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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(11)「シンガポールにおけるいじめの現状」
NL03100102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子


 シンガポールの日本人学校は、転出・転入が非常に多いため、転入生に対して精神的にも環境的にも受け入れ態勢が整っていると聞く。子供達にも「自分も前は転入生だったのだから、転入生は大事にしよう。」という意識があるようだ。そんな環境でも、転入してきて、既成のグループに入れてもらえない、あるいはグループに入れない、学年が上がるにつれ人間関係の変化、仲良しグループの多くが本帰国などの突然の環境変化などがトリガーとなって、いじめが発生しているようである。

 シンガポール診療所にも、いじめを契機とした登校問題を抱えた生徒が診察にみえる。過去の統計では、中学生が最も多く、次いで高校生・小学生の順である。非常に深刻な症例から数回のカウンセリングで改善をみた軽症例まで様々であるが、ここに中学生の一例を挙げてみよう。

 Mさんは、中学2年生。シンガポールに来て2年間は非常に楽しい日々であったそうだ。ところが、今年の春に、親しい友人の大半が、本帰国してしまい、大勢であった仲良しグループが3人になってしまった。最初、3人は非常に濃密な関係を作り、意見や感じ方の違いはお互いに押さえ込んでいたようである。「この3人を大事にしてゆかなくっちゃ・・・自分も合わせてゆかなくっちゃ・・・」と言う無意識の働きがあった。この「無理」は、数ケ月で破綻した。3人グループの中に、非常に強い攻撃性が生まれ、クラスの仲間を巻き込んでMさんが攻撃対象となってしまったようであった。

 Mさんが外来を訪れたとき、軽いうつ状態であった。学校では、一日中会話が無く孤立しており、友人の楽しそうな会話が「自分のことを話題にしている」ように感じられたりした。学校でも、大きく気分が変動し、気を抜くと些細なことで涙がでてしまいそうになるようであった。少数の友人達も、自分から離れてゆくような気がして、疎外感は非常に大きくなっていたようである。

 私は、Mさんに欠席理由としてこんな診断書を渡した。
 「(抜粋)シンガポールには、現在2万人余の日本人が在留しておりますが、国土の狭さに比例してでしょうか、在星日本人の形成する社会は非常に小さく、そのことが個々人の存在を非常に不安定にする要素にもなっていると考えております。(中略)クラブ活動にしても、塾に行っても、週末の買い物にしても、ほとんど同じ集団で行動することになるため、一つの人間関係のトラブルが、生活全体に影響を及ぼす事が考えられます。
 患児は、明るく、偏りがない性格で、本来の適応能力も良好と考えられますが、その存在を支える社会が不安定となったため、現在追い込まれた状態となっています。」

 いじめる側もいじめられる側も一つの共通した狭い社会基盤に立っている現状では、本当に逃げ場が無いものである。この窮屈な社会構造がいじめや他の心身疾患の発症要因になっていることは確かである。

 中学1年生から、登校を渋ってきたN君が、こんな話をしてくれた。「ここは、時間と場所が無さ過ぎる。上手く流れに乗れずにこぼれたものは、再び流れに乗ることが非常に難しい。集団に乗り遅れたものは、こぼれ落ちた場所で楽しみを見つけるしかない。そして、楽しみが見つかるかどうかは、その人の問題である。」

 なんだかN君の成長を感じさせる一言であった。「N君は、楽しみ見つかった?」こんな問いに、「さあどうだか・・・」N君独特ののらりくらりとした返事にこの時ばかりは、頼もしさを感じた。「自分を曲げてでも、特定集団にしがみつかなくてはならない」という考え方でなく、「こんなことも有りかな・・・」という生き方はシンガポールで生活するのに必要な生活の知恵かもしれない。