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ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(8)「海外赴任者のストレス~小さな子供たちの場合(2)」
NL03070102
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

今回は、海外で暮らす幼稚園から小学校低学年の子供たちについて考えてみたい。

この時期の子供たちは成長と共に、家族と離れて過ごすことが可能になってくる。
一定の集団に所属しながら、最初は3時間、そして半日、小学生になると学校から帰宅後もお友達との遊びに忙しく、夕方まで帰宅しないこともあるであろう。

こんな時期を海外生活で迎えた場合、外の集団に馴染めず家族密着型の行動パターンをとり続けたり、何らかの環境変化を契機に、外の世界に強い抵抗を感じて、家庭にこもってしまうケースが多くみられる。
お母さんにピッタリくっついて登園や登校を渋ったり、登校前に腹痛や嘔気を訴えたり、バス通学に対する車酔いを訴えたり、登園前の大泣き・登校の準備が一向に進まない等、様子の変化があらわれる。

一般に、この時期の「分離不安」は、対象年齢の3%近くに認められ、成長過程の一つの変化とも考えられる。これに、特殊な環境・急激な環境変化が加われば、もっと高頻度にみられる症状となるであろう。
「これは、登校拒否の始まり?」「この子は、人見知りが激しいので、海外は無理?」「引っ越しの度に、登園の問題が出てしまう。」診療所を訪れるご両親の不安は計り知れない。

小学校1年3学期、K君とその家族はシンガポールからアメリカへの転勤が告げられた。シンガポールには、既に3年間滞在しており、K君にとっても家族にとっても住み慣れた我が家・気の知れた仲間達を得ていた。
両親にとっては、覚悟していた辞令であったが、K君にとっては、心の安定を崩す衝撃の一言になってしまった。K君は、はっきりと「シンガポールを離れたくない」と、抗議したが、彼がいくら訴えても状況は変化しなかった。引っ越しの準備が進むにつれ、次第にK君は無気力になり、登校前に気分が悪くなったり、習い事にも通いたがらなくなってしまった。

K君の気持ちは察して余りある。
自分が周囲の人にはっきりと認められ、安定した環境で生活していくことは、K君に安らぎを与えてくれ、何かに挑戦したり、前を向いて進んでいく元気の源だったに違いない。
その世界が、期限が来たら自分の周りからなくなってしまうという現実、そして、自分がいくら懇願しても何も状況が変化しないという無気力感は、K君の自信と活力をすべて奪ってしまったようであった。
ご両親の心配も、子供を支えようという努力も、並大抵のものではなかった。
診療所でも、可能なサポートを模索し続けたが、それがK君にとって適切で十分な支援であったかどうか、私は未だに結論を出せずにいる。
あれから2年経ち、K君が新赴任地で笑顔を取り戻していることを信じたい。

海外に赴任するにあたり、学童期前後の子供たちにも「年齢相応の心の準備」が必要なのかもしれない。そして、情報も時間も重要である。
新しい居住地域が、個人にとって安らげる空間となり、新しい仲間が、自分の存在をしっかり認めてくれるまで、不安はつきないものである。
状況が変化する中、子供の自信が戻った頃を見計らって、大人がそっと背中を押してやる。そうすると、子供たちは再び外の世界に踏み出して行けるようになるにちがいない。