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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気 14
NL01020106
感染症

イヌからうつる病気

国立感染症研究所 人獣共通感染症室 神山 恒夫

■1 はじめに

 日本では、飼い主からの届け出を根拠にした統計による犬の登録数はおよそ450万頭程度ですが、実際に飼育されている犬は1,000万頭近くに達すると推定されています。アメリカにおける犬の推定飼育数は5,000-6,000万頭、カナダでは300万頭、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアでは500-800万頭前後と推定されています。オーストラリアでも全世帯の約半数が犬を飼育しているといわれます。このように犬は最も飼育数が多く身近なペットとして(そして放浪犬としても)人間に近いところで生活しています。原則として、動物からヒトへの病原体の伝播は両者の距離が近ければ近いほど容易になります。その意味でイヌは最も注意しなければならない動物の一つといえます。

■2 イヌからヒトへの直接伝播

咬傷と接触
 イヌからヒトへ病原体が直接伝播する経路として重要なのは咬傷と接触です。
 動物が人を咬んで傷を与える機会は、日本では統計はとられていませんがかなりの数に達すると思われます。アメリカでは動物による咬傷事故が年間約50万件、二人に一人は一生のうちに一度は動物に咬まれるといわれます。また病院の救急外来を訪れる患者の0.5-1%が動物に咬まれた傷によるもので、これら咬傷のうち80-90%は犬が原因となっています。咬傷事故の半数は子供が咬まれたものです。
 動物に咬まれると、数%から30%が傷口から入った病原体によって感染を引き起こすといわれています。病原体は発症したイヌの唾液に出てきていたり、イヌに対しては無害で常に口の中に存在している常在菌(用語集参照)であったりします。咬んだ動物に狂犬病の疑いがない場合は、傷口の状態にもよりますができるだけ早く大量の流水を使って石鹸でよく洗い、その後、手近な消毒薬をつけたり医師の診察を受けることが奨められます。

狂犬病
 以前(本紙No.75)にも取り上げましたように、狂犬病はイヌが感染源となる病気の中では最も恐ろしい病気の一つで、世界的にはこの病気による動物や人間の被害はとても大きいと言えます。ペットとして飼育しているイヌは、ほかの狂犬病動物に咬まれるなどしない限り狂犬病ウイルスの保有動物になることはあり得ません。しかし放浪犬や近隣で飼育しているイヌの健康状態についてまで把握することは困難です。狂犬病が存在していることが明らかな国に滞在している場合は、見知らぬ犬やいつもと様子が違う犬に咬まれた場合は直ちに病院へ行って狂犬病対策に精通している医師による診察を受けます。

パスツレラ症
 イヌの口腔内の常在菌の一つにパスツレラ菌があります。人は犬に咬まれたり引っ掻かれることで傷口から菌が侵入して膿瘍を作ったり、リンパ節炎や骨髄炎の原因となります。犬などの動物もストレスや免疫状態が低下したときなどにパスツレラ菌による敗血症などをおこすことがあります。この菌は犬だけではなくネコやその他の動物にも広く存在していることがわかっています。

カプノサイトファガ感染症
 カプノサイトファガと呼ばれる細菌もイヌの口腔内に存在している常在菌です。この菌は犬に咬まれたり、皮膚に傷があったりしてそこの部分をなめられることによって侵入します。普通は発症することはない細菌ですが、時として咬傷後の蜂窩織炎の原因ともなります。また、免疫力が低下した人(アルコール中毒者、好中球減少症患者、脾臓摘出者など)では敗血症を引き起こして致死的経過をたどった症例も知られています。

皮膚糸状菌症
 これは皮膚真菌症、白癬などとも呼ばれ、カビや酵母と類似の菌による感染症です。皮膚病変はうろこ状を呈したり、脱毛したりします。世界中に存在し、ヒトからヒトへの伝播が多いために人獣共通感染症としての認識はあまりなされていません。しかし病巣を持っているイヌ、ネコ、そのほかの家畜類などが感染源となるケースが多数知られています。最近では小児がペットから感染する例や、輸入ペットが感染源となった症例も知られています。動物を健康に保つこと、病変のある動物との接触や毛づくろい対策を行うことなどが感染予防に重要です。

