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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(18)「海外赴任者のストレス~怒らないKさんと失感情症」
NL04050102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

心療内科の外来にKさんが初めて診察にいらしたのは、3年前であった。Kさんは、30歳代後半の男性で、「いや、僕がここに来るべきか迷ったんですが・・・」と話し始めた。Kさんは、強い頭痛と肩こり、時にこれらの症状から派生してめまい・吐き気を自覚するとのことであった。内科・整形外科・耳鼻科・鍼治療・漢方薬の内服などいろいろと試してきたものの、はっきりとした異常が見つからず、いろいろな薬でも改善は得られなかった。そこで、「ストレスと関係しているかも?」と心療内科受診に到ったようである。

「気分が落ち込んだり、イライラすることはありませんか?」との問いにも、「いや別に…。仕事は、日本に居たとき以上に良い環境でやらせてもらっているし、家族にも大きな問題はありません。」というお返事であった。仕事の仲間とも人間関係が良好で、運動好きのKさんには、仲間とするゴルフが一番のストレス発散であった。ここまでの問診で、Kさんの病気を特定する手がかりは無し。ところが最後に「僕、ストレスって全くないです。」とKさん。
「これだ!」という感触があった。

Kさんは、気分が非常に安定した方で「激しく怒る」「イライラを他人にぶつける」ことをしてきたことがなかった。「怒っても何もなりませんからね」とKさん。どんなときも、自分の感情をコントロールすることが出来、人間関係のトラブルが一切なし。その点で、会社でも一定の評価を得ていた。家庭には仕事を持ち込みたくないと、「妻には愚痴を一切言わない」と強い信念を持たれていた。
「まあ、ああいうお客さんもいるから…」「まあ、上司が怒っていることも一応は理にかなっているし…」怒りをかわし続けるKさんは、いつの間にか「自分が激しく怒っていること」を感じなくなっていた。
失感情症という病態である。

Kさんのように、どんなに穏やかで優れた人格であっても、やはり人間には「喜怒哀楽」がある。そして、この感情が自由に表現できる場があってこそ、ストレスを受けながらも、自然と受け流してゆけるのであろう。
自分の「喜怒哀楽」をコントロールすることで、「すべてのストレスと上手に付き合っているように見えたKさん」であったが、それではKさんの本当の内なる心が納得していなかったようである。

Kさんの症状は、現在の問題点を口に出して表現すること・怒りを表現する練習をすること・少量の内服療法で、数カ月後には改善に向かった。が、決して完治ではない。Kさんの中には、「怒りを口に出すこと」への強い罪悪感・そして怒りを表現して対人関係が崩れてしまうことへの強い恐怖感が潜んでいる。本当は、そこまで問題を明らかに出来れば、完治も考えられるであろう。