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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(15)「海外赴任者のストレス~うつ 2 出産」
NL04020102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子


シンガポールでは、20歳台後半から30歳台の小さな子供を連れた赴任家族のお母さんによく会う。筆者が同年代で、行動パターンがある程度似ているということもあるが、この年代の赴任家族は少なくない。

赤ちゃんが生まれ家族に加わるということは、非常に嬉しいことであるけれども、一方で、家族全員にとって非常に大きな変化でもある。海外でこの瞬間を迎えても、みんな幸せでいて欲しいものである。

実際には、簡単なことではないのが現状で、小さいお子さんを抱えたお父さん・お母さんが心身共に体調を崩すことがよくある。考えてみれば、当然である。実家からの自立・結婚・転居・初めての海外赴任・新しい職場や新しい役割への適応。これだけでも十分大変である。女性の場合は、これに「夫の転勤に伴って、長く勤めた会社を退職」という喪失体験が加わっていることもある。
こんな状況の変化が、1~2年の間に急速に生じた上に、赤ちゃん誕生が加わったら・・・・

Hさんは20歳代後半の女性で、2002年に職場結婚。職場では、夫婦共通の仲間も多く、忙しくもあったが充実した生活を送っていた。2003年初め、夫のかねてからの希望によりシンガポール赴任が決定。シンガポール赴任と共にHさんは退職。数ヶ月前にやっと落ち着いた家から引っ越しの荷物を出すことになった。「シンガポールでは子づくりだね・・」などと友人同士、冗談のように話しながら、出発となった。シンガポール生活がスタートし、「月経が遅れている」ことに気付いて産婦人科に行くと、妊娠3ヶ月と判明。周囲のみんなは、大変喜んでくれて、本人も出産準備に追われ、忙しい日々を過ごしていた。子供が生まれ、最初の1ヶ月間は、日本から実母・義母が手伝いに来てバタバタとしていた。

この騒ぎも収まり、ご主人も安心して仕事に専念するようになった頃、Hさんに異変が現れてきていた。「自分はこれでいいのかな?」「なんだか子供のために一日家にいることが息苦しい。」帰宅する夫にはイライラをぶつけ、日本に電話をすると思いの外長電話になってしまう。そして、また夫と余分な口論をしてしまう。「何でこうなったのか?」冷静に自分でも考えてみる。「順調だったのに・・」「他のお母さんが普通に出来ることが、なんで自分に出来ないの?」「自分だけが劣っている感じがする。」「夫は、仕事は大変だと言うけれど、毎日出社してゆける夫が羨ましい。」

社会人として、そして、新婚の出産を控えた奥さんとして活動的に過ごしてきたHさんの「急停止」。赤ちゃんが誕生して、自分の行動範囲が急速に狭まる体験はHさんに、大きな閉塞感をもたらした。そして、気軽な気晴らしの出来る友人や親戚が多くない海外生活で、Hさんの期待と不満は全てご主人に向けられ、最も大切な二人の関係に大きな溝を作ってしまった様であった。

Hさんもご主人も、元来聡明な成人であり、適切な治療により症状や関係が回復する可能性は高い。最も心配なのは、赤ちゃんである。

赤ちゃんが「ね、ママ。」と思って見上げたら、お母さんが暗く哀しい顔をしていたり、「パパ、ママ。」と近づいていったら二人とも怖い顔をしていたら・・・。赤ちゃんはびっくりし、どんなに不安に思うことであろう。赤ちゃんが最初に出会う世界が、「イライラ」「むなしさ」「不安」「悲しみ」「怒り」の世界ではないことを祈りたい。

「新婚生活は幸せなはず」「海外赴任はみんなの憧れ」。そこに赤ちゃん誕生が加われば、「絵に描いたような幸せ」である。そのはずなのに、自分はちっとも楽しめない、子供は可愛いのに「他のお母さんのように優しくしてあげられない」イライラして夫婦でぶつかってしまう。海外生活の中で、このことに悩んでいるお母さんは少なくなく、非常に心配している。また、日本人同士近くて遠い人間関係でもあり、トラブルを避けて周囲が介入しづらかったり、逆に周囲が関わったことで、問題が非常に大きくなり収集が付かなくなっているケースもある。

海外赴任にでたことが、子供達の苦労になってしまっては、将来きっと後悔してしまうであろう。両親が心身共に健康で、親から自己に伝えられた十分な愛情を子供に注げる様でありたい。