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ニュースレター(機関紙)

話題の感染症7「天然痘」
NL02020202
感染症、天然痘

(財)海外邦人医療基金(顧問)
長崎大学熱帯医学研究所(非常勤講師)
大利 昌久

 すでに地球上から撲滅された感染症なのに、今再び、「天然痘の脅威」がささやかれている。なぜかといえば、炭疽菌事件がバイオテロによる可能性が高いことから、次は天然痘事件がおきてもおかしくないという説が浮上したからである。

 1979年、ケニアの首都ナイロビで、WHO主催の天然痘撲滅にむけての国際会議が開催された。当時、外務省の医務官だった私も、この会議に出席する栄誉を得た。人類から1つの感染症を撲滅することは、1種の偉業である。会場は、人類の英知を高らかにたたえる熱気にあふれていた。あの光景は忘れられない。そして、翌1980年5月8日、WHOは「地球上から天然痘を撲滅した」と宣言。天然痘は、その姿を消したのである。

 しかし、当時、激論がかわされた。天然痘ウイルスを完全に廃棄すべきか、それとも保存すべきかという議論である。「人から人へ感染する病気」だからワクチンで撲滅できた。だが、本当に再び出現することはないのかという恐れである。人類を深く傷つけたこの病気の存在を忘れることが出来ない学者が多かった。ある学者は、サルの天然痘が将来、人に感染するかもしれないという仮説をたて、また、ある学者は、いずれ変異株が人類を襲うという仮説をたてた。だから、保存すべきだと主張した。それはまさに、天然痘の悪霊にとりつかれたような議論だった。そのうち、ある国々では、天然痘が生物兵器として極めて有力であるという「悪魔の囁き」を知った。それらの国々は、廃棄に消極的だったのである。

 いくつかの議論を経て、WHOは、学問的な判断で、例外的に研究用の天然痘ウイルスの保管を米国とロシアに認めたのである。それまでウイルスを保有して来たその他の国々は、WHOの勧告に応じたのであった。しかし、軍事専門家は、このウイルスを各国が完全に廃棄したか、どうか疑問だとしている。なぜなら、廃棄したかどうかの検証が、第3者でなされていないということが、その理由である。そこに2001年9月11日、米国同時多発テロに次ぐ炭疽菌事件が、今まであいまいにしてきた不安に火をつけたのだ。

 アメリカの生物兵器の専門家は、「天然痘被害予測シュミレーション」を作成した。もし今、南部オクラホマ市に、3,000人規模の感染者がでたと想定したら、68日間で300万人に感染が広がり、内100万人が死亡するという「戦慄すべき結果」が出た。恐るべき天然痘ウイルスの感染力である。これは、炭疽菌をはるかにしのぐ破壊力となる。

 米国は、住民の不安を防ぐために、中止していたワクチンの再生産をはじめ、当面4,200万人分のワクチン製造にのりだした。EU諸国では、3~5億人分を準備。日本でもワクチン再生産に着手、250万人分を準備できるという。

 天然痘は、古くから人類を苦しめた。古代エジプトでは、紀元前12世紀のエジプト王朝ラムセス5世のミイラの顔にあばたがみられ、これが天然痘の痕跡といわれる。もともとはインドが発祥地で、日本にも中国を経て、すでに8世紀には侵入。多くの死者を出した。11世紀から12世紀に十字軍の遠征によって、ヨーロッパ全土に広がったとされる。いろいろな記録が残っている。なかでもすごいのは、1663年、人口4万人のインデアン部落で天然痘が流行し、数百人の生存者のみを残すほど強力だった。その他、1770年、インドでは300万人が天然痘で死亡したという。

 1950年になって、世界で5,000万人が感染。大きな問題となった。「人から人に飛沫感染」するので、あっという間に大流行する「危険度の高い感染症」だった。症状は発熱、頭痛ではじまり、2~3日後に発疹出現。発疹は、水泡、膿泡となり、約30%の人が死亡した。唯一の予防法はワクチンの接種である。1798年にジェンナーが開発した種痘は、改良が重ねられ非常に有効。発病しても4日以内にワクチンを接種すれば、重症化は免れる。1959年、WHOは、このワクチンを世界中に展開し、天然痘撲滅の成果を得たのである。

 天然痘は、以前、法定伝染病に分類されていたが、平成11年施行の感染症新法では削除されている。もし仮に、天然痘が発生したとしたら、日本では指定感染症として、特別の対策が必要となる。