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ニュースレター(機関紙)

動物からうつる病気12
NL00120108
感染症 /プリオン

食品からうつる人獣共通感染症-その4:プリオンによる病気

国立感染症研究所 人獣共通感染症室
神山 恒夫

■1 はじめに
 食品を介して伝播する人獣共通感染症について3回にわたって説明してきました。今回は食品媒介人獣共通感染症の中でも、発生の状況がきわめて特異であった新型クロイツフェルト・ヤコブ病について触れてみます。

■2 クロイツフェルト・ヤコブ病とプリオン
 クロイツフェルト・ヤコブ病は中枢神経に多いプリオンというタンパク質に異常があらわれて起こるプリオン病と呼ばれる神経疾患の一つで、100万人に一人程度しか発生しないきわめて珍しい病気です。患者は50才代以降に多く、有効な治療法が知られていないためほとんどが発病後1年以内に死亡します。このような異常プリオンによる病気はヒト以外にもさまざまな動物で知られています。
 正常なプリオンタンパク質が異常化するメカニズムはまだ詳しくはわかっていません。しかし一旦形成された異常プリオンは周囲の正常プリオンの構造にも異常を引き起こし、ウイルスや細菌等の病原体が増殖するように、徐々に蓄積してゆきます。このようにして作られた異常プリオンには従来の病原体とは大きく異なった性質のあることが明らかになっています。
(1) 化学的・物理的処理に対してきわめて抵抗性が強く、完全な不活化処置が難しい。
(2) プリオン病の動物の脳を正常動物に接種するときわめて微量でも“感染”が成立する。
(3) “感染”してから発症するまでの潜伏期が数年から30年以上ときわめて長い。
などです。

■3 ヒツジのプリオン病
 ヒツジのプリオン病として有名なのがスクレイピーと呼ばれる病気です。発症したヒツジが皮膚に激しいかゆみを感じて周囲に体をこすりつける(スクレイプ)することからその名前が付けられました。この病気は羊毛の収量や品質の低下をまねくために畜産上大きな問題となります。スクレイピーの病原体プリオンは脳などの神経系の他に胎盤にも多く含まれているため、出産で排出された胎盤によって周囲が汚染されます。これがほかの羊の口に入ることで感染が広がると考えられます。イギリスでは羊毛などを利用するために多数のヒツジを飼育していたことから、スクレイピーが広がる素地があったと指摘されています。
 ヒツジは何百年以上も前から人間に飼育され、食料としても重要な家畜でした。食材としては筋肉だけではなく、眼球や脳などの異常プリオンが蓄積しやすい臓器も食べられてきました。しかし、これまでにヒツジからスクレイピーがヒトにうつった事実は確認されていません。このため、ヒツジとヒトという二つの動物種の間には厚い種の壁があって、病原体プリオンはこの壁を破ってヒトに感染することはないのだろうと考えられています(図1)

■4 レンダリングとウシのプリオン病
 家畜は貴重な自然資源の一つとして昔から有効利用されてきました。羊毛を刈り、死体から食肉を採取した残りのくず肉・骨・内臓はレンダリングと呼ばれる超高温処理によって脂肪と肉骨粉に分離されます。脂肪は石鹸、ローソク、医薬品や化粧品などの原料として使われ、油かすである肉骨粉は仔ウシの代用乳(母ウシが出す牛乳は人間用)やペットの飼料などの原料となります。
 イギリスでは1980年代にそれまで行われていたレンダリングの方法が変わりました。処理温度を下げ、脱脂用溶媒の量を減らしたのです。オイルショックによって脱脂用有機溶媒の価格が高騰したり、代用乳として植物飼料との価格競争にうち勝つ必要が出てきたことなどの経済的理由の他に、仔ウシが低温処理で作った肉骨粉の方を好んで飲むという理由があったとされています。あとになって判明したことですが、それまでの超高温処理方法では異常プリオンの感染性が破壊されていたのですが、処理温度が下げられたために感染性を保持したまま子牛の代用乳へ混入するという、予測できない結果につながっていたのでした。このようにして多数の子ウシが異常プリオンを含んだ代用乳を与えられ、数年後にイギリスのウシの間に伝達性海綿状脳症(メディアは“狂牛病”という非科学的な名前で呼んでいます)と呼ばれるプリオン病が大流行しました。ヒツジとウシはどちらも反すう獣と呼ばれる近縁関係にあり、病原体が種の壁を越えることはきわめて容易であったと考えられます(図1)
 表1にイギリスにおけるウシ伝達性海綿状脳症の発症数を示します。1985年に最初の発症が摘発されて以来、1992年の約4万頭を含めてこれまでに実に18万頭近くものウシがこのために殺処分されました。1988年にはレンダリングによって調製した飼料を家畜に与えることが禁止されました。このためプリオン病の長い潜伏期を考慮しても発症牛の数は今後さらに減少し、流行は数年のうちに終息すると予測されています。殺処分されたウシは病原性プリオンを完全に破壊するために超高温で焼却されますが、焼却炉の数が限られているため今後何年もかけて作業が行われます。

■5 新型クロイツフェルトヤコブ病の発生
 1996年、イギリスで従来知られていたクロイツフェルト・ヤコブ病とはやや症状の異なる新型クロイツフェルト・ヤコブ病の発生が報告されました。そして発症の原因として、一部の人獣共通感染症研究者の間では懸念されていたのですが、伝達性海綿状脳症のウシの肉を食べたことが疑われました。ウシからヒトへの種の壁は異常プリオンの伝播を防ぐことはできなかったのです(図1)。この発表には世界中が大きな衝撃を受け、発症牛のテレビ映像とともにセンセーショナルに取り上げられました。その後イギリス政府の研究機関の調査によって、現在まで疑似患者も含めて数十名の患者が発見されています。しかし、患者数が今後どの程度増加するのかは予測がきわめて困難です。新型クロイツフェルト・ヤコブ病の潜伏期が非常に長いことや、感染してから発症するまでの期間(潜伏期間)のウシを的確に診断して食肉の流通を防ぐ方法が実用化されていないことなど、複雑な要素が絡みあっているためです。
 イギリスでは、1989年以降は病原体プリオンが含まれている可能性のある脳や脊髄をヒトの食用にすることは禁止されています。しかしすでに市場に出回った感染牛の食材の量を推定することは困難です。WHOは1992年にウシの脳や脊髄を原料としている医薬品や医療材料は使用しないように勧告を出しています。しかし、外科手術で用いる縫合糸の材料としてウシの腸を用いることが禁止されたのは1996年でした。

■6 おわりに
 プリオン病に関わる一連の出来事には、われわれが学ばなければならないことがたくさん含まれているように思います。
 畜産分野における人間の経済活動の影響で、ヒツジのスクレイピー→ウシの海綿状脳症→ヒトの新型クロイツフェルトヤコブ病と、動物種の壁を迂回するようにして乗り越えて新しい人獣共通感染症が出現してきたことは、感染症の発生にはきわめて社会的な側面があることを改めて教えてくれました。
 新しい人獣共通感染症の出現によってイギリスがこれまでに費やした、そして今後必要とされると予想される経費が莫大な額に達するであろうことは想像に難くありません。新しい人獣共通感染症に対する予防的な調査研究の重要性が痛感されます。


筆者注)この記事はシリーズでお送りしています。記事に関するご質問やご相談はFax:03-5285-1179またはE-メール:kamiyama@nih.go.jpでお寄せ下さい。ただし、このシリーズは治療法や診断法の解説は目的とはしておりません。また参照した論文や成書の出典は、スペースの関係で省略しています。