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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(14)「海外赴任者のストレス~不定愁訴」
NL04010102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

頸が張って頭痛になる、肩こりがひどい、眼が疲れやすく前頭部が痛い、めまい、腰が痛い、病気は完治したと言われるが慢性的な痛みが残っている。「からだの何処かが慢性的に不調で快適な状態とはいえない」「こんな状態が半年以上も続いている」「内科や整形外科を受診したけれども、異常なしといわれた」この様に患者さんには、はっきりとした自覚症状があるけれども気質的異常が見当たらないため、「この症状はストレスが原因かもしれない」と心療内科受診を勧められて外来にみえるケースが増加してきている。
これは、実に難しい。心療内科医としては慎重に対応しなければならないし、実力を試されるケースでもある。
この様な症例の中には、背景に、「軽症のうつ状態」が潜んでいて、少量の抗うつ剤で劇的に身体症状が改善する場合もある。一方で、治療を開始したことで症状の複雑化・身体症状への一層の固執を招いてしまうケースもある。

症例:45歳・女性・既婚で子供なし。夫の海外赴任に伴い、日本での職場を退職し、2002年12月に来星。赴任当初は、「自由を満喫し、海外でしか出来ない経験をしよう」と前向きであったが、シンガポールの気候や強い冷房が体に合わず、風邪・軽度の気管支炎を頻回に繰り返し体調不良の連続であった。2003年7月には肺炎で入院。
夫の仕事が想像以上に多忙になってしまったこと・自己の体調不良の連続で、「シンガポールに来てから何かすっきりしない。ここは、私に全く合わない場所だ。」と強く感じるようになっていった。肺炎後からはめまい・頭痛が頻回に出現し、耳鼻科・脳神経科を受診したが、「異常なし」と言われ、心療内科受診を勧められた。
「はっきりと診断が決まってくれた方が安心したかも・・・」「他の医者にストレスが原因といわれても、心療内科に受診するのは抵抗があった」受診時には「仮面うつ病」が疑われ、その後、抗うつ剤を内服していただき、症状は徐々に回復にむかっている。

この女性は、めまいが著しく「家事が自分の思った40%程しか出来ない」状態であったため、治療開始に大きな心理的抵抗はなかった。しかし、治療者が信頼関係構築に自信を持ったのは、「薬が効いている」と患者さんが自覚できるようになった頃である。
症状が、一つの器官の異常としてはっきりと説明出来ないため、患者さんも「自分に心療内科受診が本当に必要なのか」非常に疑心暗鬼である。患者さんにとっても、薬が効いて始めて「この治療は役立つかもしれない」と治療に前向きになれるのであろう。

症例:50歳代男性・管理職
肩こり・頚部から後頭部の頭痛・両眼周囲の眼痛・就寝時の後頭部ほてり感・疲労感がシンガポール赴任後から出現しており、ここ3年ほど続いている。シンガポールに来て、英文メールの数も非常に多く、英文書類の処理にも多くの時間を割かなくてはならなかった。一方、老眼も進み、患者さん自身は眼精疲労と運動不足を疑っていた。
運動や眼の休養など自己努力も行ったが、一向に改善なく、内科受診・眼科受診・整形外科受診にても症状を説明できる異常は認められなかった。担当医からは「ストレスの可能性があります。症状がひどくなるようなら、心療内科受診も考えてみてください」と言われてきていたが、症状は横ばいで、ひどくなることも良くなることもなく、3年が経ってしまった。
奥さんの更年期障害の相談に外来に付き添い受診し、話がご主人の健康状態に及んだとき、以上のような状況が初めて明らかになった。

心療内科医としては、この患者さんを診察してゆけば、何らかの、自律神経バランスの異常や脳内ホルモンバランスの異常、現在の職場のストレスや家族間の葛藤など複雑な背景が見えてくる可能性もある。しかし、患者さんが望まないのに、こちらの判断だけで治療を進めても治療は決して成功しない。「症状の背景にこういう可能性が考えられます。」「もし、様子をみて症状が変化するようでしたら寄ってください」と、宙ぶらりんの様な状態で患者さんが治療を本当に希望する時期まで「待つ」ことも非常に多い。

実際に、どのケースには、どの選択肢を選ぶのか非常に難しい。
心療内科は、精神科と内科の間を埋める分野だと評されることがある。しかし、現場では、内科と心療内科の狭間で「宙ぶらりん」になってしまう患者さんも少なくない。患者さんの症状を、白とも黒とも識別せず、「何かあったらここにいますよ」というサインを出して、大きく患者さんを抱えることも海外の一心療内科医としては重要な役割と考えている。