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ニュースレター(機関紙)

海外巡回健康相談に参加して(タイ)
NL02120104
タイ、医療事情

海外勤務健康管理センター
安部慎治

【はじめに】
今回、タイ国において平成14年11月4日から11月23日の日程で巡回健康相談を実施した。巡回先はタイ中部の工業都市プラチンブリおよびシラチャ、東北部の要衝ナコンラチャシマ(コラート)、南部の観光地プーケット、北部の古都チェンマイの5都市であり、総計369名の在留邦人が受診した。
 私自身、かつて観光ではタイを短期間訪れたことがあった。しかし、今回の滞在は19日間と長期にわたり、また相談を通じて多くの邦人の方々から健康問題のみならず、現地の生活や医療事情についてもお話を伺うことができた。タイ滞在中に見聞したことも交えて所感を述べたい。

【巡回時期の風物】
巡回中の11月20日は、タイ人にとって重要行事の一つである「ロ-イカトン」の日であった。毎年11月の満月の夜にバナナの葉で作った小舟(カトン)に花や香をのせローソクを燈して川に流す(ローイ)灯篭流しである。これは、水の女神に日常水を使っていることを感謝し詫びるとともに、自分の願い事も祈りながら流すのである。我々は、たまたまチェンマイでこの日を迎えたが、ここでは特に大々的に祭りが行われ、毎年美人コンテストやパレードなどもあるそうである。相談会場となったChiangmai Ram Hospitalのご好意で、我々もカトンをピン川に流すことができたが、川の周辺は爆竹やロケット花火で物凄い騒ぎであった。毎年、花火で失明者が出るそうだが、今年は爆竹で手首から先が吹き飛んだ人もいたということである。最も印象的だったのは、和紙のような紙でできた袋の空気を下方から蝋燭とお香で暖め、大きく膨らんだ袋を夜空に解放する窿tローティングランタン繧・烽驕Bこれが上空高く舞い上がると、まるで火星のように夜空に輝き、しかも何十個と浮かぶ光景はえもいわれぬ幻想的なものであった。もっともいずれ落下してきてボヤ騒ぎを起こすので本来は禁止されているらしいが、タイ人にとっては“マイペンライ”(「気にしない」)なのである。

【タイの社会事情あれこれ】
1 タイの物価
タイに来て日本人が感動するもののひとつは、何と言っても物価の安さであろう。例えば、30-40バーツ(約100円)あれば、結構な昼ご飯が食べられる。いくら日本でデフレといっても、比べものにならないのである。このため、日本から年金生活者が大勢タイにやって来ている。特に気候の良いチェンマイに多かった。日本でカツカツの年金でもタイでは結構なお大尽なのである。なかには、観光ビザで日本とタイを3ヶ月ごとに往復している人もいるらしい。

2 喫煙には罰金
タイに着いて数日後から、冷房のかかっている公共施設での喫煙を禁ずる法律がタイ全土で施行された。これはレストランであろうとホテルのロビーであろうと喫煙した者には2千バーツの罰金、喫煙を許可した経営者には2万バーツの罰金を科すというものである。日本人会の方々には喫煙者が多く、これには皆さん閉口しておられた。

3 交通事情
今回健康相談は無かったが、途中立寄ったバンコクでは、悪名高き交通渋滞に出会った。ちょっと車間距離が空くと左右の車が猛然と割り込んでくるし、バイクやトゥクトゥク(三輪車)が車の間を走り抜けて行く。王族が通るときは交通規制が加わるので、さらに渋滞に拍車がかかるそうである。当然のことながら排気ガスは物凄く、バンコクで健康相談を行っていたらさぞかし呼吸器疾患が多いことだろうと思う。
ところがバンコクを一歩離れると渋滞は雲散霧消し、田園や熱帯の木々以外なにもないメコンの大平原を国道が真っ直ぐに走り、なんとも快適に移動できるのである。今回廻った工業都市もいかにも日本の地方都市といった風情であり、いかに都市機能が首都バンコク一箇所に一極集中しているかを実感させられた。
また、タイの地方都市を巡るということで、道路事情の悪さについて事前に抱いていた危惧は、まったく取り越し苦労であった。国道は片側2車線はあるし、舗装も行き届き、とくにバンコクから近隣の都市へは立派な高速道路も整備されている。車社会のタイでは、道路整備は非常に進んでいた。
因みに交通事情のついでに言えば、タイでは交通警官に要注意だそうである。スピード違反の時は言うに及ばず、突然の検問をしたり、「右折時にウインカーを出してなかった。」などと理由をつけては車を停止させる。その際、数百バーツ程の袖の下を出せば良し、出さないときは延々と取り調べを続けるそうである。
さらに、バイクが多いこともあって交通事故は日常茶飯事であり、今回の移動中にもバイクが破損し、転倒している姿を何度か目撃した。ほとんどの人がヘルメットを被っておらず、当然死亡事故も多いのだが、驚いたことに遺族に2万バーツ(約6万円)程度を支払えば事が済むというのである。命の値段の安さ、自己責任の厳しさに、大変な国だなと思わず嘆息した。

