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ニュースレター(機関紙)

ニッポンの病院~なぜ日本の病院はダメなのか~3
NL01100103
病院

 ウォーカー氏は病院経営のスペシャリストです。この度「ニッポンの病院~なぜ日本の病院はダメなのか」と題した本を出版しましたが、現在日本の医療、病院が抱えている問題点を簡明に指摘しております。その中の一部を同氏の許可を得て3回のシリーズでご紹介しますが、今回はその最終回です。
 尚、この本につきましては、JOMFニュースレター8月号の書籍紹介の欄をご参照下さい。(編集部)

「更新のない医師免許」


                                           亀田総合病院特命副院長
                                           ジョン・C・ウォーカー

 あなたは、医療資格者の免許が終生、有効である日本のシステムを疑問に思ったことはありませんか。40年も前に医大を卒業して免許を得た医者が、そのまま一度たりとも資格を更新することなく、死ぬまで現役の医者でいられるというのです。

 このシステムは、私たち欧米人にはなんとも理解しがたいものです。40年たてば、医学上の理論も学説も、治療方法も、治療器具も、薬も、大きく変わります。40年前に学んだ知識や経験だけで、最新の治療を行えるとは思いません。

 アメリカでは、どの州でも医師免許は2、3年で期限が切れます。運転免許証と同じです。州によって多少の違いはありますが、免許を更新するためには一定期間の継続医学教育を受け、修了証を提出する必要があります。看護婦や理学療法士、薬剤師など、医師以外の医療資格者についても、同じような免許更新規定があります。

 この規定により、医者や他の医療資格者は、定期的に少なくとも最低限の継続教育を受け、それぞれの専門分野における最新の理論や技術に触れることになっています。

 そもそもアメリカでは、病院が医者を採用する際に厳しい審査があります。病院のスタッフ・ドクターの職を得ようとすれば、かならず資格調査と資格認定のプロセスを経なければなりません。この点もまた、アメリカの病院と日本の病院とで大きく異なる部分です。

 まず、日本の病院ではどのようにして医者が採用されているかを考えてみることにしましょう。

 私の見るところ、医者たちは十分な経歴調査もなく、ほとんどあてずっぽうに採用されるようです。以前、勤めていた病院から報告書を取り寄せることはなく、推薦状を求めることもありません。そもそも、数年単位で病院を移って行く医者には、勤務評定の記録がなく、過去の業績を調べることも容易ではありません。

 たいていの場合、医者は着任したその日から診療を始めることができます。能力や経験に応じて治療の内容を制限されることはないし、禁止される処置もありません。

 もし、その医者の診療成績が芳しくなく、患者から多くの苦情を受け、アルコール依存症だったとしても、病院を移ってしまえばもうわからないのです。あるいは、患者から医療ミスで訴えられているとしても、そうした情報が次に勤める病院に知らされることはほとんどありません。調べようにも、記録がありません。

 逆に、その医者がひじょうにすぐれた治療成績をもっていたとしても、新しく採用する病院には知りようがありません。給料も、経験や生産性とは無関係に決められています。

 日本では、「運」に頼って医者選びをするのは、患者だけではないのです。なんと、医者を採用する病院にすら、医者の成績や能力を、客観的にも、主観的にも評価する仕組みがありません。こんな状況で、いったいぜんたい、どうやって患者が医者を選ぶことができるでしょうか。

 病院には、薬物中毒やアルコール中毒の医者を排除する義務はないのでしょうか。十分な技術も知識もない医者から患者を守る責任はないのでしょうか。


「日本の医局は伏魔殿」

 なぜそのような無責任なシステムが許されているかと言えば、原因は日本独特の「医局制度」にあります。「医局」とは、辞書などには「病院などで医務を取り扱う部署」とされ、「薬局」に対する言葉と定義されています。しかし、ここで言う「医局」はかなり概念が違います。

 日本のほとんどの病院は、大学病院を頂点とするピラミッドの形で系列化されています。そして医者はほぼ全員が日本国内の大学医学部や医科大学の出身者であり、多くの場合、出身大学の病院の「医局」に籍を置いています。日本の病院の大部分が大学病院の医局から医者の供給を受けているわけです。

 医師の採用にあたって、大学病院の「医局」抜きに話が進むことはありません。医局に君臨しているのは、医学部の教授です。この封建的な制度のもとでは、医者の赴任先は教授が決定するものであり、病院はその決定に従って派遣される医者を受け入れるしかありません。

 もちろん病院側にしてみれば、大学とのそんな関係を好んでいるわけではないでしょう。しかし病院には、医学部の教授に嫌われて、医者の供給を止められたらたいへんだという事情があります。

 だから、たとえ水準以下の医者や問題のある医者を派遣されても、譴責したり、処分することはありません。派遣された医者を解雇したために教授の怒りを買い、「オマエのところには金輪際、ウチから医者は出さない」と言われたり、その大学の出身医師が全員、引き揚げてしまう事態が、現実にありえるからです。

 医者たちだって、自分の職業生命が大学の医局の意向で操り人形のようにコントロールされることは望んでいないはずです。しかし、造反すれば大学病院の庇護を離れ、系列から外れた一匹狼になってしまいます。就職先も、自分で決めなければなりません。医者にとっては、きわめてむずかしい就職活動となるでしょう。

 たいていの病院の医局は、同じ大学の出身者で固められているものです。勤務する医者たちの多くは、病院の院長よりも出身大学の教授に対して忠誠心が強く、同じ大学出身者で固めれた部署はまるで大学病院の出張所の趣です。

 そんなところに、いきなり他大学出身の医者がまぎれ込んでも、よそ者扱いを受けて、いい仕事はさせてもらえません。だから医者たちの多くは、大学からの仕打ちを恐れて、操り人形の糸を切ることができないのです。

 この医局制度は、私には置き屋が芸者をお座敷に出すのとそれほど違わないように思えます。同じ大学から定期的に医者が送られてくる状況を「近親交配」だと評する人もいます。

 こんな状況では、病院独自の指導で事態を改善しようとしても埒があきません。治療成績が水準以下だったとしても、所詮はその部署の部長医師個人に問題の解決をゆだねるしかないのです。

 「どうしようもない」と、病院の責任者たちは言うでしょう。しかし、これは明らかな責任放棄なのです。病院の院長や理事会には、倫理的にも、法律的にも、病院内で行われるすべての医療を監督し、指導する責任があるはずです。相手が大学病院から派遣されたお代官のような部長医師であれ、あるいは大学病院の教授本人であれ、他の人間にその責任を預けるようでは、職務義務違反と言われてもしょうがないでしょう。

 アメリカには、日本のような医局制度はありません。どの大学の出身者だからといって、どの大学病院の医局に所属し、その系列病院に勤務しなければならないという決まりはないのです。

 もちろん、優秀な学生であれば、どんな大学だって学内にとどまってほしいと考えます。しかし、卒業後にどういう進路をとるかは、本人の自由です。よい病院には、さまざまな教育経歴をもつ医者が集まってきます。病院側からすれば、多角的な観点から、総合的に判断してスタッフ・ドクターを採用することができるわけです。