、「東京からきた男の子」として注目される存在となりました。
まだ慣れないその土地の方言がわからないことや、クラスの生徒はいくつかの同じ中学出身同士ですでにグループができていたことから、A君はクラスメートに自分から声をかけることができず、休み時間もほとんど一人で過ごしていました。

2学期のある日、クラスの男子生徒たちが、昼休みにタバコを吸っていたことが教師にばれて、大問題になります。
その後、告げ口をした生徒がいるらしい、クラスになじめないA君が教師に密告したのでは、という噂が広まります。濡れ衣をかけられたA君は、クラスの男子生徒ほとんどから無視され、物を盗まれたり、汚れた物を机に入れられたりします。
A君がたまりかねて母親に相談したところ、憤慨した母親が担任に抗議し、担任がクラス全員に注意し、結果としてもっと卑劣ないじめを受ける、ということが何度か繰り返されました。
A君から笑顔は消え、家でも自分の部屋にこもるようになります。

3学期から、A君は高校に行くことを拒否しました。高校2年の春からは、お母さんと東京に戻り、新しい高校に通い始めます。
これで元のにこやかなA君に戻れる、と両親は安心しましたが、東京に戻ってもA君は中学時代までの友人と会おうとせず、また新しい高校でも友人ができないようでした。
学校には通学し続けましたが、放課後はまっすぐ帰宅し、休日も外出しません。
お母さんと一緒にいたがり、お母さんが外出するのも嫌がります。
友人を作るように勧めると、「誰も信じられない。」と答えます。
「傷つけられるのが恐い」と言い、声をかけてくれる生徒とも親しくなれないことから、「A君が一生社会から孤立し、誰とも付き合えない人間になるのではないか」とお母さんは心配し、どのように対処をしたらよいのか、を相談されました。

2.転校前のA君について
東京に戻ってから、A君はお母さんと長い時間を一緒に過ごしてきました。
この間、それまでは自分のことをほとんど話さなかったA君が、初めて、過去に起こった様々な出来事をお母さんに話したそうです。その中で、お母さんにとって印象深かったものを話していただきました。

小学校4年から卒業までの3年間、A君は同じ先生に担任を受け持たれたのですが、その先生からクラスメートの前で、頻繁に侮辱的なことを言われ、時には体罰を受けた、ということです。
その先生は明るくユーモアがあるため、保護者から人気がありましたが、たまに生徒に手をあげるらしい、という噂も確かにありました。
しかし、A君のお母さんは、「悪いことをした時には、手をあげられても仕方がない」と考え、特にその噂も気にしなかったそうです。
まさか自分の子どもが、担任からの体罰やいじめの対象になっているとは、想像もしなかったのです。
参観日や行事の度に、「いいお子さんですよ」とA君を褒める、にこやかな担任の態度を今思い出すと、A君の告白は俄かには信じられなかった、とお母さんは言います。A君は当時、悩んでいる様子をお母さんに全く見せませんでした。

「A君が、そのことをお母さんに相談しなかったのは、どうしてだと思われるのですか。」とお母さんに尋ねると、少し考えこんだ後で、お母さんが答えました。
「私たち夫婦はもう長いことうまくいってないのですが、夫の愚痴を息子に聞いてもらい、頼りにならない夫より、息子のことをパートナーとしてみてきたようなところがあります。私の方が、いつも優しい息子に頼っていましたから、私に相談できなかったのでしょうね。」

また、A君はお母さん方の祖父母に、たいへんかわいがれてきました。
お祖父ちゃんは戦時中の話をするのが好きで、お母さんは同じ話を聞かされるのにウンザリしていたのですが、A君は祖父母の家を訪れる時は、何時間でもお祖父ちゃんの話の聞き役をしてきたそうです。
しかし、東京に戻ってからは、祖父母から訪ねるように連絡が入っても、全く行こうとしません。
A君が、「お祖父ちゃんの話を聞くの、すごく疲れるんだよね」、とボソッと言った時、お母さんはたいへん驚いたそうです。
お母さんはA君のことを、お祖父ちゃんの長々とした話が好きな珍しい子どもだ、と思っていたからです。

A君はにこやかな笑顔の下で、それとは全く異なる感情を溜め続け、長い間、それを外に出す機会を持ちませんでした。
幼少期から、自分の感情を抑圧し、周囲の期待に沿う言動を選択してきたのです。
A君は、自分にとって大切な人間に対し、たいへん忠実なお子さんだったのです。
しかし、転校をきっかけに、孤独や悲しい体験を通して、「いつも優しいにこにこした」A君に限界が訪れたのです。

3.相手を「信用する」ということ
A君は、「世の中の人が皆、意地悪な人に見える」「誰も信じられない」と話しているようです。

治療の場で、「周囲の人の言葉や見せている表情が、本心からくるものかどうかわからない。そのものとして受け取ってよい、と自信がもてないから相手を信用できない。」と話す人はたくさんいます。
多くの人が相手の振る舞いに最大限に注意を払い、信用してよいかどうかの判断を下すために、より正確な情報を手に入れようとします。
「信用」とは、関係において生じるものではなく、相手の人間性によって決定付けられるものだ、というような表現をする人は少なくありません。

