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ニュースレター(機関紙)

海外生活でのこころとからだの健康3
NL00120107
メンタルヘルス

海外心療内科の現場から

アーバンハイツクリニック 心療内科 斧澤 克乃

1 海外での心療内科外来
 海外赴任の駐在員やその家族、留学生、国際結婚者など、いろいろな立場の方が、からだの症状がストレスなどのこころの問題と深く関連して生じる病気(心身症)を診断、治療する「心療内科」の外来を訪れました。最も多かったのが、「不安」と「うつ」に関する病気でした。いわゆる「自律神経失調症」といわれるような、からだの調子が全般的に崩れ、不定愁訴を持つ方もたくさんいらっしゃいました。
 ここで、共通していえるのは,早めに受診される方は非常に少なく、無理をし続けて症状が複雑化したり、慢性化したりして、いよいよ状況が深刻になってから受診されるため、治療がより困難になってしまうことです。そして、サポートの得られにくい独身者や単身赴任の方は、海外ではより注意が必要でしょう。

2 駐在員の場合
 駐在員の方に比較的多い症状は、眠れない、やる気が出ないなどの「うつ」と、不安発作(パニック発作)や閉所恐怖で飛行機に乗れない、落ち着かない、などの「不安神経症」です。仕事にのめり込み自分を犠牲にしやすいタイプの方がかかりやすく、ふだんはどちらかというと相談を受ける側で、自分が相談できる相手がいらっしゃらないことも多く、受診された時には既に何年も1人で悩み患って、かなり重症になってから受診される方がほとんどです。そして、治療には、安静や薬物治療が必要なのにもかかわらず、仕事に影響が出るのを理由に、十分な治療ができないこともあります。自分の仕事だけでも精一杯なのに、妻の海外生活不適応や、子供の進学の問題、帰国後のポストなど、気苦労は絶えません。景気が後退している時期の海外赴任とあって、社会的にも悲観的な状況も手伝い,時に自殺という悲しい結末を選択されてしまう方もいらっしゃいます。
 また、若手の駐在員の方は、海外で自分の能力を試してみたいと志願してイギリスに赴任したはずなのに、いざ来てみたら雑用に時間と労力を費やすばかりで途方に暮れるなど、「不適応(適応障害)」を起こす場合があります。

3 駐在員の妻の場合
 駐在員の妻たちは、海外の生活を楽しめなかったり、同じ社内の他の奥様方とのお付き合いに負担を感じて、体調を崩される方が外来を尋ねて来られます。しかし、その数は決して多くありません。といいますのも、病院を受診しますと、会社に病名が知られてしまうため、受診をためらったり、ご主人に反対され受診できない方が大勢いらっしゃいます。中には、ようやく受診されても、ご主人や家族から病気について理解が得られなかったり,精神科の病名がついて余計肩身の狭い思いをなさる方もいらっしゃいます。
 女性の場合は、憂うつだとか,不安だとかという「こころの症状」よりも,頭が痛いとか、胃が痛い、体がだるいなどの「からだの症状」を主に訴える「自律神経失調症」や「仮面うつ病」の方が多い傾向があります。「不眠症」を訴える方の多くは、ストレスから来るこころとからだのバランス異常が疑われ、症状のコントロールには、背後に抱えている現実的な問題の解決が必要なことも多く、なかなか対応は難しいものです。
 また、妊娠中や出産後に「うつ状態」に陥る方もいらっしゃいます。

4 駐在員の子供達の場合
 親の都合で海外に住むことになった駐在員の子供達は、不適応から不登校になったり、家庭内暴力をふるうようになったり、進学の問題で不安になり、不安定になる場合があります。もっと小さなお子さんでは、言語の発達が遅れたり、自閉症になってしまうこともあり、時には、家族全員で帰国した方がよいのか選択を迫られるほど、深刻なケースにいたることもあります。

5 留学生の場合
 語学留学生の特徴は、駐在員の方たちと比べると得られるサポートが断然少なく、若年単身で、来英前の準備不足がその後の問題を引き起こす可能性を高くしていることがあげられます。また、彼らは、経済的な理由からも、日本語ではなく現地のサービスを利用することが多く、より文化的摩擦やトラブルを体験する可能性が高くなります。家族や友人とのつながりが希薄な学生は、情報や知識不足、言葉の問題から、異国での不自由さがさらに孤立感をつのらせます。
 彼らの多くは、日本での就職難や企業の体質に失望したり、日本で果たせなかった学業上の失敗や夢をかなえるために、再度挑戦してみようと留学を試みて単身英国に渡り、理想に胸をふくらませて新生活のスタートを切るわけです。しかし、言葉が通じず、何事もうまく行かず、行き詰まって不適応を起こすケースや、ふと気がつくと周りに英国人はほとんどおらず、思ったほど英語も上達せず、帰国しても前より良い仕事は見つかりそうにないと急に焦るケース、さらに、日本で既に不適応の問題を抱えていて逃避的に、あるいは、単に日本が窮屈だったからという理由で留学する、いわゆる日本脱出組で、特に目的意識がない学生たちは、漠然と眠れないとか、やる気が出ないなどと学校を長期欠席しているケースも多くみられます。男女関係や友人関係のもつれがもとで、過換気症状や不安発作(パニック発作)、過食や拒食になる学生もいらっしゃいます。
 また、10代後半から20代前半にかけては、精神疾患、特に精神分裂病の好発年齢にあたり、海外生活のストレスが誘引となって発症したり、治療が中断したために海外で再発するケースもあります。

