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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(17)「海外駐在者のストレス~親の介護」
NL04040102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

海外赴任を引き受けたときには、「よし、なんとか新天地でも頑張ろう」と気分を新たにされる方も多いであろう。家族が元気なときには、自分のプライベートはさておき、仕事優先で没頭することも可能である。しかし、海外赴任者の年齢が上がり、「親の介護の問題」と「仕事~海外駐在」という問題の狭間に立たされる場合には、日本から遠く離れた勤務先が大きな障害と感じられてしまうこともある。家族が重大な疾患に罹患し、介護が必要になった時、公私の間で、日本と海外という距離で、どのようにバランスを取るべきであろうか?

40代前半のWさんは、海外駐在の経験が数回あり、今回のシンガポール赴任も快諾した。ところが、辞令を受けた直後、父親がすい臓がんと診断され、しかもかなり進行しているようであると告げられた。一人っ子のWさんは、リウマチのお母さんにすべてを任せてシンガポールに旅立つことに強い罪悪感を覚えていた。一方、会社では着々と引継ぎが進んでいて、今になってこのプロセスを止めることは非常に難しいと感じられた。

Wさんは、シンガポールに赴任直後から、電話の音に非常に敏感になり、動悸や不安感を覚えるようになってしまった。症状は、最初のうちは自宅でリラックスしている夜間や休日の電話に反応して現れ、会社にいるときには出現しなかった。しかし、会社でも緊張の日々が続き、仕事でのトラブルも抱え、次第に症状が1日中出現するようになってしまった。

「こんなことは、はじめてですね。」「仕事が忙しすぎますかね…」とさらりというWさん。じっくり話を聴くと「実は、自分はおばあちゃん子。3世代同居でかわいがってもらいました。若い世代が親の面倒を見るのが当たり前と思っていた。自分は、今大事な役割を果たせていない。」「すまないと思っている。」
Wさんの中の強い罪悪感が伝わってきました。

結局、Wさんは上司・会社と相談し、定期的に数日間のお休みをもらい週末と合わせて、短期一時帰国を繰り返すことになりました。最初は、同僚や会社に申し訳ないと感じられたそうですが、Wさんの帰国がパターン化されると思いのほかスムーズに進んでいます。また、会社のスタッフに父親の状況を共感して見守る雰囲気ができ、Wさんは周囲に感謝しながら、前を向けるようになって来ました。
「当初は、どうしてシンガポールに赴任になってしまったのだろう?とすごく後ろ向きでしたが、今はシンガポールでよかったと思えるようになりました。」
「もっと、遠い赴任地だったらこんなに頻繁に帰れませんからね。」
「ここにいるときには、仕事を頑張りたい。後悔したくないですからね。」

海外で「よい仕事」をするためには、赴任と同時期に赴任者がプライベートに特に大きな問題を抱えていないということが非常に大切である。会社や新しい環境に適応することに大きなエネルギーを割かれるこの時期に、プライベートでも解決の難しい問題を抱えると脳細胞が休む時間がなくなってしまい、緊張感が続いたり意欲が出なくなってしまったりする。

そしてもう一つ。親の介護の問題を、真正面から取り組まず、海外にいること・仕事の多忙を理由にないがしろにしすぎたために、後で非常に強い後悔・自責の念に駆られてしまったケースをここシンガポールで数例経験した。「海外にいる」という物理的ハンデを乗り越えて、「自分は自分なりの介護をやっている」という肯定的な気持ちでこの問題に取り組めるかどうかは、今後の自分自身の人生に後悔を残さないという意味でも重要である。

家族の非常事態のとき、どこにバランスをおくべきか、また、孤立しがちな海外赴任では会社内でどの程度プライベートな情報を共有できるかも大切な解決ポイントである。