そもそも、人を「信用する」とはどのようなことでしょうか。
「信用する」とは「確かだとして受け入れること」「今までの行為からしても将来も間違いを起こさないと、信頼すること」とあります。
「信頼」とは「信じてたよること」「たよりにできるとして信ずること」で、「信ずる」とは「それを本当だと思い込む」「正しいとして疑わない」とあります(岩波・国語辞典)。

整理すると、「信用」「信頼」は、『相手に、「自分の希望や期待を実現して欲しい」と願い、それが叶う、と思い込むこと』になりそうです。
希望や期待が関係してくるとしたら、起こして欲しくない「間違い」は、人によって違います。突然、サラリーマンをやめて田舎で農業を始めたい、と言い出した夫に、妻は「会社で出世したい人なのだ、と思って信用していたのに裏切られた」と思うかもしれません。

また、「常々、自分も田舎で自然とともに暮らしたい、と思っていた。さすが、私の信頼する夫だ」と、思う妻もいるかもしれません。
つまり、相手を「信用」「信頼」したいのなら、相手の言動が自分の希望や期待に合致し、それから逸れるという「間違い」が起こらないだろう、と思い込むことができなくてはなりません。
自分自身の感情が抑えられていて、自分の欲求が敏感に感じられない場合は、誰かを「信用する」準備ができていないことになります。

また、「多くの人間は他人を信用できている。自分にそれができないのは、善良な心を持っていないからだ」と考え、自分自身を責めている人達がいます。
しかし、相手の言動が自分の希望に沿わない時は、「信用」したくても「信用」しようがないのです。
それは、相手の言動や考えが、自分の欲しいものと「合致しない」ということなのです。

人間が日々の暮らしの中で変化を続ける、という見解に立つと、自分も相手も人間としての成熟を増してゆくために、将来の自分の願いや相手の言動を、現在、完璧につかみきることはできません。
100パーセント誰かを「信用する」ことに集中し、自分の人生を豊かにしよう、と試みるのは、なかなか難しいことのようです。

4.親しい友
支えあうことのできる友を持つことは、人生に大きな力を与えてくれます。
それだけに、かけがえのない友にめぐり合えるのは、貴重なことです。
誰かと「心」をかよい合わせるには、自分の「心」を感じていなければなりませんが、それもまた簡単ではありません。

A君は前進しました。
「誰かのために、笑いたくない時にもにこにこしたり、やりたくないことをするのはもういやだ!」という健全な気づきを持ち始めたのです。
これまでは、不快なことを感じる力が弱まっていたため、本来はやりたくないことでも、望まれたことをやり続けました。

しかし、少なくとも今は、自分にとっていやなことから距離を持てています。
「何がいやか」を感じ取る力が回復してくると、「何が好きか」「何が心地良いことか」を感じる力も大きくなります。
A君は今、このプロセスの途中にいるのであって、「いやなもの」「好みではないもの」に気付くこと自体が、「好きなもの」「近づきたいもの」を感知する手段となります。

A君は、「親友を見つけたい。でも、がんばってみて、傷ついて失敗に終わるのはいやだ」、とお母さんに話すことがあるそうです。
八方塞がりに感じられるA君の心細さに触れると、お母さんもがっくりするようです。

たとえ、勇気を出して相手に近づき、「気が合わない」「一緒にいて何だか落ち着かない」と感じたとしても、それは「親友作りに失敗した」のではなく、「自分自身のことがより分かった」ということなのです。
子供が、うまくやれなかったことを自ら「失敗」と捉える時、停滞もしくは後退しているように見える子どもの心の中に、実は前進している姿を見出すのは、親が子どもを支援していく上で、大きな鍵となるでしょう。

「誰かと心を通わせ、深い思いでつながり、信用しあうって私も憧れている。そのためには、お互いが自分自身の感情に触れているって、とても大切なんだ。自分が感じることを鈍くしていたら、相手の感情に近づいたり触れたりすることができないから。いろんな人との出会いの中で、うまくいかないなあ、と残念に思うこともあるけれど、自分がどんなふうに感じるかを受け止めていけたらいいね。うまくいくこともいかないことも、自分のことを知る、という意味ではどちらも貴重な経験だし、その時に伝えきれなかったり、もう一度相手の気持ちを確かめたいと思う時は後になってからでも遅いということはないんだ。」
と伝えることは、子どもの挑戦をより力強く支援するでしょう。

予め設定したものに、常に自分自身を合わせて生きようとすると、当てはまらない自分の一部が、あってはいけない存在になりやすい。
「自分自身であることを恐がらなくていいんだよ」、と子どもの時に誰かが言ってくれるなら、人生の早い時期に、「自分らしくていいのだ」という思いを受け入れられるのかもしれない。
自分の感覚とつながりを保つ人間は、溢れるばかりの物や人との出会いの中に、自分にとってキラリと光る輝きを感じ取っているように思われます。