6 旅行者の場合
 また、旅行者の方が滞英中に調子が悪くなり受診されるケースもしばしば遭遇します。短期旅行中にホテルで学生らしき日本人が部屋で大声を出して騒いだり、部屋から出てこないとか、怖くて飛行機に乗れないので日本に帰れないなど、相談は増える一方でした。精神分裂病の幻覚妄想状態、精神興奮状態への対応は入院設備のない外来で対応するのは非常に難しく、現地の警察や病院の助けを必要とし、言葉の障害からしばしば対応に困る事態が起きています。

7 Panic disorder/恐慌性障害とは
 ここで、最近非常に多い「Panic disorder(恐慌性障害)」という病気についてお話しましょう。
 Panic disorderは、突然動悸、頻脈、息苦しさ、胸苦しさ、めまい、手足のしびれなどを伴い、そのまま死んでしまうのではないかという恐怖感に襲われる不安発作(パニック発作)の繰り返しと、その再発を恐れる予期不安、不安のために電車や飛行機に乗るのが怖くなったり、あるいはデパートや映画館など人ごみが苦手(広場恐怖)になって、外出するのがおっくうになるなどの症状を伴う、不安の病気の1つです。
 発作は数分間から数十分程度で、1時間以上続くことはまれです。症状から、心臓が悪いのではないかと救急車を呼んだり、循環器外来を受診して検査を受けても何の異常もなく、また、のど、食道などの他の臓器にも問題がないため、診断がつきにくく、自分は何か特別な病気にかかっているのではないかと、1人でずっと悩んでいる方が多いのが特徴的です。内科では、「心臓神経症」とか「自律神経失調症」と診断され、治療されていたり、精神的なものだろうといわれ、誰にも自分の症状を分かってもらえないと当惑しながら、心療内科や精神科に紹介され、ようやく診断がつく場合も多いようです。
 いったんこわい思いをすると、あの症状がまた起きるのではないかという予期不安から、行動範囲が狭まって、日常生活が大幅に制限されたり、趣味など今まで好きだったことが楽しめなくなったり、自分の健康に極端に自信がなくなったりします。また、アルコールを飲むと不安感がおさまるため、次第にアルコールの量が増えてしまっている方の一部にも、この病気が隠れている場合があります。
 Panic disorderの治療法は、薬物療法と、認知行動療法があり、後者は薬を減らしたりやめていく上で重要な治療法となります。例えば、電車や飛行機に乗れないなどの恐怖感がある場合、すっかり苦手になってつい避けてしまう状況に再び慣れて行けるようにする治療法です。思いあたる方は専門医を受診されることをお勧めします。

8 望まれる英国の精神保健サービスの充実
 とはいいましても、海外在留邦人や邦人旅行者にとって、日本語で精神保健サービスを受けられる場は極めて限られており、さらに、精神科疾患で海外医療保険が適応されるケースは制限されています。現状では,留学中の精神科医によって細々と支援がなされて来ましたが、ボランティアとしての活動には限界があり、そのために様々な問題が生じています。日本人の常駐の精神科医や心療内科医がおらず、入院ベッドもないために、しばしば治療的介入が中途半端に終わらざるを得ないのは、非常に残念なことです。
 在英日本人社会が成熟してきて、あらゆるサービスが可能になって来ており、身体医療サービスは最も充実しているといわれる一方で、一番必要なところに手が届かない分野、それが、医療の中で最も母国語でのコミュニケーションが望まれる精神科、心療内科であることを、あらためて指摘したいと思います。
 5.5万人を超える在英邦人が安心して毎日を送れるためにも、英国でのメンタルヘルスケアの充実と、来英予定者に対するメンタルヘルス教育の徹底が何よりも優先されるべきと考えます。

(編集部注)この記事はシリーズでお送りしています。筆者斧澤克乃(おのざわ かつの)先生は、英国のジャパングリーンメディカルセンターで駐在員ほか在英邦人のメンタルヘルスの増進に務められ昨年帰国されました。