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ニュースレター(機関紙)

海外生活でのこころとからだの健康6
NL01030104
メンタルヘルス /出産 /産後

産後のうつ病とベビーマッサージ

アーバンハイツクリニック 心療内科
斧澤 克乃

1 はじめに
 海外で出産を経験する女性も増加しています。今回は、出産後、10~15%の女性がかかるといわれている「産後うつ病」について、お話ししましょう。

2 マタニティブルー
 おそらく皆さんは「産後うつ病」よりも「マタニティブルー」という言葉の方がなじみがあるでしょう。マタニティブルーは4人に1人が体験するといわれ、産後3日目くらいから1週間以内に起こる一過性(数時間から数日間で自然消失)の病気で、2週間ほどで消失します。出産後の急激なホルモンの変化が原因といわれ、軽いうつと涙もろさが特徴です。

3 産後うつ病とは
 一方、産後のうつ病は産後2週間後以降に発症します。数時間毎の授乳のため、睡眠不足と疲労がピークに達する頃から増えてきます。マタニティーブルーの約5%は産後うつ病に移行するとされ、マタニティーブルーが長引いていると思われる時は注意が必要です。
 主な症状は、赤ちゃんを1人で安全に育てられるかとても不安、赤ちゃんを傷つけてしまうのではないかと恐がる、赤ちゃんが重大な病気にかかっていると思い込む、赤ちゃんを可愛いと思えない、母親として失格ではないかと自分を責める、家事や育児を何から手をつけてよいか分からない、眠れない、食欲がない、疲労困憊して何もできないなどです。乳児健診の時に「育児不安」を訴えるお母さんの中に、産後うつ病が隠れていることがあります。
 産後うつ病は、3~6カ月で軽快しますが、原因ははっきり分かっていません。単に、出産後のホルモンの変化だけではなく、心理・社会的な影響が大きいといわれています。出産と育児は大きなライフイベントでありますし、母親というあらたな役割意識と、それまでの自分中心の生活と違い、全面的に自分に依存する子供中心の生活は、制約が多く、多忙であり、心身両面へ負荷が生じます。また、夫からのサポートが乏しいことや、職場復帰への不安なども、大きな要因となります。
 ただし、日本人は欧米人に比べると産後のうつ病は少ないようです。その理由の一つとして、「里帰り分娩」という産婦を保護的に扱う文化的習慣が、発症を予防しているのではないかといわれています。

4 産後うつ病が及ぼす赤ちゃんへの影響
 産褥期は母子関係の確立において最も大事な時期であり、この時期にお母さんがうつ状態だと、母子関係や赤ちゃんの成長や発達に長期に渡って悪影響を与え、のちに自閉症や行動障害、情緒障害を引き起こすこともあるといわれています。また、夫婦関係や家族関係にも悪影響を及ぼして、悪循環的にうつ状態が遷延する可能性があります。
 そこで、産後うつ病においても、早期発見、早期治療が必要ですが、日本には「産後の肥立ちが悪い」という言葉があるように、ついつい見逃されがちです。また、おかしいと感じても、乳児を抱えて病院へ行くのは困難ですし、育児は大変だから多少元気がなくても仕方ないと周囲が考えがちで、受診を進められることは多くありません。さらに、社会的偏見のために精神科受診はなかなか敷居が高いようですし、母親として不適切と判断されたら、赤ちゃんと引き離されてしまうのでないかという不安も起こります。たとえ受診したとしても、母乳をやめなければならない不安から、薬に抵抗があることも多く、十分な治療ができない場合が多いなど、様々な問題を抱えているのが現状です。

5 産後うつ病の治療法
 治療としては、お母さん自身が十分に休息と栄養を取れるよう、家族特に夫の協力を得て、家事や育児にかかわる負担を減らすことが重要です。周囲の人がこの病気について正しく理解すること、お母さんが自分の正直な気持ちを話せるよう、家族や友人、助産婦などが耳を傾けることが大切です。また他のお母さんたちと交流を持ち、育児に関する情報を交換したり、不安を共有することなども有用でしょう。
 うつ状態が重症な場合は薬物治療や入院治療が必要となります。赤ちゃんと引き離されることなく一緒に入院できる病院もあります。

6 「ベビーマッサージ」の効用
 さらに、お母さんと赤ちゃんに安全で、かつ受け入れられやすい治療法の1つとして、「ベビーマッサージ」があります。私が行った英国ロンドンでの研究では、産後うつ病のお母さんにベビーマッサージを奨励することによって、赤ちゃんとのコミュニケーション能力が高まり、お母さんのうつが軽くなり、母子関係が深まりました。うつ病のお母さんだけでなく、すべてのお母さん、お父さんが参加できるベビーマッサージをやってみませんか。

