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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(10)「海外赴任~思春期の子供達(2)」
NL03090102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

前回は、海外で暮らす思春期の子供達が潜在的に抱える精神的リスクについてまとめたが、今回は診療所で出会った実際の症例を挙げながら、子供達の現状について考えてみたい。

(症例1)19才女子・一人っ子:11才の時、父の海外勤務に伴ってシンガポール赴任。母親は教育熱心であり、海外赴任を好機と考え子供のインターナショナルスクール通学を希望していた。一方で、恥ずかしがり屋な患児の性格も承知しており、心配も絶えなかったそうである。仕事で多忙な父親と子供の教育を役割として与えられた母親、そして「母親の生活を支える役割」となってしまった一人娘…こんな形で、3人のシンガポール生活が始まった。
患児は英語を身につけるのに有利と考えられる「邦人の少ないインターナショナルスクール」に通い始め、帰宅後はお母さんと共に宿題をこなす生活を始めた。生活は一見順調に思われたが、1年が過ぎた頃より、患児が登校前に体調不良を訴えるようになった。

ここで明確にしておきたいことは、「仕事に飛び回る」父親が、子供の教育を母親に任せっきりにし過ぎてきたわけではない。海外出張から戻ったときには、家族と会話をし、外食などをセッティングする、家族思いの穏やかなお父さんであった。また、母親も、大人しい方ではあったが、落ち着いた優しい面を沢山持つ普通のお母さんであった。「教育熱心」と記述すると自分を見失って子供にのめり込む母親像に繋がりやすいが、決してそうではなく、ごく普通のお母さんである。

そして、患児も、恥ずかしがり屋ではあるが、挨拶も受け答えも非常にしっかりした子であった。色々と、書いたが、要するに「普通の家族」であったのである。

ところが、海外赴任で少々家族のバランスが歪んでしまったようである。父親の海外出張は月の半分近くもあり、母親と患児が二人で生活を支え合い、子供の生活が母親の希望になってしまっていた。そして、この歪みを修整していく社会的人間関係~患児を取り囲む友人関係の安定・母親を取り囲む人間関係など~に恵まれなかったため、この状態に固着してしまった様である。

19才になった患児は、ここで大きな転機を迎えた。父親の海外赴任が終了となり、家族全員本帰国が決定。お母さんと二人三脚で頑張り高校も無事卒業し今後の進路を決める際に、患児のイライラが著しくなり母親と激しく衝突し、衝動的に「死」を口にするようになった。母親が力を尽くしても患児の気持ちをコントロールすることが出来ず、心療内科受診に至ったようである。

子供の変化は、時として「唐突に」感じられたり、「何で今頃…」と言う時に現れることがある。しかし、冷静に状況を分析すると、「この時期しかない」そんな時に症状が出てくるものである。この少女にとって、家族の状況が大きく変化し、自分が自立へと大きく羽ばたくこの時期に、精神的苛立ちが出現したことは、ある意味、必然かもしれない。

患児が言う。「もう、これ以上お母さんの言いなりにしていたら、「自分」が自分でなくなってしまう。もういいでしょ。」

母親が答える。「今まで、一応順調にやってこられたじゃない。何の問題があるの…折角のチャンス逃さないで欲しい。」

患児が当時を振り返って、「お母さんもお父さんも初めての海外生活に一生懸命だった。お母さんが頑張っているところに、自分が「学校が嫌だ」「お母さんの希望が重たい」なんて言ったら、お母さんが耐えられないだろうと思った。だって、お母さんにとってそれがシンガポール生活の一番の支えだったから…」自分が"期待される役割"を放棄すれば、家族のバランスが崩れ、自分たちの海外生活が危機に陥ることを少女は察知していたのである。

子供達は、本当に小さい頃から、家族に一員として自分の役割を担っている。海外に赴任する家族の一員として、子供達もまた役割の変化や社会環境の変化を背負わされる存在になっていること、そして、家族が社会的に孤立し変化が望めない場合には、その役割が長期間固着しやすい傾向にあることも明確にしておかなくてはならない。

このような場合、日本への一時帰国の回数を増やしたり、子供が親から離れ友人と楽しめる環境を作ったり、母親自身が心から楽しめる趣味を得たりすることが非常に大切である。

海外に赴任した家族は、赴任当初一時的に極端に孤立した状態におかれる。これは個人の人間関係に限った事ではなく、社会的・文化的存在としてもである。この時に出来た"家族同士の依存関係"がより良い方向に変化し、家族同士が成長し続けていけ たら理想的であろう。