【医療事情】 
医療機関の無いプラチンブリの邦人勤務者は勿論、医療機関のあるコラートやシラチャなどであっても、心配な症状の場合はバンコクの設備の整った病院を受診することが多い。特に、日本の海外旅行保険会社の指定も受けている大規模な私立病院であるBangkok General Hospital, Bumrungrad Hospital, Samitivej Hospitalなどは日本語が通じ利用度も高い。中には深夜まで一般外来を開いている病院もあるそうだ。
医薬品に関しては、タイで処方される薬は効きすぎると敬遠する人が時々見受けられた。これは、タイ国内への欧米製薬品の輸入が多く、薬剤が欧米人並の量で投与されている可能性が考えられる。また、タイ社会では医師は社会的地位が非常に高いそうであり、医師にクレームをつけたりした場合「もう来なくてよい。」などと言われた日本人の方もいた。
タイでは2002年4月から貧困無保険層を対象とした公的医療保険制度が始まり、国民皆保険制がほぼ実現した。しかし、医療保険の給付内容が階層ごとに異なり、貧困層向けの保険では事前に登録した公的病院での「安価だが質の低いサービス」に限定され、慢性疾患もカバーされないなどの問題点も多い。日本人が期待するような、より手厚い医療に対する給付を得るためには、富裕層の多くが加入する任意の民間保険に入る必要があるが、当然のことながら掛け金が高額である。無論、日本企業の邦人勤務者の場合は、会社がこれを負担するので問題はない。しかし、プーケットでみられたように、低賃金の邦人現地採用者や低所得のタイ人と結婚した日本人妻のなかには、民間保険に入れず途中で治療が打ち切られた、など十分な医療を受けられないケースもあった。

【健康相談結果】
 鉄道の整備が相対的に遅れたタイは、熱帯の気候も手伝って、移動を主に自動車やバイクに頼る典型的な車社会である。必然的に運動不足となるが、これを補うため自発的に水泳などの運動を行っている人は受診者のなかでは極めて少数であった。加えて、タイ料理は総じて高カロリーであり、特に帯同の専業主婦などに体重増加に悩む人がみられた。しかし一方で、タイ料理が口に合わず食べられるものが限られたり、暑さで食欲が減退したりといった理由から、意外にも体重減少をきたす人も少なからずおられた。
 また、今年については、巡回した先々で結膜炎が非常に流行していた。その感染力および充血、流涙、眼脂などの症状からウイルスによる流行性角結膜炎と考えられる。巡回での移動が各地にわたったことからすると、タイ全土に蔓延していると推測された。相談者の話では、工場のタイ人労働者の間で特に流行しているようである。タイ人の間では、感染者と視線が会うとうつるとの迷信があり、なかにはこれを信じている相談者もいた。ウイルスの接触感染が原因であり、感染者を出勤させない、不用意に目を触らない、手洗いの励行などの指導を行った。
 メンタル面では、タイ人の雇用管理における苦労を感じる方が多かった。例えば、タイ人の多くはバイク通勤者をするが、突然の雨で雨宿りを余儀なくされた場合には、約束の時間に何時間遅れようとも平然としているとか、職場でのミスを繰り返し注意しても一向に改善されない、といった愚痴は枚挙にいとまがない。もっとも、站吼ッ・碵盪矣郷に従え繧・竄艪≪ゥ皎矣雇用者側の日本企業の方々も半ば受容しているようではある。また、数百人のタイ人労働者を数人の日本人で管理している企業が多いが、少人数の日本人間での濃密な人間関係にストレスを感じている方もおられた。

【終わりにかえて】
 今回、タイ北部から南部まで広く国内5都市を、車および国内線を利用して急ぎ足で巡回するなかで、強く印象に残ったのは、タイ国内の社会的格差の問題だった。
 例えば、高い教育を受ける機会に恵まれた層の能力は高く、相談会場になった病院の看護士の中には大学院卒業者や現在MBAコースで勉強中の人もおり、英語に堪能であった。チェンマイのスーパーマーケットでも、若い女性マネージャーが、目の前で流暢な日本語を話し、その他に英語や中国語もできるとの話には驚かされた。
 このような教育に恵まれた層とは対象的に、十分な教育が受けられない貧困層は、社会保障の面でも不利な扱いをされ、交通事故で死んでも十分な補償を受けることもできない。こうした社会制度の整備の遅れが、社会に歪みや格差を生じさせている印象がぬぐえない。「暖簾に腕押し」の感がある「マイペンライ」などのタイ人気質は、ときにどうにもならない人生に対する諦観がベースにあるのだろう。
こうした教育が不十分な層の工場労働者の管理をされる立場の邦人企業の方々にとって、この価値観のギャップには大変なご苦労があろうと思う。他方、長期滞在される日本人のなかには、タイ社会のゆったりした時間の流れやタイ人気質の大らかさが魅力であると感じている人もおり、在留邦人社会といっても一様ではないことを実感した。
今回の健康相談は、雨期の終わりから乾期にかけての気候の良い時期に実施され、幸いわれわれ参加者全員が体調を崩すこともなく、無事日程を終えることができた。今回この事業に参加する機会を与えていただいたことに感謝するとともに、入国時の通関でお世話になった大使館領事部ならびに各都市で我々一行の受け入れにご尽力頂いた日本人会の方々に心からお礼申し上げ、結びとしたい。