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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(20)「海外赴任者のストレス~帰国への不安1」
NL04070102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

最近の研究では、「赴任終了後、本国で赴任者が再適応する過程」も重要な研究対象となっているようである。シンガポールの診療所では、もちろん、帰国後の経過をすべて把握できるわけではない。しかし、数人の患者さんは、帰国後も経過報告を続けていてくれて、とても重要なメッセージを発信してくれている。

夫の海外駐在に伴って、シンガポールに5年在住していたBさん。Bさんは、30歳代主婦で、シンガポール生活は「どうも水が合わず」、体調不良を長い間自覚していた。海外での子育て・ご近所との人間関係には数々の苦労があり、「人と接するのが億劫」になり最低限の用事でしか外出しなくなっていた。このような状態が3年も続き、自分でも「こんな生活は子供たちに良くない」と一大決心し、2年前に心療内科を受診。うつ状態と診断され、内服・カウンセリングを行っていった。

Bさんは、まじめで完璧主義。子供を抱えての家事も人付き合いもすべて、まじめになりすぎてしまっていた。軽く受け流せば楽な冗談も真剣に受け止めて、傷つき疲れていたようである。こんなことをカウンセリングで話しながら、ゆっくりと改善に向かっていたBさんに転機が訪れた。待ちに待った「日本帰国」の辞令が出され、Bさんは「これで自分を取り戻せる」と大きな期待を抱いて、症状も自分への自信もみるみる回復していった。

治療していた私も、これで病気が良い方向に向かうかも・・・と期待を抱いていたのも事実である。「日本に戻れば、実家も近いし甘えられる。英語を話さなくても、自分ひとりで友人を作れるだろう」意気揚々と帰国したBさんから、SOSの電話が入ったのは、それから2カ月後であった。
「どうも、張り切りすぎたようで疲れが取れない」「5年留守にした間に、いろいろと変化があって・・・眠れない。」とうつ状態の再燃を疑われる状態となっていた。

Bさんや治療していた私までもが描いた「日本」「日本での生活」とは何だったのだろうか。英語を話せなくても、自分を受け入れて認め、支えてくれる、そしてピンチの時には、親戚や古い友人に甘えても許される「最高の逃げ場」のように感じていたかもしれない。あたかも「海外赴任先の試練の場から、解放される」そんなイメージだった。確かに、海外赴任地では適応するまでに非常な苦労と自分の努力が必要となるが、Bさんの場合、試練を生み出した原因は、実はBさん自身のまじめすぎる性格や完璧主義にあった。Bさんの心の中にある「試練の場」は、シンガポールにいても日本にいても変わらなかったのである。

もっともっと治療が進展し、Bさんが自分の中の弱点を認識し、シンガポール生活を楽しむために、何か一工夫でもできるようになっていたら、結果は違っていただろう。

シンガポールの心療内科の外来では、「海外生活」「日本での生活」に対して、同じように、非常に肯定的な心的イメージを抱いて、帰国を心待ちにしている方々に多く出会う。海外での生活が大きなストレスを伴うものだと十分に理解した上で、患者さん自ら作り出した心理的壁や自分が傷つかないように作り出した不適切な適応方法、自己防衛方法の改善にも目を向けあわなければ本当の治療とは言えないであろう。
しかし、本国と遠くはなれた地で治療にあたる私自身にも、「帰国に対する過剰な期待」が無いといったら、ウソになる。自分の正直な気持ちと患者さんの気持ち、そして現実の問題解決のバランスを大切にしたい。