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ニュースレター(機関紙)

ニッポンの病院~なぜ日本の病院はダメなのか~ 1
NL01080103


〔ウォーカー氏は病院経営のスペシャリストです。この度「ニッポンの病院~なぜ日本の病院はダメなのか」と題した本を出版しましたが、現在日本の医療、病院が抱えている問題点を簡明に指摘しております。その中の一部を同氏の許可を得て、以後3回のシリーズでご紹介致します。
尚、この本につきましては、書籍紹介の欄をご参照下さい。(編集部)〕

「患者不在」の日本の病院

亀田総合病院特命副院長
ジョン・C・ウォーカー

●「患者中心の医療」とは
 欧米の医学界で今、注目を集めているコンセプトに「患者中心の医療」、あるいは「患者の立場に立った医療」があります。これは、日本でもぜひ広めていきたい概念です。しかし日本の医療は、残念ながら、その対極にある立場、すなわち「スタッフ中心主義」で営まれているように思えてなりません。
 たとえば、NICU(新生児集中治療室)の面会時間についてです。日本では、多くの病院でNICUの面会時間を制限しています。たいていは午前中一時間と夕方の一時間程度。じつの父親ですら、それ以外の時間には我が子と面会することができません。どうしてここまで制限されなければならないのでしょう。
 理由は明白です。病院のスタッフたちが見舞い客の受け入れに熱心ではないからです。見舞い客は通路をふさぎ、スタッフを質問攻めにします。一日中、病院内を大勢の見舞い客がうろうろしているなど、忙しいスタッフにとっては迷惑このうえない話です。面会時間の制限は、彼らスタッフの便宜を図るために考え出されたものです。
 しかし、アメリカの病院では通常、そんな制限はありません。若干の例外はありますが、NICUには二四時間、入室が可能です。カナダでも、オーストラリアでも同じです。これらの国々の病院は「患者中心主義」に基づき、できるだけ患者や家族の要望を受け入れようとします。
 もちろん、面会客が多ければスタッフたちの仕事に支障が出るのは、どの国のどんな病院でも同じです。そんなことは承知のうえで、病気の赤ちゃんや未熟児が両親とともに過ごす時間のほうをより重視しているのです。
 私がとくに気に入っているのは、アイオワ大学病院などで採用しているスタイルです。アイオワ大学病院では、家族は二四時間いつでも入院中の子どもに面会できます。父母や兄弟はもちろん、父母が許可した人はいつでも面会できるのです。駐車場にクルマを置いてから、NICUの新生児ベッドに着くまで、一度も着替えを求められることはありません。これは、全米で普通に見られる光景です。
 外来者が普段着のまま赤ちゃんに面会したとしても、通常、赤ちゃんの生命に危険が及ぶことはありません。特別なリスクファクター(危険因子)がある赤ちゃんにかぎり、隔離されたり、適当な予防措置がとられることはありますが、ごく稀です。

●「お役所」のような日本の病院
 そもそも、日本の病院では開院時間からして融通が利きません。真冬の寒い朝ですら、午前八時の開院時刻を待って、患者さんが医院の玄関前に立っています。こんなことが許されていいはずはありません。病院を訪れるのは、すでに身体の弱った人たちなのです。
 すべての患者に対して、決まった時間を強制する。これは、日本の病院システムの象徴です。決まった昼食時間の強制。決まった消灯時間の強制。決まった面会時間の強制……。いくらでもあります。患者一人ひとりの体調も、日ごろの生活習慣も、家族の事情も、いっさい考慮されません。すべて、病院側の都合です。
 病院のなかにはミニマリスト(最小限主義者)を決め込んで、法律や規則で決められた最小限の処置しかしないところさえあります。まるでお役所です。
 一般の日本人はご存知ないかもしれませんが、私も含め、ほとんどの外国人は定期的に入国管理局に出向かなければなりません。滞日ビザを更新するためです。ところが、この入国管理局の職員たちは、全員いっせいに昼休みをとるのです。正午からぴったり一時間、窓口は閉まってしまいます。
 窓口を訪れる者の立場を考えてみてください。仕事をもつ人なら、昼食時間を利用して手続きをすませたいのが普通でしょう。ところが、入国管理局の窓口はしっかりと閉ざされている。ここでは、職員のランチタイムは「神聖かつ侵すべからざるもの」と考えて、あきらめるしかありません。
 しかし、銀行やスーパーマーケットがお昼に一時間の休みをとることなど想像できるでしょうか。交代で抜け出してお昼を食べるのが常識ではないですか。
 入国管理局の職員は、もちろん「公務員」です。公務員とは、公僕だったのではありませんか。ところが、彼らが「公僕」として仕えるべき住民の利益はまったく顧みられていません。
 病院の硬直した時間管理にも、私はよく似たものを感じます。二時間待って、初診がたったの五分。三日後にまる一日つぶして検査を受け、一週間後にまた二時間待って検査結果を聞く。患者はそのたびに仕事を休んだり、子どもを誰かに預けたりしなければなりません。
 そもそも病院を訪れるのは、身体に不調があるからです。一刻を争う重病人もいます。そういう人たちを何時間も待たせたり、何度も足を運ばせたりするのは、拷問に等しい行為です。
 本来なら、医療機関こそ、銀行やスーパーマーケットにも増して、利用者の便宜を図るべきではないでしょうか。時間の面でも、もっとフレキシブルに、たとえば勤め人や学生のための夜間クリニックなどが開設されてもいいはずです。
 アメリカやヨーロッパの病院と比べ、日本の病院はあまりにも保守的で、閉鎖的です。はっきり言って、遅れています。そして、患者をないがしろにした「スタッフ中心主義」には、目にあまるものがあります。日本の病院では患者がバカにされている。そう感じるのは私だけでしょうか。