7 ベビーマッサージとは
 ここで、英国で行われているベビーマッサージについてお話ししましょう。 赤ちゃんは、眠っている時間が長い上、起きているときはお乳を飲んだり、泣いたり、おむつを替えてもらったりと忙しく、なかなか楽しくコミュニケーションをとる機会がありませんね。お母さんが自分の赤ちゃんをマッサージする「ベビーマッサージ」は、親子のスキンシップを深める効果的な方法の1つとして注目されています。
 こころをこめたタッチによる愛情表現としてのマッサージは、赤ちゃんの感情やからだの成長を促進する、寝つきが良くなる、機嫌が安定して泣く時間が短くなる、便秘や歯が生えるときの痛みや、予防接種のときの痛みを和らげる、などの効果があるといわれています。
 一方、ベビーマッサージは、赤ちゃんだけでなく、お母さんの健康の増進にもよいことが分かりました。例えば、出産後、赤ちゃんと調子を合わせたり、赤ちゃんの要求を理解することができないと、腹立たしい感情がわいてきたり、悲観的な気分になることもあるでしょう。産後の劇的な環境の変化と蓄積する疲労のため、うつ状態になってしまうお母さんもしばしばみられます。うつのお母さんは、赤ちゃんに近づこうとせず、赤ちゃんからますますこころが離れてしまいます。お母さんがうつ状態だと、赤ちゃんの認知発達に長い間悪影響を及ぼすことが知られています。
 ベビーマッサージは親子で楽しめるコミュニケーションの方法のひとつとして広まり、英国各地で「ベビーマッサージ教室」が開かれつつあります。

8 ベビーマッサージ教室
 ここで、英国のベビーマッサージ教室についてお話ししましょう。
 基本的には、お母さんのこころの準備ができれば、いつからでも始められます。マッサージには、刺激が少ないベビーオイルを用います。教室では、国際的に認定されたインストラクターが、赤ちゃんの発達段階にあわせて、どの部位をどのくらいマッサージしたらよいのかを、人形を使ってデモンストレーションします。
 赤ちゃんをマッサージするときは、お母さんも赤ちゃんもリラックスしているときを選ぶことが大切です。赤ちゃんがお腹を空かせているときは避けましょう。マッサージのテクニックを習得することはそれほど重要ではありません。赤ちゃんの反応をよく見ながら、触れあいを楽しみましょう。特に最初は、赤ちゃん自身も初めて触れられる体験に戸惑いがちなので、あまり抵抗なく受け入れられる部位(例えば頬や背中、足の指先など)を短時間、軽くタッチすることから始めるとよいでしょう。最初から全裸にする必要はありません。マッサージする部分だけ、順番に脱がし、冷えそうな部分はバスタオルなどで覆いながら行います。胸やお腹などのデリケートな部分は、お母さんのタッチに慣れてきてからの方がよいかも知れません。
 赤ちゃんの要求にはいつも応えてください。「タッチはもうおしまい」という意思表示、例えば、赤ちゃんがからだを反らせたり、手で「いやいや」をした場合は、いったん手の動きを止めてしばらく様子を見ます。赤ちゃんが落ち着いて受け入れられるようならゆっくり再開し、楽しんでいるかどうかを観察しながら続けます。そうでなかったら、抱き上げたり、お乳をあげたり、おむつを取り替えてください。大切なのは、お母さんのペースではなく、赤ちゃんのペースに合わせることです。
 マッサージする向きや姿勢も基本形はありますが、自由に選んでけっこうです。マッサージとはコミュニケーション、赤ちゃん自身がどこをどうタッチして欲しいのか教えてくれるはずです。いろいろためしながら、お母さんも赤ちゃんも両方が楽しめるタッチの仕方を見つけてみてください。お互いに楽しめればかたちは自由でかまわないのです。
 また、マッサージ教室は、単にマッサージのテクニックを学ぶだけでなく、他のお母さん達と出会えて、子育てに関する情報交換の場としても大変役に立つと、参加したお母さんたちはコメントしています。もちろんお父さんも是非一緒に参加して親子のコミュニケーションを深めて下さい。

9 産後のお母さんへの対応の早急な整備を
 最後に、異国で、安心して女性が出産できる環境作りと、産後のうつ状態の早期発見、早期治療ができる体制の、早急で具体的な整備が望まれます。

(編集部注)半年にわたってお送りしてきたこのシリーズは今回で終了します。筆者斧澤克乃(おのざわかつの)先生は、メルボルン大学院でウィメンズヘルス(女性の健康学)のディプローマを取得後、英国のジャパングリーンメディカルセンターで駐在員ほか在英邦人のメンタルヘルスの増進に務められ、帰国後の現在は一般クリニックの心療内科医としてご活躍中です。先生にはこれまでの研究や診療経験をもとに「異文化の中でのこころとからだの健康」に焦点を当ててご寄稿いただきました。いかがだったでしょうか。ご意見やご質問ご要望等を、FAXまたはEメール(本紙最終頁参照)にて編集部までお寄せ下さい。