• ホーム
  • 基金について
  • 海外医療情報
  • お勧めリンク集
  • よくある質問

ホーム > 海外医療情報 > ニュースレター(機関紙)

ニュースレター(機関紙)

海外メンタルヘルスの現場から(5)「海外赴任者のストレス…シンガポールの特殊事情」
NL03040103
メンタルヘルス、海外赴任、ストレス

シンガポール日本人会診療所
小川原 純子

シンガポール日本人社会の一つの特徴として、「その人間関係の広がりの狭さと逃げ場所の少なさ」を挙げることが出来るであろう。初対面の人と出会ったときに、すぐに共通の知人の話題で盛り上がったり、「あ?、○○さんの奥さんですか。」と、その家庭事情や会社関係まですぐに繋がってしまうこともある。
こんな狭い世界を揶揄して、「ここはシンガポール村ですね。」と、表現されることもある。

ショッピングも外食も本屋もだいたい行きつけのお店は一緒で、子供の習い事・お母さんの趣味の教室、果てはお父さんのゴルフ場もだいたい決まっている。と言うことは、人間関係に一つ問題を抱えると、いつでもその問題の相手と出くわしてしまう可能性があり、買い物もゆっくりしていられなくなってしまう。

Fさんは、平凡な主婦としてシンガポール生活を楽しむつもりで、夫と一人息子と共に来星した。引っ越した当初は、なんとか生活を成り立たせることで精一杯であったが、3ヶ月が過ぎた頃より、自分にも少し余裕が出て、周囲の人間関係も見渡せるようになってきた。学生時代から、グループで行動することが得意でなかったFさんにとって、シンガポールのお母さん達の行動は、「何とも奇妙な団体行動」と感じられ、自分が周囲と同じ行動をしなくてはならない環境に息が詰まる思いであった。自分が心から楽しんでいない話しに、お付き合いしなくてはならない時間は、Fさんにとって大変な苦痛の時であった。
楽しそうに話の輪に加わらないFさんに、周囲も少しずつ距離を取るようになっていったのも事実であった。

そんな時、Fさんの子供が近所のお友達と些細なことで喧嘩をしてしまった。後から考えれば、些細な子供の喧嘩であったのだが、これが、Fさんとご近所のお母さんとの間に決定的な亀裂を作ってしまったのだった。
この後から、Fさんは子供の送迎時間にもみんなと離れてバスを待つようになり、一人孤立したFさんに誰も声を掛けなくなってしまったのであった。

学校の懇談会に行っても、Fさんの友人は近所の人の知り合いでもあり、心を割って苦境を話せば、「Fさんが○○と言っていたわよ。」と近所中にすぐ伝わってしまう不安が常につきまとっていた。また、買い物中も外出中も、「知り合いに会ってしまうのでは?」という不安が頭から離れず、遠くの方に知り合いらしき姿を見かけると慌てて会計を済ませるような状態であった。

Fさんは、このころ自分でも「敏感すぎる」と感じるほど神経が尖っていた。どこかで、笑い声が聞こえれば「自分のことを笑っている」ように感じたり、外で楽しそうな話し声が聞こえれば、強烈な孤独感を覚えることもあった。常に体調不良で、食欲がなく、子供を送り出しては横になっていた。この時のFさんにとって、「寝ること」が全てから解放される、唯一の手段だった。

これは、筆者が創作した架空の症例である。架空の症例ではあるけれども、実際に、診療所を訪れる方の中で、こんなケースが多いのは確かである。そして、こういったケースは、圧倒的に主婦と子供達に多いのである。
出張続きで、疲れがたまっているご主人達には申し訳ないが、出張もまた一つの逃げ場所になる。シンガポールから離れ、別の空気を吸えること、別の人間関係に触れることは大いに気分転換になるのである。

こんな時、Fさんの話をじっくり聞いてくれる相手が必要である。怒っていること・イライラしていること・焦っていること・哀しく寂しく思っていること・・・
時間が掛かるかもしれないが、胸に納めていること全部を話す必要がある。家族が聞き役になってもらうことは、勿論大事であるが、出来たら第三者に聞いてもらうことも重要である。

また、引っ越しや一時帰国などで環境を変えることも有用である。「みんなが普通に駐在してられるのだから、私ももっと頑張らなくては・・・」と、無理はしないこと。自分から、選択肢を減らし自分自身を追い込むことは得策ではない。自分らしく新しい環境に慣れていけば良いのである。