●誰のための病院か
 しかし、お役所同様、病院の体制も簡単には改善されそうにありません。患者自身が認識を改め、厳しい批判や選択の目を光らせることによって、改善をうながしていくしかなさそうです。
 病院はあくまでも患者のためにあるということを、まずは日本の皆さんにしっかり認識していただきたいのです。医者やスタッフに遠慮することはありません。自分の意思や希望や疑問を、病院側にきちんと伝えましょう。そうでなければ、主治医や看護婦とよい関係を保つことはできません。
 いつも気になることですが、日本の病院では、患者に対するスタッフたちの態度が敬意を欠いています。患者が高齢の場合、看護婦や他のスタッフがまるで幼児でも扱うような態度で接することもあります。立派な大人が幼児語で呼びかけられれば、不快に感じるのは当然です。そんなときは、対等な大人として扱うようにはっきり要求すべきです。
 担当医にもっと病室まで来てもらいたいなら、そう申し出てください。主治医なら毎日、少なくとも一度はベッドを訪れるのが当然だし、病状によってはもっと頻繁に様子を見るべきです。よい医師なら、かならずそうします。
 もし、あなたと担当の看護婦がうまくいかないときは、本人に直接、自分の気持ちを伝えるのがいちばんよい方法です。一度は自分の口から、不満や要求を具体的な言葉にして伝えなければなりません。それで解決できないときは、主任や婦長に相談します。
 「痛み」だって、かならずしも我慢する必要はありません。痛みについては、患者と医療スタッフの考え方が往々にして異なり、医者のなかには、鎮痛剤の処方を嫌う人もいます。看護婦が忙しくて、なかなか相手にしてもらえないこともあります。
 「手術の後は誰だって痛むんですよ」
 「しばらくの間だから我慢してくださいね」
 しかし、痛みの感じ方は人それぞれに違います。同じ病気で、同じ手術を受けたとしても、ある人は比較的、楽な術後を過ごし、別のある人は耐えがたい苦痛を感じます。もし、あなたが痛みをあまり我慢できないたちだと思うなら、「病気なんだからしょうがない」などとあきらめず、スタッフに訴えるべきです。
 医者や看護婦に迷惑がかかるなどと心配するのは筋違いです。痛みを軽減するのも彼らの仕事です。痛みがとれればその分、回復も早いのですから、我慢するのは賢いことではありません。
 アメリカでは、政府が術後痛の対処法について無料のガイドブックを出しています。フリーダイヤルの番号に電話をすれば、誰でも簡単に手に入れることができます。また、一定の制限はあるものの、患者自身が痛み止めの点滴の速度をコントロールすることも可能です。自分でボタンを操作することで、痛みがひどいときには点滴量を増やすことができるのです。この装置には安全機構がついているので、誤って過剰投与する心配はありません。我慢できない痛みに苦しむ末期のガン患者などにとっては、中毒の危険などほとんど意味がないでしょう。痛みを感じるたびに、いちいちナースコールのボタンを押して待つよりは、自分で調節できるほうがどれほど楽かわかりません。