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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(16)「海外駐在者のストレス~駐在者本人」
NL04030102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子


「望まぬ海外赴任」のケース

シンガポール日本人会診療所心療内科の受診者で、成人男性の割合は20%くらいである。このうち、駐在派遣者の方は、約半数。駐在派遣者数の総数から考えると、決して多い受診者数ではない。
海外生活において、成人男性は精神的に健康か?といわれれば非常に難しい問題となるが、「海外生活での役割と目的が明確にある」という点で、数年の海外滞在を意味深く過ごしやすいと言える。「会社の一員としてこの駐在はこんな位置付けにあり、今回は自分にはこんな役割が期待されている」と知ることにより、目の前の目標に向けて走り易いということはあるであろう。
ところが、一方で「どうして自分がこの駐在に指名されたのか?」辞令を受けたときからずっとしっくりこないまま、拒絶感を引きずり続ける場合もある。

Aさんは、
海外勤務の希望は全く無く会社に勤務していた。最近、会社の各部門が海外進出を果たす中、今までの会社方針から「自分には絶対海外勤務は無い」と漠然と思い込んでいた。ところが、ある日、シンガポール駐在内定者が急病になり急遽辞退。次に打診された方が、家族の看病などを理由に辞退。どう言う訳か、自分が指名されてしまった。
勤務地はシンガポール近隣の島で、家族はシンガポールに滞在し、Aさんが毎週末シンガポールに戻るというやや不規則な勤務形態であった。Aさんに向けられた上司の期待の言葉・周囲の声援などに後押しされて、ついに打診に「はい」と答えてしまったAさんであった。
初めての海外生活、単身赴任状態の平日、多くの部下に英語で接する日々、これらがAさんに重くのしかかった。「仕方ない」「会社なんかこんなものだ」「みんな、同じ状況だよ」自分をなんとか納得させようといろいろと考えてみてみた。だけど、「どうして、自分が?」と、何故かしこりが残ってしまう。しっかり断れなかった自分にもふがいなさを感じ続けていた。現地人従業員に十分に指示が通じなかったり、交渉が進展しなかったりと、何かあるごとに「何で俺なんかが?」と自分を責める気持ちが高まり、最終的には軽度の抑うつ状態に落ち込んでしまった。

Bさんの場合はこうであった。
上司から「ヨーロッパ赴任」の内定を受けていた。これは、本人の以前からの希望であり、また、昇進も望める内定であったためBさんは「いよいよだな」と、やる気十分であった。ところが、赴任直前になって、自分の後輩が大抜擢でヨーロッパ赴任に決定。Bさんは、シンガポール赴任の辞令を受けた。「どうして?」「何が原因だったのか?」「なんでこうなった?」決定が不透明に行われたこと、そして、Bさんに十分に納得できる理由が見つからなかったことなど、気持ちが踏ん切れる状況がなかなか整わなかった。「とにかくシンガポール生活を楽しもう」と必死で前を見るBさんであったが、数ヶ月に渡る食欲低下・腹痛に数ヶ月悩まされて、心療内科受診となった。

Cさんは、
海外赴任を各国経験した国際畑の人であった。50歳台になり、そろそろ日本に呼び戻されそうと感じていたある日、日本帰国の辞令。次の勤務地は日本国内、しかし自分の予想に大きく反した役職・勤務地であった。「どうして?」「こんなに頑張ってきたのに・・俺はあそこに行かなくてはならないのか?」「どこまでやればいいの?」Cさんは切羽詰まってしまった。当初はものすごい怒りとイライラが見られ、自分の納まらない感情をぶつけるかのように、人事担当者に食って掛かるような交渉をし、事態は更に悪化。Cさんの立場を理解するという建前のもと、降格人事を押し付けられてしまった。この状態が3週間続いた後、後悔・自己嫌悪の波に飲まれたCさん。「自分はなんて事を言ってしまったのだろう」「日本に戻って更に居心地が悪くなるのでは?」「最初の条件のほうがずっと良かったのかも?」「自分は日本でやれるのだろうか?」こんな感情が渦を巻き、不眠・食欲低下・意欲の低下が持続した。

以上3例で取り上げたケースに共通するのは、こういう状態になりやすい素地が既に形成されている事である。例えば、
・自分自身の人事に付いて常に受け身で受認してきた事。
・上司との日ごろのコミュニケ-ションの不足や人間関係のもつれや、信頼関係の希薄さなど。
・細かい状況が適当に耳打ちされる関係から自分だけが外れているように感じているときなどには不信感が沸きやすい。
・また、自分の努力を全く評価されない、と思っている。
・あるいは足を引っ張られている、と思っている状況が続くこと。
これ等の状況があると、自分に関する大事な決定が下ったときに、それを受容する過程を、長期化させるようである。

人は、成長するほどに、時間の観念に広がりが出てくる。成人した人では、10年単位で人生を設計し、先を見通した行動も可能になる。予測・予見が出来る状態ほど、人間はストレスに強くなれる。こんなことから考えるに、「どうして自分が?」と赴任者が感じるような人事は避けたほうが良いであろう。又、人事異動を説明する人はその説明に「ごまかし」の要素が入っていないか注意すべきである。十分な赴任理由・役割・大まかな赴任期間など情報がきちんと伝えられて、本人が人生設計を立てられるように配慮することが重要である。