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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(9)「海外赴任者のストレス~思春期の子供達」
NL03080102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子


思春期は、「精神的自立と依存が併存する」発達の一段階である。

思春期をむかえた子供を持つ親たちにとって、「子供をどのように支えるべきか」「どの程度を子供の自己判断に委ねるべきか」「どの程度介入すべきか」は、なかなか難しい問題である。

最近、ドロシー・ロー・ノルト著「10代の子供が育つ魔法の言葉」を読んだ。教育本と言うよりは、思春期の子供を持つ親たちの不安や戸惑いを、包み込むような暖かい言葉に溢れる本であり、親たちの揺らぐ自信を実践的な対応法を通して支えてくれる内容であった。安定した環境で成長してきた子供達であっても、対応に苦慮する「思春期」。海外で生活する子供達には、さらに、プラスアルファの要素を加味した対応が必要となるであろう。

まず特徴の第一に、海外赴任中 子供達が安定した友人関係を長期間保ちにくいことが挙げられる。
中学生にもなると、子供は親には話せない悩みや秘密を持つようになる。これは、正常の発達であり、親離れの第一歩である。この頃から、心を割って話し合える生涯の友人を獲得してゆくことが可能になる。
ところが、赴任期限をもった海外邦人に属する場合、「この子だったら・・・」という友人が見つかっても、当人家族の転勤や友人家族の転勤などで短期間に関係が収束を迎えることが多い。さらに、インターナショナルスクールは、各国からの先生・短期在留者が多くを占める集合体であるため、帰国する場所も各人様々で、子供達の友人関係が安定しにくい。

長年、「短期間での友人関係」を繰り返している子供達の中には、「人間関係への期待の薄さ」が感じられる。どうせ仲良くなっても、短期間でお別れだから「取りあえず、今が楽しければいい」という考え方が潜在している。関係の濃い友人をつくり、相手が急に転勤や帰国になってしまった場合、取り残される自分の寂しさ・孤独感は計り知れない。この、寂しさを一度でも経験したり予知した子供達は、自らの心を守るために、無意識的に「他人に強く期待しない人間関係」を築いていくようになる。

次に、卒業後に自分が帰属していた仲間が、世界各国・日本各地に広がってしまうため、同世代の成長を自分の成長の基盤に取り込むことが、非常に難しくなる。
例えば、中学校の同級生が「○○は、お父さんの寿司屋を継ぐために、修行しているんだって。」と、風の便りに聞くと「は~、○○君も頑張っているのだな。」と、心の中に懐かしさと励ましを得たように感じる経験を、皆さんも少なからずお持ちであろう。海外で教育を受けた場合、卒業後は各人各様の道を進むことになり、全員の足跡をたどることは非常に困難なことである。同窓会を通して、昔の自分を思い出したり、自分の同級生が今、如何に人生を歩もうとしているのか感じる機会が非常に薄れてしまうようである。

大学を卒業し、いよいよ就職か進学か、自分の進路に迷っている22歳の女学生にあった。彼女は、中学・高校時代をシンガポールのインターナショナルスクールで過ごしたが、友人達がどのように自分の道を進もうとしているのか、参考になる同窓生がシンガポール国内にほとんどいなかった。このため、「自分だけが困難な道を選択してしまったのではないか?」「自分だけが人生を選択しきれない弱い人間ではないか?」という漠然とした不安にさいなまれていたのであった。

自分がいつでも戻れる安定した集団的基盤があることは、子供にとって一つの財産であると思う。安定した基盤を複数持つ者ほど、過酷な状況に陥ったときに周囲からの支持や共感を得やすいことは確かである。帰属集団が拡散してしまうことは、子供達が困難にぶつかって時に、支えや仲間が見つからない不安を呼び起こすことになる様である。

最後に家族関係・特に母子関係の密着度が非常に高いために生じる弊害が挙げられる。家族関係の密着は、外国人として社会に存在する以上、避けられないと考えられるが、そのために、思春期の自立が遅れる傾向にあったり、また、家庭内での衝突を避けるために子供の側に感情の過度の抑圧が認められたりする。抑圧の末に遅く出現した反抗期が、非常に激しく暴力的であるために、心療内科受診に至ったケースもある。逆に、正常な反抗期の出現にもかかわらず、両親が過度に不安に陥り、子供の過剰反応を引き起こしたケースもあった。

海外で思春期を過ごすことは、将来の子供の可能性を広げる大きなチャンスになることも多い。と同時に、いくつかの社会的リスクを背負うことも理解しておかなければならない。こういった現状を理解した上で、海外赴任を受け入れることは、現地での子供達・それを支える家族の適応を非常に容易にしてくれる可能性もある。今後も、海外医療の現場で働くものとしてたくさんの心の情報を提供していければと考えている。