■3 イヌからヒトへの間接伝播

ベクター
 動物からヒトに病原体が伝播するときの経路として、ベクターと呼ばれる昆虫類によって間接的に媒介されるルートがあります。その多くはベクターによる吸血が原因となります。動物体内の病原体を血液とともに吸い込み、次にヒトを吸血するときに唾液などと一緒に病原体を注入します。

ロッキー山紅斑熱(紅斑熱リケッチア症)
 これは細菌の一種である紅斑熱リケッチアによる感染症で、発生地域は米国南東部、中西部、ロッキー山麓、カナダ、メキシコ、パナマ、コスタリカ、コロンビア、ブラジルで、流行地では4-60%のイヌが感染しています。自然界ではイヌや野性げっ歯類など(ウサギ、オポッサム、リス)が感染している可能性があり、ヒトへはイヌからダニによってうつる可能性があるとされています。発症すると激しい頭痛、悪寒、筋肉痛、発熱、発疹などがみられ、完全回復には数週から数カ月かかります。抵抗性の弱い若年者や高齢者では致死率が10%に達することがあります。
 イヌも急性期には高熱を出し、うつ、食欲不振、出血斑などを示し、徐々に快復しますが治療しない場合には再発し再び人に対する感染源となることがあります。

エーリッキア症
 ヒトおよび動物の白血球に寄生するエーリッキア(リケッチアの一種)による感染症。この病気はまだよく調べられてはいませんが、ロッキー山紅斑熱やその他のリケッチア症と臨床症状がよく似ているため、エーリッキア症の多くが間違って診断されてきた可能性もあります。
 イヌのエーリッキア症は世界的に分布していることが知られています。イヌのほかにオジロシカやげっ歯類動物が感染源となります。この病気はイヌからイヌへの伝播にはイヌダニが関与していることが明らかになっていますが、ヒトへの伝播に関与するダニの種類はまだ明らかではありません。注意しなければならないのは、イヌは快復して健康に見えても4-5年は病原リケッチャを保有し続けるといわれることです。その間、犬にダニなどがつかないよう十分注意する必要があります。

リーシュマニア症
 リーシュマニア症は日本には存在しませんが、世界各地にさまざまな病型のリーシュマニア症が知られています。内臓が腫脹し、免疫機能が低下してほかの感染症に対する抵抗性も低下する内臓リーシュマニア症や、皮膚と粘膜周囲の軟部組織と軟骨が破壊されて顔面や容貌の破壊がはなはだしい皮膚粘膜リーシュマニア症などです。
 この病気はリーシュマニア原虫と呼ばれる病原体がイヌや野性ゲッ歯類などの感染源動物から、サシチョウバエと呼ばれるスナバエの吸血によってヒトに感染します。このハエは小さくて、ふつうの蚊帳を通過してその内部に侵入することができます。流行地では長袖、長ズボンをはき、露出部分を少なくする、住宅の周囲は清潔にしてサシチョウバエを少なくするなどの対策が有効です。
 最も根本的な対策は感染源対策です。イヌも感染すると貧血、痩削、衰弱、眼けと皮膚の潰瘍、肝臓と脾臓の腫大があらわれ、慢性例では皮膚の湿疹が認められますので、自然感染動物、とくに野犬などで皮膚に病変のあるものは撲滅する必要があります。

■4 おわりに
 イヌはどんなによく慣れていても、咬むことでテリトリーを確保しようとしたり、自己防衛や自己主張をします。見知らぬイヌに手を出したり、頭をなでたりしないことが大切でしょう。
 特に皮膚病など接触感染が問題となる場合には、人間同様イヌも常に清潔に健康状態に注意してやることが飼い主の健康確保に直結すると思われます。

●用語集
常在菌: 健康な動物の体内に常時存在している菌。口腔内常在菌(レンサ球菌、ラクトバチラス菌など)や腸管内常在菌(大腸菌、バクテロイデス菌など)などが知られる。ある動物種においては常在菌であっても他の動物種に対して強い病原性を示す場合もある。常在菌の種類や数などが宿主の状態によって変化したり、個体差が見られることもある。

筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。