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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(13)「海外赴任者のストレス~うつ 1」
NL03120102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

 シンガポール日本人会診療所心療内科を訪れる患者さんの半数近くが、うつ・うつ状態と診断される。シンガポールに来て初めてこの様な状態を経験する人・ずっと以前に経験し、長い間症状が落ち着いていたのに再燃してしまった人・以前から症状をもったままシンガポールに駐在になった方など発症の形態は様々である。
社会人の中には、「僕(私)は絶対にこういう病気にならないと思っていたんだけど …」と当人が自分の明るい性格に一番自信を持っていたのに、とガッカリされるケースもある。以前には、性格的傾向と疾患を結びつける発想もあったが、現在では、どの様な性格の人でもうつ状態の発症はあり得るのである。

 2003年11月の心療内科の初診受付には、2003年7~8月頃来星された方の受診希望が多かった。SARSの影響でこの時期に来星された方の人数も増加していたのかもしれないが、新しい赴任地で3~6カ月頑張った頃、著しい気分の変化や意欲の減退、目的の消失・自信の消失から日常的活動を脅かすほどの倦怠感を感じるケースは少なくない。

(症例)Oさんは、2003年の春、シンガポール工場の副社長に大抜擢された。元来、真地面なOさんは2003年7月家族より一足先に、単身赴任で来星。それから4カ月後、初めて外来でお会いしたOさんは、どっと肩を落として疲労困憊した様子であった。
「自分は他人から期待されるほどの能力がないんです。自分は、ここに居てはいけない人間なんです。」「自分は迷惑をかけるばかりで全く価値のない人間。」「退職してでも日本に帰る。」「帰国できないのなら死んでしまうしかない。」焦燥感に駆られ深い落ち込みの中で必死に不安と向き合っているOさんの姿は、年齢よりも10歳以上も年老いて見えた。急遽、御家族に来星していただき、内服治療で1週間、焦燥感 ・不安感の改善をみたところで、会社の理解もあり日本にて療養する運びとなった。

 Oさんにとって、このシンガポールでの120日間はどんな日々だったのであろうか? 発症を防げる可能性はあったのであろうか? また、もっと早期にOさんの状態を把握し治療する機会はあったのか? そして、帰国が最終治療手段なのだろうか? 治療者として感じた疑問に何も答えが出ないうちに、Oさんはホッとした様子で帰国してしまった。

 現在うつ病は、脳内のセロトニンやドーパミンといった意欲や集中力に関係するホルモンの欠乏により発症すると考えられている。新任地で外国語を使いながら、今までとは異なった分野の管理や統括を任される場合、仕事の中で多くのセロトニンが消耗され易い。また、早く新業務に慣れようと思うあまり、自宅に戻っても仕事を引きずり、24時間セロトニンの分泌が続くようになることもある。真面目に根を詰めてやればやるほど、脳内ホルモンの消費は著しくなり、後で大きな反動を見ることになるのである。

 きっと、Oさんは緊張と不安の中で真面目に仕事に取り組もうとしたに違いない。その中で、現地特有のいくつかの問題やカルチャーショックにぶち当たり、なかなか成果の出せない自分に心が大きく揺れたことであろう。うつ病の場合、生きる自信がなくなって発作的に「自殺」を選択するケースがあるので、周囲の人も医者もその点には十分注意しなくてはならない。十分に注意していても避けられないケースもあるであろうが、そんな時、患者さんを囲む家族や仲間・担当した医療者にも重い影を残してしまう。