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ニュースレター(機関紙)

子どもと大人のメンタルヘルス(5)メール相談の事例紹介
NL05090103
メンタルヘルス


メール相談の事例紹介


小児精神科医
沼畑玲子


メールで子育てについてご相談される方がいらっしゃいました。今回は、このニュースレターの場で、ご相談に対する私なりの返答をさせていただくことにします。本文はプライバシーの保護のため、一部変更しております。

* 中学3年生の女の子、Aさんについて、お母さんからのご相談です。
ご両親とAさん、3人のご家族が、父親の海外赴任に伴い、2年前から海外生活を始めました。任期は、Aさんが中学校に入学し卒業するまでの丸3年の予定です。ご両親は、Aさんの高校受験を考慮し、本人が父方の祖父母のもとに残って、日本の中学に通いたいか、それともご両親と一緒に海外で暮らしたいかを選ばせたところ、Aさんはご両親と共に海外で生活することを選択しました。

Aさんは、幼少期から親の手を借りずに何でも自分でやる、マイペースなお子さんでした。一人っ子で兄弟がいないため、一人でも逞しく生きていけるように、ご両親はAさんを甘やかさず、何でも自分の力でやり遂げることを奨励してきたようです。Aさんはもともと、親しい友人をつくるまで時間がかかることから、ご両親は、Aさんが日本人学校になじんでいけるのか不安でした。海外での生活が始まるとAさんは口数が減ったものの、学校に行きたがらない様子はみられず、成績も上位だったため、ご両親は安心していました。

しかし、半年程前に、Aさんの様子が変わり始めます。表情が明るくなり、楽しそうに学校に行くようになりました。その頃から成績が下がります。ご両親がAさんを問い詰めたところ、ボーイフレンドができたことがわかりました。高校受験を控える今、ご両親はそのボーイフレンドがAさんに良い影響を及ぼしていないと思いました。おつきあいをやめるよう、Aさんに言い続けているのですが、Aさんは拒絶しています。近頃、Aさんの帰宅が遅く、成績は下がったままで、部屋も散らかり放題、とだらしがなくなりました。ご両親はAさんに、彼とのおつきあいをやめるように迫り、また規則正しい生活をさせることに奮闘していますが、Aさんは、ご両親のかかわりに対して反抗しています。日に日に、Aさんの親への態度は頑なになっています。

Aさんに、「元のしっかりした子どもに戻って」、と働きかければ拒絶され、何もしなければ、Aさんが「一生だらしのない人間になってしまう」、という不安に駆りたてられたお母さんからのご相談です。
 

1. Aさんに何が起こっているのか
 Aさんの変化を整理します。
・ もともと親に頼らず、自分のことは自分でやるしっかりした子どもだった。
・ 幼少期から自立することを、親は重要視してきた。
・ 「日本を離れ海外で生活すること」を、自分が選択するという形になった。
・ 海外生活が始まり元気がなかったが、大きな変化はみられなかった。
・ 半年前に彼ができ明るくなったが、成績が下がった。
・ 親に、彼とのつきあいをやめるよう説得され続けている。
・ 勉強、片付け等をしなくなった。
・ 親が叱責する度、Aさんは反抗的になっている。

Aさんは、幼少期から手のかからないお子さんだったことが窺えます。本来、子どもは親に甘えることが大好きですから、Aさんは何らかの影響を受けて、「自立するのは良いことだ」と感じる場面を経験してきたのでしょう。事実、お母さんは、一人っ子のAさんを逞しく生きていけるように、甘えさせないように育ててきた、と認識しています。親が、本人が物事を選択し、その結果にも責任が持てるよう教育する中で、Aさんの自立は促されました。そして、信頼感があるからこそ、親は大切なこともAさんに決めさせてきたのだと思います。しかし、Aさんのしっかり者の性質は、「自立することが奨励されている」という理解に留まらず、「たとえ困っていても人に頼らない」という極端な状態に導かれたことが考えられます。

小学校卒業を前にしてAさんは、中学校生活を日本で送るか、それとも家族と共に海外で過ごすかを自ら決めることになりました。「自立している」Aさんは、誰かに相談することなく自分で選択します。自分で選択した海外生活なので、学校での人間関係にうまく対処できなくて困ったり、海外での初めての経験に不安だったことを、言葉にして親に伝えるのは、Aさんにとってこれまで以上にハードルが高かっただろうと想像します。

