• ホーム
  • 基金について
  • 海外医療情報
  • お勧めリンク集
  • よくある質問

ホーム > 海外医療情報 > ニュースレター(機関紙)

ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(33) 海外赴任者のストレス~外国人居住者として「空気のような私」
NL05080102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

海外赴任者のストレス~外国人居住者として「空気のような私」


シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

日本から父親の赴任に伴って来星した中学生の女子T子さんが、インターナショナルスクールに編入しました。1年半は、英語に慣れるのが必死で、頭は飽和状態。家で、母親に八つ当たりが見られたりしましたが、登校を渋ることはありませんでした。ところが、言語の問題が解消し、ほっと安心した頃からでしょうか、週に1~2日学校に通えない日が出てきたのです。

当初は、「この1年半頑張ってきた疲労かな~?」と家族も甘く考えていましたが、登校できない日が続くにつれ、一体この子に何が生じているのか?心配するようになり、親子で心療内科の外来に訪れました。

外来受診時は、T子さんは高校1年生。ちょっと大人びた印象の口数の少ない女の子でした。登校に気後れが生じる色々な原因を彼女は説明してくれましたが、最も印象的であったのは、「先生、英語はそこそこ理解できるようになったけど、今の学校で自分は何をしていても他人の目に映っていないのかもしれない・・・と思う。学校に登校してもしていなくても、どっちでもみんなには同じかな。」「私は、今の学校では、空気みたいな存在なんです。時々、『おはよう』と言っても返事されなかったりもして・・・」

1年半も自分の存在が認識されずに過ぎると言うことは、どのような感覚であろう。シンガポールでは、外国人居住者に対する過度な差別や疎外感を強く感じることはほとんどない。そういった意味では、非常に恵まれた環境にあるが、この子が表現した「私の存在は空気みたい」という感覚は、私自身も感じてきた経験がある。
「どうぞご自由に。干渉はしないけど、私とあなたに深い関わりもありません。」

専業主婦のWさんも、同じ心理葛藤を持っている。今までも、転勤族で国内を転々としてきたがこんな気持ちは初めてである。積極的ではないが、穏やかで誰からも好かれるタイプのWさん。転勤した先でも、少々時間は掛かるがご近所と上手なお付き合いを繰り返してきていた。

ところが、シンガポールは勝手が異なる。「私は、英語が出来ないから・・・」と思っていたWさんだが、実は問題は言語ではない。

文化の壁とも少し違う、この不思議なバリヤーを解く鍵はどこにあるのだろうか?私自身、この問題を解く鍵を一時は手の中に持っていたが、現在はすっかり消失中。

一つだけ言える事は、「自分で積極的に『鍵』を探しに行かないと、自然にはなかなか転がり込んでは来ない」と言うことであろう。積極的に自ら人間関係を広げてゆけない人は、鍵の掛かった小さな空間で生活してゆくしかない。

専業主婦のAさんも同じ壁でつまずいてしまった。夫の赴任に伴い、自分自身は仕事を退職して来星したが、子供のいないAさんは長時間の一人生活を持て余し、自律神経失調症になってしまった。

遂に日本からお母さんが来星し、2ヶ月間看病をしてくれることになった。最初「どうして、こんな恵まれた環境にいて、この子は体調を崩したのだろう?」と訝しがっていたお母さんだが、2ヶ月たって日本に戻る時に、Aさんにこんな感想を伝えてくれた。「これは、大変な生活だね。素敵な家だけど、2ヶ月間1度も玄関ベルは鳴らないし、電話もろくろく掛かってこない。その上、家族も長期出張や夜中の帰宅じゃ、苦しいね・・・。」

最終的に「自分の鍵」を見つけ、シンガポールで充実感を感じる人は少なくないが、海外赴任中の最後までそれが見つからない人や見つけることを放棄してしまう人も見受けられる。見つけた鍵で外に飛び出しても、そこで別のトラブルに巻き込まれてしまう人もある。心療内科では、『鍵』を見つける応援は出来る。実際にその鍵を拾って行動するかは、患者さん自身の力に掛かっている。