半年前に彼ができました。この彼は、これまでAさんがマイペースの影に押しやってきた、孤独感やさみしさに触れたのではないでしょうか。Aさんがいきいきとした表情になったことが、彼との関係を表しています。心細さを表出して、それを受け入れられた、という新しい感覚を経験し、安心感を持ったのかもしれません。この心地よさを否定する親に対し、結果として、「助けて」と言えなかった構造への憤りが、今、Aさんから噴出しています。

2. 言葉以外のメッセージからの支配
 子どもをしつける際のメッセージには、「勉強しなさい」、「公衆の場では静かにしなさい」、「嘘をついてはならない」、「残さず全部食べなさい」、「部屋をきれいにしなさい」、「兄弟と仲良くしなさい」等、様々なものがあります。メッセージを受け取る子どもは、「~すること(~しないこと)が大切なのだ」という内容を文字通り学びます。それに加えて、親がその言葉をどのような脈略を持って伝えているのか、についても学習します。

「親である私が要求したことに、あなたは素直に従わなくてはならない」という脈略が親子の関係にあるとします。事実、躾にはこの脈略が必要です。この「~しなさい」というメッセージは子どもの中で、「親の命令に従わなくてはならない」という脈略とワンセットにまとめられます。「~をしなさい」に反する行為は、自動的に「親の命令に背く子どもである」ことと等しくなってしまうので、親を満足させたい子どもは、「~しなさい」に従います。親は教えに従う子どもに対し、「それでいいのだよ」と、子どもの行動が正しいことを評価します。「偉いね。」と褒めたり、機嫌がよくなったり、お小遣いをあげる、ゲームを買ってあげる等の報酬を与えることで、子どもが親に忠実であることを奨励します。

しかし、子どもが成長し活動範囲が広がってくると、自分の家庭では許されないことが、友人の家庭では許可されていることを知ったり、親が禁止することにも興味を抱き始めます。「親の要求にいつも従う」、という方針に無理が生じてくるのです。親の要求に従わないと、親との間に衝突が生まれます。この「反抗期」と呼ばれる自我の目覚めの中で、子どもはこれまで従順に受け入れてきた、「親の要求に素直に従う」という前提を拒絶します。

言葉が利用される脈略、ここでは「私は命令する人。あなたはそれに従う人」が、親から子へのメッセージとして広く機能している場合、この状態に置かれた子供は親を怒らせない、「よい子」として育ちます。彼らが「いつも親の命令に従うこと」を放棄する時、その受け入れてきた脈略とセットになっている「~しなければならない」行為もしなくなります。その行為をすることで、脈略を受け入れる、という形式をとってきたからです。彼らは、「~しない」ことが自分にとってよいとは思えないのですが、元の脈略を持った親との関係に再び組み込まれないよう、精一杯、親の支配から距離をとろうとしているのです。

子どもが真の「自分らしさ」を追及する道のりは、子どもにとっても、親にとっても大きな試練です。親は、前とは随分違う子どもを目の前にし、「うちの子どもは、いったいどうなってしまうのだろう」、と不安になるものです。

子どもは、「私らしいって、どんなことを言うのだろう。それがわかった時に、親は新しい自分を受け入れてくれるだろうか」、という恐怖を感じています。学校に行けない、親に乱暴な口をきく、奇抜な格好をしてみる等、新しい自分を試みながら、子供たちは遠回りをしたり、立ち止まったりして、自分らしさを探求します。

私たち大人は、子どもに一番よい、と信じるやり方で対応しますが、それによって、子どもの大変さが改善されなかったのなら、その方法は今は有効ではないのです。新しい世界へ進みだす子どもの勇気を称え、その挑戦をじっくりと見守る覚悟を持ち、子どもが自分自身の力を信じることを支えていかなくてはなりません。時には、何も言わずに「待つ」ことも大切なのです。「何も言わない」と表現すると、多くの親が、「ただ放っておくだけでいいのですか」と聞き返します。「何も言わずに見守る」のは、「無関心に子どもを放置すること」と異なります。

いくつかの試みの後で、親しみある元々の性質に落ち着く子どもは多いものです。Aさんも、ご両親の大きな影響下にいた「しっかり者の私」から離れ、「自分らしさ」を模索する過程で、慣れ親しんだ「しっかり者である自分」に、これまでとは違う感覚で、近寄りたくなるかもしれません。「困難を感じることなく、誰にも頼らず、物事をうまく進められる私」から「困った時は、信頼できる人に助けられながら、物事をうまく進めていく私」に成熟するチャンスが到来しました。親は「以前の子どもに戻って欲しい」、と願うのですが、「以前の自分に戻りたい」、と子どもが願うとは限らないのです。